01-10 木の盾と……俺の(エロい)野望

 ――翌日。


 朝からティンクは自室(俺から奪い取った寝室)で何やらゴソゴソしている。

 昨日買ってきた日用品や雑貨なんかを片付けるのにお忙しい様子のよう。


 そんなティンクを尻目に、俺は熱心に錬金術の練習だ。


 工房にあった材料で錬成できそうなレシピをあれこれ考えた結果、今日は【木の盾】を錬成してみる事にした。


 使う材料と、それぞれから抽出する特性は次の通り。


 ・木の板 特性"木材"

 ・鉄鉱石 特性"金属"

 ・スライムの破片 特性"物理耐性上昇"

 ・紅火草こうかそうの枯葉 特性"火炎"


 今日はちょっとレシピにアレンジを利かせてみる。

 普通に木の盾を作るだけなら、木の板と鉄鉱石を職人に細工して貰えば事足りる。


 けれど、それだけで終わらせないのが錬金術の凄いところ!

 “スライムの破片”を使い"物理耐性"の特性を追加することで、木の盾の物理攻撃抵抗を飛躍的に上昇させる事が出来る訳だ!

 さらには“紅火草の枯葉”を足すことで、本来火に弱いはずの木の盾に僅かながら耐火の特性を持たせる事も出来る。


 これぞ錬金術の醍醐味"特性の混ぜ合わせ"

 並の鍛冶屋では絶対に真似出来ない代物が生み出せるって訳だ!


 ……まぁ、その分材料や費用は余計に掛かってくるわけだけど。



 ちなみに今回錬成する"木の盾"は、片手盾の中では初歩中の初歩の部類。

 打撃に対する耐久性はお世辞にも十分とは言えないものの、反面その重さは軽量で取り回しが容易。それでいて斬撃にはそれなりの防御力が期待できるので、昔から初級冒険者に重宝されている。

 

 とまぁ、何処の防具屋でもカウンター横に平積みしてあるごく有りふれた防具であり、今更深く追求するようなアイテムでは無いのだが……俺の錬金術への飽くなき探求心が疼くのだ!


(――俺は知りたいんだ!!)


 ……昨日"麻の服"を錬成したら、女の子が麻の服を着て現れた。

 そして彼女は身に付けている麻の服以外には何も持っていなかった。


 という事はだ……!


 木の盾を錬成すれば――小さな木の盾だけを手に持った女の子が、あられも無い姿で出てくるという事ではないのか!?


 その光景をイメージしてみる……。


 小さな片手盾で必死にその肢体を隠そうとする女の子。

 だがしかし、木の盾1枚ではどう頑張っても全身は隠しきれはしないだろう! さぁ、どうする!? 何処を優先して隠すというのかね!!


 さぁーー!?



「……何やってんの?」


「うぉあ!?」


 いつの間にか隣に立っていたティンクに突然声を掛けられ、思わず飛び上がって驚く。


「錬金術師ってより、暗黒面に落ちた闇魔術師の形相で釜に向かわないでくれるかしら。穢らわしい」


「な、変な言い掛かりはやめろ! 錬金術師としてあくなき知識の探求にただただ純粋な喜びを感じていただけさ」


「……あっ、そう」


 じっとりとした一瞥をくれ、机に置いてあった花瓶を持って再び寝室へ引っ込んでいくティンク。

 

 ……あ、焦った。


 いや、錬金術を探求してるというのは嘘じゃないんだから別に焦る必要も無いんだけど。たぶん。



 暫く注意深く寝室の様子を伺い、ティンクが出て来ない事を確認する。

 こうなりゃさっさとやっちまった者勝ちだ!


 グツグツと音を立て煮えたぎる釜に、基礎素材となる木の板を浮かべ鉄鉱石をそっと沈め入れる。

 釜の魔力と反応し、触媒である川の水が淡い光を放ち始めた。


 光が安定したところで紅火草の枯葉を投入。

 ちなみに、紅火草は着火しやすいから取り扱いは要注意だな。


 最後にスライムの破片。

 プルプルしていて量の取り分けが難しいので、容器を小刻みに揺すりながら慎重に定量を釜へ流し込む。



 ――よし、準備は整った。


 じゃぁいくぞ。

 魔法レシピ"木の盾"!!


 釜の中の液体が一際眩しい輝きを放ち――ポーションが飛び出してくる!


