02-05 アイテムの道理、錬金術師の道理
「アンタねぇ! どこの鹿の骨だか知んないけど、黙って聞いてりゃ調子乗ってんじゃないわよ!」
男を睨みつけ威嚇するように声を張るティンク。
(それを言うなら馬の骨だよ! てか、見りゃ分かるだろ! どう見ても盗賊だよ!! 頼むからこれ以上挑発すんじゃねぇぇ!)
必死にティンクを止めようとするけれど、息が上がって声すら出ない。
男は蹴られた辺りをパンパンと手で払うと、ティンクの方を振り返りニヤリと口元を歪ませる。
「……痛ってーなぁ。あー、どうすっかなぁ。俺ってこう見えても紳士でさぁ。女子供に酷い事するのはあんまり好きじゃないのよ。でもさ、正直なところ――そんなガラクタ貰うよりもお姉ちゃん達を攫って売りさばいた方がよっぽど金になるんだわ。まぁそれはそれで足がつかないように色々手ぇ加えんのが面倒だったりすんだけど……決めた! 今回は久しぶりに真面目に仕事する事にしたわ!」
男はポンと手を叩くと、ティンクの方に向かい1歩2歩と詰め寄って行く。
そんな男の顔を睨んだまま、視線を外さずじりじりと後退るティンク。
数歩下がったところで――背後にあった木に退路を断たれてしまった。
逃げ道を探そうと慌てて周りを見渡すけれど、その間にも男は直ぐ目の前まで迫って来ている。
逃げられない距離までティンクを追い詰めると、男はニヤけた顔でティンク向けゆっくりと手を伸ばす。
その手を振り払おうとティンクが腕を振るうが、逆に腕をがっしりと掴まれてしまった!
「は、離しなさいよ!! ――痛っ!」
そのままギリギリと腕を締め上げられ苦悶の表情を浮かべるティンク。
「おいおい、暴れんなって。大事な商品に傷が付いたら値段がさがるじゃ――っ痛て!」
「――逃げてください!!」
大きな叫び声と共に、さっきまで怯えて事の成り行きを見守っていた木の盾ちゃんが男に思いっきり体当たりをお見舞いした!
固い木の盾で足元を強打され、男の顔が僅かに苦痛に歪む。
その隙にティンクは男の手を振り解きこっちに向かって走って来た。
何をするかと思えば、あっけに取られている俺の手を取り思いっきり引っ張り走り出そうとする。
「なにボサッとしてんの!? あの子達が引き付けてる間に逃げるわよ!!」
「――は!? ちょっと待て!」
思わずティンクの手を払いのける。
「何言ってんだ!? 2人を置いて逃げれる訳ないだろ!」
「――!? あんたこそ何言ってんのよ!? さては、あんた何も分かってないわね!? いい、私達は"アイテム"。所詮"道具"よ! しかもあの子達は"防具"。身を呈して持ち主を守るのが当然の役目なの!!」
「――んな事は分かってるよ!」
こいつの言う通り防具とはそういう物だ。
打たれ殴られ斬りつけられ、ボロボロになっても持ち主を守り通す。
でも――
「じゃあ何でお前はそんな悔しそうな目で泣きそうになってんだよ!」
その場でティンクと睨み合う。
「――きゃぁぁ!!」
背後から悲鳴が聞こえ慌てて振り返ると、男の剣撃を受けて木の盾ちゃんが大きく吹き飛ぶのが見えた。
ゴロゴロと地面を転がり、近くにあった大きな木に激しくぶつかりそのまま地面に倒れ込む。
「か……かはっ」
背中を強く打ったのか、苦しそうに咳き込みヨタヨタと立ち上がる木の盾ちゃん。
手に持った木の盾は大きく砕け……かろうじて木片が形を成してるだけの状態だ。
(――! 見てらんねぇだろ!)
ティンクを押しのけ慌てて駆け寄ろうとするが――今度は、麻の服ちゃんが両手を広げて俺の前に立ち塞がる。
「ご主人様、ダメです! ティンクさんの言う通りなんです! 私達はどれだけ壊されてもまた錬成して貰えれば新品で現れますので。どうかお気になさらず逃げてください!」
気丈にそう言い張る麻の服ちゃんだけれど――どう見ても足が震えてんじゃねぇか! それに……よく見ると、ここに来るまで俺を庇って擦り剝いた腕や足からは血が滲んでいる。
……ずっと隠してたのか。気づかなかった。
「……な、なぁ!? 麻の服ちゃんも怪我したら俺と同じように痛いんだよな!? それにさ、錬成する度に毎回俺の事覚えてくれてたよな? てことは、前に錬成された時の記憶が引き継がれるって事だろ!? じゃあ、いくら新品になるっていっても……死ぬ程痛い思いしたら、次はそれも覚えてるって事じゃないのか!?」
麻の服ちゃんはじっと俺の事を見つめたまま何も答えない。
そのままクルリと振り返り、木の棒を握りしめて男の方へ向かって行く。
「ちょっと待てよ! なんで2人ともそこまでして俺の事――」
「まだ分かりませんか!? それが"防具"の“道理”だからです!!!!」
いつもの様子からは想像もつかない大声を張り上げる麻の服ちゃん。
「その身を呈して持ち主の身を守る! それが防具という物です! だから――私達の“価値”を奪わないでください!」
……は?
