01-11 復讐の機会は突然に

 そう言えば……。

 話している間にふと気になった事がある。


 アイテムを譲渡してもらうためには通常の数倍の素材が必要になるという事だが、通常の量の錬成でも"木の盾ちゃん"は木の盾を持って出てきた。

 つまり、単に“譲ってはくれない”というだけで、盾そのものは錬成できるのである。



「……ちなみになんだけど。わざわざ大量の素材を使わなくても、持ってるその盾を無理やりぶん取ったらいいんじゃないの?」


 "木の盾ちゃん"の持つ木の盾をじっと見つめる。


「――ひっ!」


 ビクリとして小さく悲鳴を上げる木の盾ちゃん。


「ちょっと、あんた! 幼女相手に何考えてんのよ!?」


 飲んでたお茶を噴き出しそうになり咳き込みながらティンクが怒鳴りつけてくる。


「いや、仮にの話だよ、仮に。でもさ、試してみる価値はあると思うんだよね。……ねぇ、木の盾ちゃん? それ、ちょーっとお兄さんに貸してくれないかなぁ。大丈夫、大丈夫。別に恐い事なんてしないからぁ」


 努めて明るい笑顔を浮かべつつ、優しく優しく木の盾ちゃんへと手を伸ばす。

 こんな優しい俺を前にして、何故か顔を引き攣らせながら後ずさる木の盾ちゃん。


 俺が一歩踏み出すと、同じくまた一歩下がる。


「ひぃ……や、やめてください」


「おいおい? 何を怖がってるんだい? 何も無理矢理に奪おうって言ってるんじゃないよ。ちょーっと見せて貰いたいだけなんだよー」


 あっという間に壁際まで追い詰め、泣きべそをかく木の盾ちゃんへそーっと手を伸ばそうとしたところ――後ろからティンクに羽交い締めにされる。


「に、逃げて木の盾ちゃん! こんなロリコンに捕まったら何されるか分からないわよ!」


「な! 物騒な事を言うな! 俺はただ、その盾がどれくらいの価値になりそうか見せて欲しいだけでだな!」


「うるさいこの変態! 犯罪者!」


 罵声を浴びせながらギュウギュウと俺の肢体を締め上げてくるティンク。

 相変わらずとんでもない馬鹿力だ。その締め技から必死に逃がれる真似をしながらも、背中に感じるラージスライムに得も言われぬ幸福を感じるのだった。

 ……が、イテ、いたたたたた!


「い、痛い! ティンクさん? ティンク!! 本気で痛いってぇぇ」


 偶然なのかそれとも知っててやってるのか。絶対に曲げちゃいけない方向に腕を引っ張られ肩の関節がミシミシと悲鳴を上げ始める。


「お、折れる! 折れるって!」


「煩い! モゲろこの変質者!!」


「こ、恐いですぅ!」


 断末魔を上げる俺に怯え、木の盾ちゃんはオロオロと泣きながら部屋の隅へと逃げて行った。


 いかん! このままでは、本気で腕が折れ――モゲる!!


(くそっ! こうなったら正当防衛だ!)


 自らの身を守るため、こちらも全力で抵抗する。

 けれど、女とは思えない馬鹿力のせいで中々抜け出せない。



 ギャーギャーと押し合い圧し合いするうちに――足がもつれ2人揃って派手に床へと倒れ込んでしまった。

 そして、例の如くティンクの上に馬乗りになってしまう俺。

 ……デジャヴか?



 丁度そこへ――


「マグナス、居るか! 大変なお客様がお見えになってるぞ!!」


 なんだかとても慌てた様子の兄さんの大声が工房の外から聞こえてくる。



「――!」


 腹筋に全力を込めて素早く上体を起こすティンク! 前回の経験からこの後起こる事態を予測したようだ。


 次の瞬間、勢いよくドアが開け放たれる!