 それを落ち着いてキャッチ。


 ……出来た。これが"木の盾"のポーションだ。



 四角錐型のガラス瓶の中では琥珀色の液体が輝いている。

 確か麻の服の時は円柱型の瓶に乳白色の液体だったような……錬成したアイテムによって見た目が変わるのか。

 もし全部同じ見た目だったらそれこそ1本1本に名札でも貼っとかないと何のポーションなのか見分けがつかなくなると思ってたけれど、これなら多少手間が省けそうだな。



 もう一度寝室の様子をちらりと確認する。

 ティンクが出てくる様子は無い。


 ――よし。


 ここまではあくまで通過点。

 俺にとってはここからが本番だ!


 早る気持ちを落ち着かせ、震える手を堪えながら足元にポーションを撒く。

 程なくして床に広がった液体から淡い光が立ち昇り始める。


 麻の服の時と同じように、タンポポの綿毛のような光の粒が無数に飛散し……


 ――来るぞ!



 光の中から少女が姿を現した!!


 やや癖毛の茶色の髪に、そばかすの跡が残る純朴な顔。おっとりとした愛嬌のある垂れ目が可愛くて、思わず頭をわしゃわしゃしたくなる、小動物みたいな……幼女。

 その小さな身体にはやや大振りに思える"木の盾"を両手で持ちニッコリと微笑む。


 ちなみに――! 冒険者風の服をしっかりと着ている。


 ……そっか。そりゃそうですよね。


 心の中でガックリと肩を落とす俺。


 ていうか、なんでまた幼女なんだよ!? さすがの俺も年端の行かない幼女は守備範囲外だぞ……いや、純粋に可愛いけどさ。


 うなだれる俺を見て、慌てて駆け寄って来る"木の盾ちゃん"


「あ、あわわ! どうかされましたかご主人様! 私、何かご期待に沿えないような事を!?」


 あわあわと狼狽える彼女が手に持つ木の盾に目をやる。

 表面の加工は完璧だし木材の継ぎ目も綺麗に揃っている。金属の留め金も丁寧に打ち付けられているし――仕上がりとしては申し分ない。



「あら、上手に出来たじゃない」


 木の盾ちゃんの声を聞きつけたのか、ティンクが寝室から出て来た。


「あ、こ、こんにちは」


 ペコリと頭を下げる木の盾ちゃん。


「こんにちは」


 ティンクもニッコリと笑い頭を下げる。


「え、えぇと。それでご主人様、私にどのようなご用ですか?」


 "木の盾ちゃん"が、手に持った木の盾を両手でしっかりと構える。


「あ、えっと……そうだなぁ」


 しまった……。


 エロい事で頭がいっぱいで、呼び出した後のことは考えてなかった。……なんて事、こんな純情そうな子の前で口が裂けても言えない。


「ちょっと教えて欲しいんだけどさ。その盾……もし欲しいって言ったら今の何倍くらいの素材が必要かな?」


「あ、えっとですね、ちょっと待ってください。今計算しますよ……」


 腕組みをして考え出す“木の盾ちゃん”

 ん~、と目を瞑りながらしばらく唸った後、閃いたようにポンと相づちを打つ。


「今と同じ品質の素材なら、だいたい4倍程ですね!」


「よ、4倍!? 何か麻の服より必要経費上がってないか……?」


「譲渡に必要な素材の量は錬成するアイテムごとにまちまちよ。マクスウェルが言うには、レアな素材を使うアイテムほど必要な素材の数も跳ね上がるらしいわ」


 話を聞いていたティンクが横から口を挟む。


「って事は、レアアイテムを最高品質で作って一発大儲けって訳には……」


「無理ね。どう頑張っても材料費で逆ザヤになるみたいよ。それはマクスウェルも早々に諦めてたわ」


「そんな……これじゃ店を開いたところで赤字確定じゃねぇか」


「まぁ商売として成り立たせようとすると、どうにか原材料費を抑える他ないでしょうね。店で買わなくても自分で採取できる素材は沢山ある訳だし」


 まるで他人事のように言いながら、用意したお茶でいっぷくするティンク。


 こりゃまた……。

 随分と前途多難な開店準備になりそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

【木の盾】

木材を金属の留め具で継ぎ合わせて造る初歩的な盾。

素材が木材のためウォーハンマーやバトルアックスなど重量級の武器相手には心もとないが、短剣やレイピア等軽量の刃物による斬撃ならば十分に防げる。冒険初心者の心強い味方。


※木の盾ちゃん

https://kakuyomu.jp/users/a-mi-/news/16817330650426002353

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