第2章 ある盗賊とロングソード

02-01 錬金術屋始めました

 ――錬金術屋の許可証を手に入れてからかれこれ1ヶ月。


 “店”のテーブルではティンクがニコニコとお客さんの相手をしている。

 長い髪を一つに結び、お気に入りの真っ白なエプロンを身に着けてご自慢の紅茶を運ぶ。

 深紅の髪とエプロンの白の対比がとても印象的で思わず見惚れてしまう。


(悔しいけれど、あいつのエプロン姿目的で来てる客も結構居るんだよな〜。いっそのこと可愛い制服でも買ってみるか……)


 ――って、そんな呑気な事を言っている場合じゃない!!

 うちは“錬金術屋”だ!

 これじゃどう見てもカフェだろうが!


 何がどうしてこうなったかというと……



 ――



 錬金術屋の許可証を手に入れた俺は、翌日からさっそく小屋の改装に着手した。


 まず手始めに、兄さんにあげると豪語した遺産を「やっぱり返してください」と土下座で交渉。

 さすがに呆れられるかと思ったけれど、事情を話すと快く応じてくれた。『どうせそんな事だろうと思って一切手は付けてないから』と優しく笑ってくれた兄さんには頭が上がらない。……すいません。

 そればかりか、知り合いの腕のいい大工まで紹介してくれたお陰で、直ぐに小屋の改築に取り掛かる事が出来た。

 大工さんが言うには、小屋は元々小さな飲食店か何かに使われていたようで、少し手を加えるだけでそれなりの形になったのは助かった。



 ところで――錬金術屋の店構えは大きく分けて2通りある。


 1つは“工房と店舗の一体型”。

 工房の中に接客用のテーブルなんかを置いてそこでお客さんと商談するスタイルだ。

 建物が1つで済み家賃が抑えられるため、小さな錬金術屋の場合このスタイルを取る事が多い。


 ところがうち場合、工房はティンクの私室も兼ねているためおいそれと他人を入れる訳にはいかない。

 なにより俺の錬金術がなもんで、下手にお客さんに見られると騒ぎになりかねないってのもある。


 そんな訳でうちの錬金術屋は“店舗独立型”。工房と店舗を別々に構えるスタイルだ。

 この形態の場合開店費用が高額になる上、建物間を行き来する手間が増えるなどのデメリットがある。

 幸いうちの場合は店舗と工房が徒歩十数秒の位置にあるため、頻繁に往復する事になっても全く問題無い。


 しかも店内に道具や釜を置かなくて良い分店を広く使えるのが“独立型”の良いところだ。

 小屋は元々それなりの広さのある建物だった事もあり、大工さんの提案で余ったスペースにちょっとしたカフェを設けてみることにした。簡易的なキッチンも設置し、お茶や軽食くらいなら出す事ができるようにしてもらった。


 出来上がったキッチンを使い、工事の合間にティンクが大工さん達にお茶を振る舞ったところ『こんなべっぴんさんが美味いお茶出してくれるなら毎日でも通うぞ!』と大絶賛。

 煽てられて調子に乗ったティンクの熱望もあり、“小さなカフェも併設する錬金術屋”として店をオープンする事になった訳だ。



 ――



 ――そうこうして店舗が完成し、オープンしてから2週間。


 ……客が来ない。


 正確には、俺の錬金術屋にだけ全く来ない。

 そんな俺を尻目にティンクのカフェは中々の盛況だ。


 まぁ、錬金術屋は基本的に厚利少売・高付加価値を売りとする業態。

 道具屋で売ってる既製品で事足りるような一般のお客さんはうちには来ない。客層がマニアックなのだ。

 つまり店が客で溢れかえるというような事態の方が稀な訳で……多分。


 いや、そりゃ低価格で汎用的なアイテムを大量生産してそれで薄利を集める錬金術屋もあるには有る。けどそれは複数店舗を展開するような大手だからこそ成せる戦略だ。

 うちみたいな個人経営の小さな店は、お客さんと真摯に向き合って一人一人に満足のいくサービスを提供し信頼を積み重ねて行くのが大切なんだ。

 何も慌てる必要は無い! ……とはいえ、誰一人として来てくれないんじゃ信頼もへったくれもあったものじゃないか……。



 一方ティンクのカフェは、大工さんから話を聞きつけたのか開店直後からポツポツとお客が付き始め今では日に数十人の来客はある。

 今のところメニーは数種類のお茶のみ。単価が単価なもんで売り上げ自体は大した事ないものの、売上ゼロの俺がとやかく言えたもんじゃない。


 このままだとどっちが養ってるのか分からなくなる。肩身が狭いという問題以前に、下手したら店を乗っ取られかねない……。



 ――ちなみに、錬金術屋に客が来ない理由は分かってる。


 単純に――値段が合わないのだ。


 “マクスウェルの釜”で売却用のアイテムを錬成しようとすると原材料費が数倍必要になる。

 それを相場の値段で売ろうもんなら原価率300%とかとんでもないことになってしまうのだ。

 売れば売るほど赤字になる正に火の車。


 品質面では王都の錬金術屋にも負けないはずなんだけれど……今の俺が錬成できるような日用品クラスのアイテムで品質に拘る人なんてそうそう居ない。

 ポーションはポーション。

 多少不味かろうが回復量がまちまちだろうが、とりあえず回復さえ出来ればいい訳だ。

 そんなものに相場の何倍以上金を支払う冒険者はまず居ない。



 という訳で、うちの店は『信頼も実績も無いくせに値段だけはやたらと強気設定の店』となってる訳だ。

 こうなる事はちょっと考えれば分かりそうなもんだが、店を開く事に精一杯で経営戦略を全く考えてなかった。

 俺のバカ……。



 ……



 今日も結局来客はゼロ。

 店を閉め後片付けを終えて、工房のキッチンで夕飯を作りながらため息をつく。


「ねー! ご飯まだー? お腹すいた〜」


 部屋の隅に置かれた2人掛けの小さなダイニングテーブルで、スプーンを片手に夕飯を待つティンク。


「はいはい、もう少々お待ちくださ〜い」


 『週の売上げが低かった方が、翌週1週間の夕飯を作る』

 店を始めるに時に決めたルールだ。


 ――勝算はあった。

 客単価ではこっちの方が圧倒的に有利なんだから、週に1人でも客がくれば俺の勝ち――の筈だったのに。

 ……今のところ夕飯作りは完全に俺の役割になっている。



「いただきます」

「いただきまーす!」


 出来上がった夕飯を前に、2人揃って手を合わせる。


「うん、美味しい!」


 シチューを一口食べて満面の笑みを浮かべるティンク。


「あんた料理の腕前はいいんだから、錬金術屋じゃなくてレストランにしたら? それなら絶対人気でるわよ?」


「“料理の腕前は”って何だよ。錬金術もこの歳にしちゃ結構凄いんだからな! ……披露する機会が中々無いだけで」


「宝の持ち腐れね」


「能ある鷹は爪を隠すんだよ」


「ふーん。隠したまま餓死する羽目にならなければいいけど」


 他人ごとのように軽く話を流すと、ティンクは満面の笑みでパンを頬張る。


 完全に舐められてるな。

 クソッ、かくなる上は――!


「――よし、明日は休みにするぞ!」


「……え!? 何処か遊びに連れてってくれるの!?」


 パンを頬張ったままティンクがキラキラと目を輝かせる。


「いや。錬金術の基本に立ち返って『素材採取』だ」


 売価をどうにかするためには素材の仕入れ値を下げるしか無い。

 仕入れが0円ならば、売価は好きに決められるからな!

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