01-13 全ての始まりはオッパイだった

「いやの。その日もあいつと一緒に錬金術の研究をしようと研究所へ寄ったんじゃが、あまりにもいい天気だったもんでな。仕事ほっぽり出して昼間から2人して酒を浴びる程飲んでしまっての……」


「おい、話の始まりがもはやクズだな」


 辛辣な目を向けるが、気づかないフリをしたまま話が続けられる。


「……での、その時あいつが言い出したんじゃ。『城内で最高のオッパイは炊事婦のメアリーだ』と。そこまではっきり言われてはワシとて黙っとられんだろ!? 『そんなバカな話があるか! 客室担当のエレアに決まっとろう』と愚かな誤りを正してやったんじゃ。しかしあいつもあいつで一向に引かんくての……そこから話はどんどんエスカレートしていった」


「――ち、ちょっと待ってくれ! いったいなんの話だ!?」


「だから、何度も言わせるな! オッパイの話じゃ! いい歳こいてオッパイオッパイ言うこっちの身にもなってみろ」


 今更ながら顔を少し赤らめ恥じるようにそっぽを向く髭じぃ。


「いや、待て待て! 人生の目標と定めた復讐を、今まさに果たそうとしてたところにオッパイの話を聞かされるこっちの身にもなってくれ!!」


「……まぁ、それでの。話に熱が篭るうちに『口で言い合っとっても拉致があかん。互いに錬金術を嗜む物同士、こうなったら錬金術で理想のオッパイを持つ女子を作ろうじゃないか!』と、話がそんな方向に行ったんじゃよ」


「ま、待て! そんな取ってつけたような話――で、デタラメにも程があるだろ!」


 半ばパニックになり、手をついて椅子から立ち上がる。


「……本当よ」


 お茶を入れて戻って来たティンクが大くため息をつきながら空いていた席に座る。

 当時の事を知ってるはずのティンクが言うなら……本当なのか。


「それでな。オッパイを錬成する何か良い方法は無いかと考えて、当時は御伽話の域を出んかった人体錬成の基礎理論をその場でざっと検証し直してみたんじゃ。そしたら、いやぁ酒の勢いというのは怖いもんでな。“あれ、何かこれ本当にいけるんじゃね?”みたいな感じになっての。その日からというもの、ワシらは人体錬成の研究に夢中になった訳じゃよ」


 こ、これは……フリの長い冗談なのか? それとも髭じぃ、年老いてついにボケたのか?

 あまりにも突拍子のない話を真面目なテンションで聞かされ続けクラクラしてくる。


 ただ、1つ。

 俺の脳裏にずっと見え隠れしている思想があるのは確かだ。


 "うちのじいちゃんならやりかねない"


「それで、数ヶ月が過ぎた頃。事件は起きた! 志半ばで……ワシらの研究が大臣共にバレたのじゃ」


「はいキタ! 成程な! それで、禁じられた実験を繰り返した罪をじいちゃんに着せて王宮を追放したんだな。やっと話が繋がった」


「あーー。いや、ワシの方こそ分かったぞ。そこに誤解があるな。――そもそも、この国では"人体錬成"は禁止などされとらん」


「……へ?」


「人体錬成を禁止する法律なんてものも無い。考えてもみろ。人体錬成など、世間では夢物語だ、狂人の妄言だ、などと言われておるようなトンデモ理論じゃぞ? 誰が本気にするか。そんな物をわざわざ禁止するような法律を立てたら、それこそ要らぬ憶測が飛び交うじゃろう。人体錬成なぞただの作り話。それが世間の常識じゃ」


「じ、じゃあ何でじいちゃんは王宮を追放されるはめに……」


「いやー……知っての通り、錬金術の研究というのは何かと金がかかるじゃろ? 前例の無い人体錬成の研究となると尚更じゃ。……で、気付けば税金で賄っとる研究費の約半年分をごっそり注ぎ込んでしまっとったんじゃ。それがバレた、と。……というかむしろよくそれまで数ヶ月バレなんだわ」


「――ちょっと待て! あんたら、国民の血税を何に使ってんだよ!!」


「それ、大臣達にも言われたわ。すんごい怒られた。大人がここまで怒られるかってくらい怒られたわ。さすがに頭にきて『国の金はワシの金! 何に使おうとワシの勝手じゃろ!』と逆ギレしたら、大臣に本気でケツを蹴られたわい」


