第3章 万能薬と王宮錬金術師
03-01 初めてのお客さん
「だぁぁあーー!」
「いいぞ、その意気だ!」
俺が全力で繰り出した袈裟斬りを軽く受け流すと、事も無しげに素早いステップで間合いを取り直すロングソードさん。
息が切れるのを我慢してすかさず追撃を加えるけれど、それすらもあっさりと受け止められてしまう。
「どうした? もう終わりか?」
「――! まだまだぁ!」
軽い挑発に乗せられて、思わず剣を握る手に力が入る。
こんなふうに剣を振るうのはいつぶりだろうか? 記憶にある限りでは……小さな頃に兄さんと一緒に剣術道場へ通わされた時以来だな。
貴族の嗜みという事で剣の基礎だけは習わされたけれど、どうしても興味が持てず母さんに泣きついて俺は直ぐに辞めた。
――森での一件以来、俺もさすがに最低限の剣術くらいは身につけておこうと思いたまにこうしてロングソードさんに稽古をつけて貰っている訳だ。
「……うむ。太刀筋は悪くないが踏み込みがまだまだ甘いな。相手の攻撃を怖がっている証拠だ。まぁ、その辺りは鍛錬を積めば自信と共に身に付いて来るだろう。毎日の素振りも忘れずにな」
「はぁ、はぁ。……はい! ありがとうございました!」
「では、これで失礼する」
肩で息をする俺に向け薄らと微笑み返すと、ロングソードさんはマントを翻し颯爽と光の中へ消えていった。
主従関係では一応俺が主人ではあるが、剣術においては師匠と弟子の関係だ。ロングソードさんに向かいしっかりと頭を下げて見送る。
それにしてもさすがだ。剣の扱いに対する知識もさる事ながら、実技指導も的を得ていてすごく分かりやすい。
ただ――授業料は決して安くない。
一回の錬成で出てきてくれる時間はせいぜい20分程なので、中々じっくり稽古をとは行かない。これはこつこつと回数を積み重ねてくしかないな。
――最近、アイテムさんの出現時間について追加で分かった事がある。
錬成時に注ぎ込む魔力の量を上げると時間が伸びるのは麻の服ちゃん達で実証済だが、生憎俺に魔術の才能は無い。魔力量も人並み以下な訳で、それに頼ってカバー出来る量には早々に限界があるようだ。
新たに分かったのは、注ぎ込む素材の量を増やすとアイテムを譲渡して貰う代わりに出現時間を伸ばす事も出来るらしいという事だ。
それから、当然ながら錬金術の腕によっても時間は増減する。
つまり出現時間を延ばしたければ“素材(=お金)”、“魔力”、“錬金術の腕”のどれかが必要になる訳だが……魔力も錬金術の腕も全然足りていない。お金に関してはむしろどんどん減る一方という状況。
これは非常に宜しくない。
そんなもんで、少しでも店の足しにしようと最近は1日店を開け2日素材採取に行く、というローテーションを繰り返している。
つまり週の半分以上は店じゃなく森に居る訳だ。
……そこいらの駆け出し冒険者よりもせっせと冒険に出かけてるな。
ちなみに、ティンクは早々に森に飽きたようで最近はカフェで留守番を決め込んでやがる。
その分ちびっ子2人が頑張ってくれてる訳だけれど、あの子達の錬成もタダじゃない。
近所の道具屋では『マグナスちゃん、最近いつも麻袋と木の板ばっかり買ってくけど……何してるの?』と不審がられてるらしい。
姉ちゃんが困ってた。
まぁそんなこんなで、いつ来るとも知れないお客さんのために素材のストックだけは溜まっていく日々を送っている。
――そんなある日。
今日は生憎の雨ということで、素材採取に行く訳にもいかず朝から店で待機。
ティンクのカフェも来客が鈍くて暇そうだ。
「ねぇ、マグナス。お腹空いてない?」
退屈に耐えかねカウンターに突っ伏していると、ティンクがケーキを持ってきてくれた。
「何だこれ? どうしたんだ突然」
