02-06 我が名はロングソード
「……何だお前。どこから出てきた」
刃を交えたまま、男は突然現れた甲冑の女性に怪訝な顔を向ける。
――真夏の太陽を思わせるような鮮やかな琥珀色の瞳。その眩しいくらいの輝きとは裏腹に、冷たい美しさを湛えた切れ長の目で女性はじっと男を見つめ返している。
「私は――いや、名乗る相手が違うな。お前は知らなくていい事だ」
軽く頭を振ると、深く一呼吸置き改めて口を開く。
「我が
そう宣言すると同時に、剣を持ち直し大きく一振りする。
「なっ――」
その剣圧の凄まじさに思わず声が漏れる。
さっきまで男が振ってた剣撃とは何もかもが違う。
軽く振っただけのはずなのに、剣が巻き起こした風は空を裂き周囲の草木までをも揺らす。
自らが巻き起こした疾風に、彼女の黄金に輝く美しい長髪がふわりと揺れた。
すんでの所で大きく後ろに飛び退くと、男はそのままヨタヨタと2,3歩後ろへ下がる。
「ヒュー……あっぶね。綺麗な姉ちゃんだと思って見とれてたら、初手で躊躇なく喉元をかっ斬りに来るとは。……危うく死にかけたぜ」
「剣とは元来そういう物だ。斬るべき敵に手心を加えるなど笑止千万。しかし……首を刎ねるつもりで振ったのだがな。お前も中々やるじゃないか」
男の方を警戒しつつ、甲冑の女性が俺に手を差し伸べてくれる。
状況は掴めないものの、とりあえずその手を握り返し慌てて立ち上がる。
「我が主よ。――初めに謝罪をさせてくれ。主の呼びかけに即座に応えなかった事、どうか許して欲しい。あの釜を受け継いだとはいえ、それだけで君を主と認めて良いのか迷っていたのだ」
……なるほど、それで瓶が割れてすぐには出てきてくれなかったのか。
「だが、驚いたよ。君が先の主――マクスウェル殿と同じ事を言うのだから」
敵を警戒したまま、ほんの少し俺の方に向き直るとそのクールな口元をほんの少しだけ嬉しそうに綻ばせる。
「え? じいちゃんと同じ……? な、なんだっけ、俺何か言いましたっけ?」
正直ちびっ子たちを守ろうと無我夢中で、さっきまでの事はよく覚えていない。
「――ははっ。覚えていないのならそれでも構わないさ。君に忠を尽くそうと思えるかどうか、それは私の問題だ」
可笑しそうに微笑むと、何を思ったのか彼女は手に持った剣を一度鞘に納め、腰から外し両の手で水平に持ち直した。
そうして片膝を付き俺にその剣を差し出す。
「――我が名は"ロングソード"。忠に従い、これからは私が刃となり――我が主の敵を払うと誓う」
膝を付いたまま深く頭を下げる"ロングソード"さん。
木々の間から差し込んだ一筋の光が、まるで祝福するかのように差し出された剣を照らし出す。
こ、これは――!
騎士団の任命式とかでよく見るアレだ!
貴方に忠誠を誓います、てきなヤツ!!
けれど、まさか自分が剣を捧げられるような立場になるなんて思っても見なくて……ここからどうしていいか分からない。
「あ、あの。一応確認しておくけど、その剣をくれる……って意味じゃないんだよね? 素材は通常量しか使ってないし」
「ん? あぁ。それとこれとは話が別だ」
「分かった。それじゃあ……俺はどうすればいいの?」
分からないものは仕方がない。素直に聞くに限る。
「……ふふ、新しい主殿は何とも締まりが無いな。まぁそれも悪くない」
可笑しそうにクスリと笑うと、剣を腰に戻したロングソードさんがスクッと立ち上がった。
「堅苦しい儀式は無しにしよう。私を君の刃と認めてくれるのならばそれでいい。後はただ――闘うよう命じてくれ」
改めて剣を抜き去り正眼で構えて戦闘の体制を取る。一寸の曇りなく研ぎ澄まされた刃が仄かな陽の光を映し、冷たく輝いた。
「わ、分かった! それくらいならできるぞ! ――そいつから、俺たちを守ってくれないか!?」
「――御意!」
短く一言だけ答え、ロングソードさんは風を纏い草花を散らしながら駆け抜けて行く。
剣の間合いに入るや否や、男に向かって強力な一閃を浴びせる!
