01-12 今語られる追放の真実

「いやー、それにしてもあんなに小さかったマグナスがここまで大きくなっとるとはのぉ。時が経つのは本当に早いもんじゃ」


 まるで孫を見るようにしみじみと目を細める髭じぃ。


「……髭じぃは、本当にエイダン前国王なんだな?」


 その目をじっと睨み返す。


「あぁそうじゃ。……何じゃ!? 黙っとったのを怒っとるのか?」


 口を尖らせて拗ねた顔を見せつけてくるが……そんなおふざけに乗ってられる心境じゃない。


「……怒ってなんかないさ。むしろその逆だ。嬉しいよ」


 焦る気持ちを必死に落ち着かせ、呼吸を整え言い放つ!!


「――まさかこんなに早く復讐の機会に巡り合えるとはな!!」


 十分に落ち着いたつもりではいたが、いざ言葉にして発してみると、声が震えて自分でも驚く程興奮している事が分かった。


 ……ところが。

 怒りに震える俺とは打って変わり……


「はて、復讐……? ……何の事じゃ?」


 小首を傾げて心底不思議そうに髭を掻く髭じぃ。 ……いや、エイダン!

 その態度にハラワタが煮え繰り返り、目の前にあった机を思いっきり引っ叩く!!


「しらばっくれるな! じいちゃんはあんたに命じられて錬金術の禁忌である“人体錬成”の研究を無理矢理やらされた! そればかりか、事実を隠蔽するためにあんたの策略で王宮から追放までされたんだぞ!!」


「――! 待って、マグナス! それは違うの!」


 黙って事の成り行きを見ていたティンクが慌てた声をあげる。


「……いや、良いのだ」


 そんなティンクをなだめるようにエイダンが口を開挟んで首を振る。


「確かに。……あいつが王宮を追放されたのはワシのせいじゃ」


 ――なに!? こうもあっさりと罪を認めやがった!?

 その割には特に慌てた様子もなく真っ直ぐと俺の事を見据えてくる。その太々しい態度に再び怒りが込み上げてくる。


「……しかしのぉ、マグナス。やはり些か誤解があるようじゃ。――ティンク、すまんがお茶を一杯貰えるか? マグナスも一端落ち着きなさい」


 そう言いながら椅子を指さし、俺に座るよう勧めてくる。


(まぁ……元国王とはいえ相手は老人だ。逃げ出す様子もなさそうだし、そう警戒する必要もないか)


 勧められるがまま椅子へと座る。

 エイダンも机の対面に置かれた椅子へと腰掛け、じっとこちらを見つめてきた。


「――のぉ、マグナス。そもそも、何故ページーの王宮追放が“陰謀”だと思ったんじゃ?」


「じいちゃんは錬金術が大好きだった! 錬金術の発展に生涯を掛けた、偉大な錬金術師であるじいちゃんが"人体錬成"なんて禁忌に自ら手を染める筈がないだろ!」


「……"禁忌"か」


 そう呟いてエイダンはどこか遠くを見る。


「……マグナスよ。まず、理由はどうであれページーが人体錬成を研究をしていたのは事実じゃ。ティンクがここに居るという事は……お前さんも薄々それは感づいておるじゃろ?」


 それは……! 確かに。

 じいちゃんの錬成釜にはアイテムを擬人化する"特性"が備わっている。これは"人体錬成"にかなり近い物だ。


 だが……


「問題はそこじゃない!! そんな研究をじいちゃんにさせたのが――」


「そう。お前さんの言う通り、研究のきっかけを与えたのはこのワシじゃ」


 二度にわたってこうもあっさりと……!

 その憎っい顔を思いっきり睨む。


 そんな俺を見てエイダンは小さくため息をついた後、ゆっくりと話しを続ける。


「実はワシも錬金術に関してはそれなりに知見を持ち合わせとってな。……まぁページーには遠く及びはせなんだが。そんなワシとページー。2人で一緒に研究したんじゃよ……"人体錬成"を」


「一緒に!? ははぁん。それでその"罪"をじいちゃんにだけに擦りつけ、自分は揚々と王座に居座り続けたって言う訳か……!!」


 何てクソ野郎だ!


「だから、落ち着けと言うのに。ふむ、何から話せば良いか……。そうじゃな……そもそも、ワシとページーが"人体錬成"を研究した目的は何だと思う?」


「ふん、そんなもん知りたくもない。どうせろくでもない理由だろ! 最強の生体兵器を作ろうとか、無尽蔵な軍隊を作ろうとか!?」


「……いや、違うな」


「それじゃあ何で――!」


 思わず椅子から立ち上がり、エイダンの顔を見下しながら睨みつける。


 対するエイダンは、どつしりと椅子に腰掛けたまま目を逸らそうとしない。


 全てを見通すような真っすぐな目は、微塵の焦りもなくただ真っ直ぐに俺を見据える。小さい頃は何とも思わなかったけれど……その正体を知った今なら分かる。


 正に王の貫禄。


 その迫力に思わず気圧されてしまい……それ以上何言えないまま黙って椅子に座り直す。


 ――情けない。


 そんな俺を見てエイダンは目尻を下げて微笑むと、小さく息を吸い意を決したように言い放った。




「――全ては“おっぱい“のためじゃ!」



 ……



「やっぱりそうか! お前達は錬金術で世界征服を――」


「いや、聴こえたじゃろ。ワシらが人体錬成を研究したのは“理想のおっぱい”を追い求めるためじゃ」


 ……


「お前達は錬金術を戦争の道具に――」


「おい、聞けや」


 ……


「――いやいやいや、嘘だろ髭じぃ。またそんなテキトーな事言ってぇ」


「マグナス、お前さん何をそんなに焦っておる? 口では"嘘だろ"とか言いつつも、内心『いや、あのじいちゃんならあり得るかも……』とか思っとるじゃろ?」


 図星を付かれて言葉に詰まる。


「――知っての通り、ページーとワシは親友じゃった……いや、悪友というやつかの。――ワシらの出会いは、ページーが王宮錬金術師として城に雇われたすぐ後じゃった。腕の良い錬金術師が入ったと噂に聞いて、どんな奴かと研究室まで見に行ったのがあいつとの出会いじゃ」


 宙を仰ぎ、懐かしそうにそっと目を閉じる髭じぃ。


「あいつ、あんな性格じゃろ? 錬金術の話となると仮にも国王であるワシに対しても忖度の1つなくずけずけと意見してきおっての。……それが嬉しくて楽しくて。初めて会ったとは思えん程に話が弾んだのを今でも鮮明に覚えておる。それからというもの、ワシは公務の間を縫っては研究室に通い、アイツと錬金術について議論を交わしたもんじゃよ」


 つい昨日あった楽しい出来事を話す子どものように、満面の笑みを讃えるエイダン。

 その笑顔を見ていると……きっとこの話に嘘は無いんだろうと思えてくる。


「それでな、あいつと会ってから何年か経った頃の事じゃ。とある重要な話題からワシらは激しい口論になたんじゃ。まぁ……お互いに譲れない物があったんじゃろな。そんか事が全ての始まりじゃった。……今になって思えば馬鹿な話じゃ」


「……重要な話し合い? ……まさか、それが"人体錬成"について?」


「いや、だからさっきから言っておるだろ。“おっぱい”についてじゃ」



「……は?」

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