「ま、マジか……」


 こんな不毛なやり取りがつい数十年前実際に王宮で行われてたなんて……知らぬが仏とはこの事だな。


「ま、それでの。そんなワシを見兼ねたページーが、罪を被り王宮錬金術師の座を退いて責任を取ってくれたんじゃ。幸い事の真相を知っておるのはごく一部の人間だけじゃったからの。公式の発表としては、まぁお前さんの知っての通り"詳細は明かせないが禁止された研究を秘密裏に行っていた罪"と曖昧な罪状を触れ出し追放としたのじゃ。むろん、ページーには王宮を去った後も友として出来る限りの支援はさせて貰った。生活には不便せんかったはずじゃ」


 確かに、罪を犯して王宮を追放されたって割には、俺たち家族はそこそこの生活は出来てた。ずっと疑問には思ってたが……まさかそんな裏があったとは。


「まぁ、だいたいこんなところじゃな。お前さの言う通り、ワシが罪を擦り付けてページーを追放したのと大して変わらんかもしれん。罵詈雑言は甘んじて受けよう。蹴るなり殴るなり好きにすればよい」


 一仕事終えたという顔で、エイダンはティンクの入れたお茶をズズッとすすり始める。


 まぁ……正直何か事情があるんだろうという気は最初からしてた。だって、この工房に遊びに来ては錬金術の話や他愛もない下ネタで盛り上がるじいちゃんと髭じぃはどう見ても親友そのものだったもの。

 その光景を思い出すと、きっと今の話も本当なんだろうと思えてくる。


 そしてなにより、じいちゃんらしいという点で至極納得のいくオチだ。もし軍事や兵器のために錬金術を研究しろと命じられたら、例え自害してでも拒否てたはずだから。


(それに――)


 同じテーブルを囲い涼しい顔でお茶をすするティンクの横顔を見る。


(こいつが決定的な証拠だな)



「――とにかく、そんな訳だから! まったく、一番の被害者はそんな下らない研究の副産物として錬成された私よ。ほんとバカバカしい!」


 どっかりと椅子に座り直すと、心底どうでも良さそうに鼻でひと笑しお茶菓子のクッキーをつまむティンク。


「はは……俺が違った復讐って何だったんだ」


 全くもって下らないオチで突然人生の目標をへし折られた俺。

 思わず全身の力が抜けて椅子にもたれ掛る。


「……なぁ、マグナスよ」


 そんな俺の肩を髭じぃがポンと叩く。


「……復讐は何も生み出さん。――お前はまだ若い。これからは前を向いて生きてみてはどうじゃ?」


 不意に窓から差し込んだ日の光が、まるで俺の進むべき未来を照らす道しるべのように真っすぐと伸びていった。


 ――って


「うるせぇ! 何もっともらしい事言って締めようとしてんだ、このエロジジイどもがぁぁ!」



 こうして、俺の復讐劇はたった2日目にしてその幕を閉じたのだった。



 ―――



「ところで。そう言えば何しに来たのよ?」


 お茶を飲み終えたティンクがふと髭じぃに向かって問いかける。


「おお、そうじゃった! お前、何じゃこの手紙は!? 『酒場のアリサ、踊り子のミント、花屋のマリー他、ちょっかいを出そうとした街の女性は36名。私の着替えを覗こうとして迎撃された回数87回。お風呂を覗こうとして……以下同文、41回。その他諸々の悪事をバラされたくなければ、錬金術屋の許可証を寄越せ』じゃと!? まったく……隠居したとはいえ元国王を脅迫しようとは――お前さんらしいわ」


 首を振りながら懐から書状を取り出して俺に渡す。

 受け取って開いてみると……それは、錬金術屋の許可証だった。


「まぁ、脅迫が無くともいずれ手渡してやろうと思っとった物じゃ。ワシからのささやかな手向けじゃな。その書状とこの工房。ワシら老ぼれがお前に託してやれるのはここまでじゃ。後は自分の思うようにやってみぃ、マグナス。いや――マクスウェルの孫よ!」


 こうして俺は、勘違い甚だしい人生の目標と引き換えに錬金術屋の許可証を手にしたのだった。

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