色欲の錬金術師 〜アイテムが全て美少女化して錬成されるんですけど！？ これじゃ商品にならないので、アイテムさんたちと街の便利屋始めます〜

01-09 剣帝にタメ口はダメだろ！？

「……ティンク殿？　まさかティンク殿ではないですか！？」

　あれこれ思考を巡らせていると、遠巻きに見ていた野次馬をかき分けて1人の男性が近づいてきた。

　フードを深々と被っていて顔ははっきり見えないけれど、声の様子からして老人だろうか。

　その人物は間近でティンクの顔を確認すると、目をまん丸に見開いて驚いた様子を見せる。

「やはりティンク殿！　おぉ、まさか本当にまたお会い出来るとは！！」

　嬉しそうに目を細めティンクの手を取りブンブンと振る。

（何だ？　このじいさん）

　あっけに取られている男達に感づかれないよう、そっとフードの中を覗き込んでみるけれど――そこにあった顔を見て俺は思わず背筋が凍る。

　目尻に深くシワの入った、いかにも穏やかそうな白髪の男性。

　だが――その眼光は研ぎ澄まされた刀剣のように鋭く、一切の隙が無い。

　よく見れば、老いているはずのその身体も鍛え上げられた歴戦の戦士に負けず劣らずで、羽織ったローブの上からでも無駄の無い屈強な肉体の持ち主である事が伺える。

「何だぁ、爺さん！？　俺達こいつらと話してんの。怪我しないうちにさっさ消えな！」

　怖いもの知らずなのか、それとも単に異変に気付いていないだけか。一方の男が老人に食ってかかった。

　男に胸ぐらを掴まれ、老人の被っていたフードがハラリと捲れる。

　陽光に照らされ顕になったその顔を見て、ティンクが両手を口に当て驚きの声を上げた。

「……！　まさか、グレイラット！？」

「えぇ、そうです！　いやぁ、何年ぶりですかな。本当にあの頃とお変わりないようで……驚きましたぞ！」

「あは！　そっちはさすがに老けたわね。ぱっと見で分かんなかったわよ」

　懐かしそうに目を細め嬉しそうに笑うティンク。

（……グレイラット？　何だか何処かで聞いた事のある名前のような……）

　首を捻って必死に記憶をたぐっていると、俺の肩を掴んでいたはずの男の手がふと静かに退けられた。

　横を見ると、あれ程威勢の良かった男達がまるでイタズラがバレた子供のように怯えた目をして震えている。

「グレイラットって……ま、まさか――“剣帝グレイラット”！？」

　まるで悲鳴のような裏返った声を上げる男達。

　――思い出した。

　“剣帝グレイラット”