「カフェの新メニュー。お茶だけじゃ寂しいから今度軽食も出してみようかなと思って。その試作よ。良かったら食べてみて」
ほぉ。
ひとまず目の前に置かれたケーキをマジマジと観察してみる。
クリームで綺麗にデコレーションされたショートケーキ。散りばめられた小さな赤い木の実がアクセントとなり、見た目にもとても可愛らしい。
何を隠そうティンクさん。やる気が無いだけで、実は家事能力が結構高い。
ここ最近の夕飯当番は売り上げ勝負の関係で常に俺がやっているが、たまに朝食や昼飯は作ってくれる。
その出来栄えから察するに、料理の腕前はかなりのものだ。
お菓子を作ってる所は初めて見たが、差し出されたケーキを見る感じでは、そのまま店で出して何ら問題のないレベルに見える。
マジマジとケーキを見つめる俺を見て不安になったのか、ティンクが慌ててブンブンと手を振りだす。
「あ、あの、もし嫌だったら無理に食べなくていいからね! 初めて作ったからまだあんまり自信もないし。ただ……なんていうか、最初はどうしてもマグナスに食べて欲くて。一生懸命作ったから、食べてくれたらその……嬉しいな、って」
そんな事を言いながらモジモジと顔を赤らめるティンク。
こいつ――たまにこういう可愛い所あるよな!
「お前がせっかく作ってくれたんだ。買うに決まってるだろ! じゃ、遠慮なくいただきます!!」
ケーキをフォークで大きく切ると、スポンジの間からはフレッシュな赤いソースがトロリと流れ出した。木苺かなにかのソースだろうか?
ワクワクしながら思いっきり頬張ってみる!
口全体に広がるクリームの芳醇な甘味。
それに続いて訪れるのは容赦のない辛味。
……辛味? ――辛ぁぁぁっ!!
「ブホォーー!!」
口の中に入った激物を反射的に吐き出す。
「み、水、水!!」
「あー、やっぱりダメだったか」
のたうち回る俺を尻目に、残ったケーキをフォークでつつき中身を確認するティンク。
「お、おま、これ、何なんだ!!?」
店に置いてあった聖水(魔除けのおまじない。非売品)をがぶ飲みしながらティンクに詰め寄る。
「え? キラーペッパーをたっぷり使ったスパイシーケーキだけど?」
悪ぶれる様子もなくケロリと答えやがった。
「お前、こんなもん店で出したら訴えられるぞ!!」
猛抗議の最中も口から止めどなく涎が流れ出してくる。
「だからあんたに最初に食べて欲しかったんじゃない。あー、やっぱりちょっと辛すぎかぁ」
「何でケーキに辛味要素が必要なんだよ!!」
「差別化よ、差別化。街のケーキ屋と同じもの売ってもしかたないでしょー」
「個性が独特過ぎんだよ! てかお前自分で味見したのかよ!? 食ってみろ!」
力尽くでティンクの口にケーキをねじ込もうとするが、相変わらずの馬鹿力で断固拒否される。
そんな下らない小競り合いをしていると――
カランカラン
ドアの鐘が鳴り1人の女性が店に入ってきた。
「いらっしゃいませ! お一人様ですか? お好きな席へどうぞ!」
しがみ付く俺を地面へと放り投げると、ティンクが満面の笑顔でお客さんを出迎える。
つい今しがた鬼の形相で俺の口に残りのケーキをねじ込もうとしてたくせに……さすが接客のプロだな。
お客は20代半ばくらいの身なりの良い女性だった。
「あ、あの……こちら錬金術の便利屋さん? なんですよね? 表の看板に書いてあったので立ち寄ったのですが」
……。
「そ、そうですけど。え!? ――マグナス!! お客さんよ!!」
「えっ? えぇ!? ホントに!? い、いらっしゃいませ!!」
想定もしていなかった突然の出来事に理解が追い付かず、2人揃って一瞬フリーズしてしまう。
開店から一ヶ月と半月。
ついに錬金術の便利屋に初めてのお客さんがやってきた!!
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