白銀に輝くロングソードが、まるで光の魔法剣でも振るったかのように美しい残像を宙に残す。
「うわっとと! おいおい、せっかく大人しく待っててやったのに、そりゃ無いだろ!」
「あぁ、その点は感謝する。が、それとこれとは、別だ!」
息一つ切らさずに平然と言葉を交わす2人だが、繰り広げられている剣の応報はとても初心者が目で追えるようなものじゃない。
剣が風を切る音、鉄同士がぶつかる甲高い金属音、飛び散る火花――それらを携えまるで踊っているかのように斬り合う2人。
ロングソードさんの剣技も相当なものだが、男の方もさっきの雑な剣の振りからは想像もつかない俊敏な動きでそれについていく。
「へぇ……ただの可愛いだけの姉ちゃんかと思ったら、中々やるじゃねぇか」
「貴様こそ。……どこの騎士だ?」
「騎士? ……何言ってんだい? 見ての通りただの盗賊だよ!」
「剣の腕は良いが冗談は下手なようだな。――どこの世界に長剣をこれ程まで見事に扱える盗賊が居る!」
ロングソードさんの強撃を受け、互いの剣が弾けるように跳ね上がると同時に一旦距離を取る2人。
(そうか……なるほど! そういう事だったのか)
ロングソードさんの言葉を聞いてやっと分かった。何か違和感があると思ってたんだけど……あの男の持ってる剣がそうだったんだ。
男が携えている得物も"ロングソード"
普通盗賊が使うのはナイフや鉈のような、刃渡りが短く狭い場所でも取り回しの効く短剣類だ。
使いこなすのに相当の鍛錬が必要な長剣を好んで使う盗賊は滅多に居ない。
「その剣――末端が一際広い独特な形状のグリップ。対板金鎧用に極端に先端を尖らせた剣先。……王宮騎士団で昔流行った型だな。今でも古参の騎士の中には愛用する者も多いと聞くが……。そんな物をなぜ盗賊如きが持っている?」
剣を構えたまま微塵の隙も見せずに問い詰めるロングソードさん。
「おいおい、この斬り合いの中で良くそんな細かい所まで見れるな!? ……なぁに、間抜けな騎士団員から盗んでやっただけの話さ。それより――そっちこそ何者なんだ? 魔法か何か知らんが、突然現れた上に剣の腕も相当じゃないか」
「ふん、白を切るならそれでも良い。素性を明かせないのはこちらも同じだからな」
「そうかぃ。その気があるなら"ウチ"にスカウトしたい所だったが……惜しいな!」
そう言うと男は大きく踏み込み渾身の一撃を放つ!
それまで互角以上に押していたロングソードさんだったが、重い一撃を受け止め大きく態勢を崩す。
「クッ……!」
どうにか体制を立て直し剣を構え直すが――それよりも先に男の剣がロングソードさんの首元へ突き付けられた。
「女にしちゃ中々のものだったが……腕力で勝る俺の方が一枚上手だったようだな」
押し切られた事が信じられないのか、ロングソードさんは目を大きく見開いたまま固まっている。
負けを認めたのか……ふと口元に笑みを浮かべると自らの剣を鞘に納めてしまった。
「認めよう。確かに腕力も、おそらく剣の実力もそちらの方が上だろう」
「……潔いじゃねぇか」
男が、剣を大きく振りかぶる。
ロングソードさんは、そっと目をつむり動こうとしない。
(ヤバい――!!)
咄嗟に助けに駆けつけようとした所――ティンクにガシッと腕を掴まれる。
「なっ――! 放せ!!」
その手を振りほどこうとするが、強く握った手を決して離そうとしない。
(こ、こいつ! まだ"道具"の道理がどうのとか言うつもりか!?)
分からないってなら無理矢理にでも振り解くしかない。
その顔を思いっきり睨み返すが、さっきまでの泣きそうな顔とは打って変わって……
――その瞳は自信に満ち溢れていた。
「――ねぇマグナス。あんた言ってたわよね? マクスウェルの釜は【大喰らいの代わりに高品質なアイテムを錬成する。その副作用としてアイテムが擬人化して出てくる】って」
「い、言ったけど!? 何だよこんな時に!!」
「――逆よ」
ふと、何か重い金属が地面に落ちる音がその場に響く。
驚いて音の方を見ると――男の持つロングソードが大きく振りかぶった拍子に根本から真っ二つに折れ、落ちた切先が地面へ突き刺さっていた。
ロングソードさんが徐に口を開く。
「確かに、剣の腕では私の方が下かもしれない。けれど……その剣の事をこの世で最も知り尽くしているのは、この私だと自負している。どう振ればどう捻れてどこに力が加わるか。それを熟知していれば――破壊する事など容易い」
真っすぐに男を見据え、勝利を宣言するロングソードさん。
その姿を見て、ティンクも誇らしげに笑みを浮かべる。
「副作用なんかじゃない。【錬成したアイテムの事を誰よりも知り尽くす、心強い仲間が出てきて助けてくれる】それが――マクスウェルの釜よ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【ロングソード】
各国の騎士の間で広く愛用され、騎士を象徴する剣とまで言われる両手剣。
斬撃と刺突による攻撃は使用者の腕次第で鎧すら貫くほどの威力を誇る万能の武器だが、初心者がそう簡単に使いこなせる物ではない。
また、美しく装飾された逸品は儀式など宗教的な要素で使われる事もある。
※ロングソードさん
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