……何だよそれ。
主人を庇って死ぬのが“価値”?
そんなもんが、道理であってたまるかよ――
「……あのさぁ。さっきから何ごちゃごちゃ話してるのか分からないけど、とりあえず邪魔だからガキは要らないや。体力無ぇから調教も面倒だし、買い手も変態ばっかで厄介だからな。とはいえ、顔も見られたし逃げられても面倒だから――とりあえず足切り飛ばして魔物の餌だな」
男は吐き捨てるように呟くと足早に麻の服ちゃんへと近づく。剣の間合いに入ると――一瞬の躊躇もなく斬りつけた。
「――! な、何してるんですかご主人様!?」
すんでのところで飛び込み、俺は麻の服ちゃんを抱きかかえそのまま地面を転がった。
ギリギリの所で男の一撃が宙を掠める。
そのまま麻の服ちゃんの手を引き、倒れていた木の盾ちゃんを抱き起すと2人を後ろに隠す。
「――ご、ご主人様!? どうして逃げてくれないんですか! 危険です!!」
「あんた、バカ!? 人の話聞いてなかったの!?」
木の盾ちゃんとティンクも代わる代わる俺に罵声を浴びせてくる。
「あーうるせぇ!! アイテムに“アイテムの道理”があるってんなら――俺にだって"錬金術師の道理"があるんだよ!!」
道理……人として、錬金術師として貫くべき志。
「昔、じいちゃんが言ってた。持ち主に大切にされたアイテムにはやがて魂が宿るんだって。長年を掛けて持ち主との絆をその魂に刻み、注いだ愛情に対して最高の仕事で応えてくれる! それが持ち主とアイテムのあるべき姿……」
大きく息を吸い、力の限り――吠える!
「"自分が作ったアイテムも大切に出来ない奴が、立派な錬金術師になんかなれるかってんだ!!!"」
俺の大声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立つ。
俄かにざわつく森の木々。
その喧騒が止んだ頃――男は音もなく俺の前に立っていた。
「さっきから何を騒いでるか知らんが……人に来られると厄介だ。――とりあえずお前から死ね」
振り上げられた剣が、一瞬の躊躇もなく俺の首に向かって振り下ろされる。
(――クソ、こんな所で死んでたまるか! 4人揃って家に帰るんだ!!)
尻餅をつきながらどうにかその一撃を躱す。
(――大丈夫だ! 落ち着け俺。何もこいつと闘って勝てと言われてる訳じゃない。隙を見て一斉に逃げればどうにか……)
「――マグナス!!」
頭の中で作戦を立ててるところに、ティンクの悲痛な声が聞こえて慌てて振り返る。
――俺の考えが甘かった。
この男、俺が思った以上に相当な手練れだ。
さっきの空振りの隙に逃げようと思ったけれど、隙など微塵も無かった。
振り返ったときには、既に次撃が俺の首に向けて振り下ろされるところだった――
(……情けない。大口叩いておいてこの程度か)
とても避けられる体制じゃない。
覚悟とも諦めともつかず下を向いてグッと目をつむる。
耳元で聞こえるけたたましい金属音。
そうか……首を刎ねられるとこんな音がするのか。
脳の理解が追い付かないのか、不思議と痛みは無い。楽に死ねたのは……不幸中の幸いだな。
……? これ、もう死んだんでいいんだよな?
案外とあっけないもんなんだな。
そんな事を考えながら、薄っすらと目を開けると――視界に飛び込んできたのは、天国でも地獄でもなく……さっきまでと変わらない森の中の景色。
(死んで……ない?)
訳も分からず恐る恐る顔を上げるとそこには……
仄かに明るい森の中、冷たく光る甲冑に身を包んだ長髪の女性が立っていた。
――彼女は、白銀に輝く"ロングソード"をその手に携え男の剣を事も無げに受け止めている。
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