 スレスレの所で見事に脳天直撃を回避したティンクだった……が。勢い余って上に乗ってる俺に思いっきり頭突きをかます結果になった。


 視界の中に火花が飛び散り、2人揃って頭を押さえて床に倒れ込む。


「お、おぅ、おまえ達。またこんな昼間っから床で……若いなぁ」


 俺たちを見るなり兄さんが呆れた様子で呟く。


「……兄さん、今度からドアを開ける前にノックしてくれると助かる」


「わ、分かった。前向きに検討しよう」


 いや、何でそれくらいの事に検討が必要なんだよ。



「――で、お客さんて?」


 ティンクが頭を抑えながら俺の上から降りる。


「そ、そうだ。……お前達、くれぐれも粗相のないようにな――」


 兄さんが言い終えるや否や、1人の老人が工房の中に入ってきた。



「――おぉ。随分と久しぶりじゃのぉ」


 室内を見渡し懐かしそうに目を細める老人。

 様々にまで目を配った後、今度は俺とティンクを交互に見る。


 そういえば"木の盾ちゃん"はいつの間にか消えていたようだ。時間切れだな。


 そんな事より……ん? 待てよ。

 この立派な髭を蓄えた恰幅の良い老人……どこかで見覚えが。


「――あっ! なんだ"髭じぃ"じゃん! 久しぶり~!」


 随分と久々だったので一瞬誰だか分からなかったけど、落ち着いて見ればよく知った顔だった。

 じいちゃんがまだ健在だった頃度々この工房に遊びに来ていた、じいちゃんの数少ない友達だ。

 まだガキだった俺ともよく遊んでくれて、いろんな国で聞いたという冒険譚や英雄の話、そして何より世界各国で出会った美女の話を沢山聞かせてくれた!

 俺にとっても数少ない友達でもある。


「いや~、そういやいつの間にか全然遊びに来なくなったからさ! てっきり死んだんだと思ってたよ!」


「ハッハッハッ! 相変わらず口の減らん坊主め! 勝手に殺してくれるでない!」


 昔と変わらない豪快さで高らかに笑う"髭じぃ"

 古い友人との再会を心から喜んでいると――


「――うぉぉぉぉい!!」


 後ろから兄さんに思いっきり頭をどつかれた!

 ゴッ! と鋭い音がしてチラチラと白い星が視界全体を覆う。 ――そういえば兄さん、籠手ハメてたよな!?

 ティンクの頭突きのダメージとも相まって、あと一撃くらい受けたら記憶が全部ぶっ飛ぶんじゃないかと思う。

 けれど、悶絶する俺にはお構いなく耳元で兄さんが大声を張り上げる。


「お前、この方をどなただと思ってるんだ!! ――"エイダン前国王陛下"だぞ!!」


 ……?


「兄さん、何言ってんの? 髭じぃは髭じぃだよ。じいちゃんの茶飲み友達」


「お前――っ! まだそんな寝惚けた事を……!!」


 怒りに拳を震わせながら詰め寄ってくる兄さんを髭じぃが制止する。


「まぁ待て待て。別に構わんよ。ここに遊びに来ておった頃にはもう王座は退いておったからの。引退してからは公務に出る事も殆ど無かった故、マグナスが顔を知らんくても無理はない」


 ニコニコと笑ういながら髭を掻く。


「……え? マジなの? あの下ネタ大好きな髭じぃが?」


「――!」


 再び声を上げようとする兄さんを髭じぃがまぁまぁとなだめる。


(兄さんの反応……あ。これ、マジなんだ……)


「すまんが、マグナス――と、そこの彼女と3人だけで話をさせてくれんかの?」


 髭じぃ……もとい、エイダン前国王が目配せをすると、兄さんは胸に手を当て深々と頭を下げて工房から出て行った。



 ……3人だけになった室内に、暫しの沈黙が流れる。



「――久しぶりね。元気そうでなによりだわ」


 最初に沈黙を破ったのはティンクだった。


「あぁ……そっちもな」


 さっきまでの飄々と笑っていた調子とは一変し、何とも言えない複雑な顔でティンクを見るエイダン。


 複雑な気持ちは……俺も同じだ。


 ――ティンクが街でその名を口にした辺りから何だか胸騒ぎはしてたんだ。

 これはもしかしたらそのうちに……本当に復讐のチャンスが来るんじゃないだろうかと。

 ……けれど、まさかこんなに早く、それもこんな場所で相対することになるとは思ってもいなかった。


『エイダン前国王』

 じいちゃんを裏切り、犯罪者として王宮を追放した――俺が復讐を果たすべき宿敵!!



 ……ただ、何で。

 ……その宿命の相手が、よりなよって友人だと思ってた"髭じぃ"なんだよ。

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