　かつて“最強”の名を欲しいままにした伝説の英雄。

　その名声は国内に留まらず、近隣諸国も含め世界中から無双の英傑と呼ばれ憧れと畏怖の念を集めていたそうだ。

　随分前に現役は引退したはずだけれど、未だその名は広く知れ渡っている。

　――勿論、チンピラ如きが間違っても喧嘩を売って良い相手ではない。

　完全に戦意を失い、今にもへたり込みそうになる男達。

　それを見てグレイラット氏はより一層穏やかに目尻を下げた。

「ははっお若いの、今更“剣帝”はよしてくれ。今はもう引退してタダのジジイだよ」

　そんな謙遜を述べて飄々と笑うグレイラット氏。そうはいっても、ただのジジイからこんな覇気が溢れ出る訳無い事は誰だって分かる。

　己の成れの果てを想像してしまったのか、口をあんぐりと開けて黙ったままの男達を見据え剣帝は言葉を続ける。

「ところで……君たちはアレかね？　最近街で暴れ回っているという"黒翼の飛竜"の構成員だという事だが、ここは一つ騎士団に通報しておくべきか……？」

　柔らかな物腰とは対等的に、その鋭い眼光は男達を捉えて逃さない。

　“騎士団”の名を出して脅す体を取ってはいるが、本当は騎士団の力なんか借りなくもこの人が剣を抜けば立ち所に身元不明の死体が2つ地面に転がるんだろう。

　つまり、体裁は保ってやるからとっとと失せろっていう事だ。

　さすがに自身の置かれている立場が理解出来たのか、男達は脂汗を流しながら狼狽え始める。

「い、嫌だなぁグレイラットさん。そんな物騒な。いい天気なもんでちょっと世間話してただけですよ、な？」

「お。おう。そうだよ。ひ、人聞きが悪いんだから。なっ！　姉ちゃん」

　そう言ってティンクの肩をパンパンと馴れ馴れしく叩く。

「……そう言っていますが、いかが致しますかな？」

　グレイラット氏がティンクに問いかける。

「……そうね。わざわざ忙しい騎士団の手を煩わせるのも申し訳ないわ。通報は辞めときましょう」

　そう言って悪魔のような……いや、悪魔ですら逃げ出しそうな冷たい微笑を浮かべて笑う。

「――人間の死体だって分からない程度の肉塊にして川に流して」

「御意に」

　ティンクに向かい一礼すると、ローブの下に隠していた短剣の柄に手を掛けるグレイラット氏。

「ひ、ひぃい！　勘弁してくださいぃ！！」

「じ、冗談じゃねぇ！」

　情けない悲鳴を上げて、慌てふためきあちこちにぶつかりながら男達は一目散に逃げて行った。

　……

「ふぅ、助かったわ。改めて、久しぶりね」

「えぇ。ページー殿が王宮を離れて以来ですから……もう随分になりますね」

　男達を見送ると、何やらひたしげに談笑を始める2人。

「――時に、そちらの男性は？」

　俺に気づいたグレイラット氏がティンクに問いかける。

「マグナスよ。ページーの孫」

「何と！　ページー殿のお孫さんでしたか。言われてみれば面影がおありですな！　申し遅れました――グレイラット・フォルトと申します」

　さっと手を差し出してくる伝説の英雄。

「ど、どうも。マグナス・ペンドライトです。で、伝説の英雄にお会いできて大変光栄です。どうかお見知り置きを」

　差し出された手を両手で取り、跪いて握手を交わす。

「いやいや、どうぞそう固くならずに。先程も申しました通り今は隠居したただの老いぼれです。お爺様やティンク殿の知り合いのジジイとでも思ってください」

　そういってニッコリと笑いながら俺の手を引き立ち上がらせてくれたけれど……そんな訳にいかんだろ！

　世界中に名を轟かす伝説の英雄だぞ！

「そうだ！　丁度良かった。ねぇ、グレイラット！　あなた今でも王宮に顔は効くわよね？」

　その伝説の英雄に向かってゴリゴリのタメ口で迫るティンク。

「えぇ。まぁそれなりに知り合いはおりますが。……何かお困りですかな？」

「この書状を"エイダン"に渡して貰いたいの」

　懐から、用意してきた封書を取り出して見せる。

　――こ、このバカ！

　さっきから英雄様にタメ口上等なうえ、“エイダン前国王”まで呼び捨てだと！？

　もし騎士団の耳に入ったら不敬罪でしょっぴかれても文句は言えないぞ！

「ほぉ……エイダン前国王にですか」

　腕を組み暫く考え込むグレイラット氏。

「――分かりました。他ならぬ貴女の頼みです。昔のツテを頼ってみましょう」

　ティンクの手から手紙を受け取り大切そうに懐へと仕舞う。

「よかったぁ！　ここまで来たは良いけど、どうやっても王宮に入る方法が思い付かなくて。いざとなったらエイダンが顔を見せるまで、王宮の前で過去の女性遍歴やら得意の口説き文句なんかを大声で喚き散らすしか無いかなぁって思ってたとこよ」

　え、えぇ！？　作戦ってそんなだったのかよ！？　勘弁してくれ！　一緒に居る俺まで一緒に牢屋行きだろうが！！

「そ……それは本当に良かったです。色々な意味で大騒ぎになる所でした」

　さすがのグレイラット氏もやや引きつった顔で苦笑する。

　――その後少し世間話をし、伝説の英雄と別れ日暮れ前には王都を後にした。

　……

　帰り道。

　馬車に揺られながらふと思い出す。

（そう言えば、こいつ橋の上でじいちゃんについて何か言いかけてなかったっけ？）

　続きを聞こうと思ったけれど――隣ではティンクが俺に寄り掛かり、疲れ切った様子でぐっすりと眠っている。

（長年ぶりの人波に疲れたのか……いや、それとも強がってても本当は絡まれて恐かったのか）

　本人はバレてないつもりなのかもしれないけれど、男達に絡まれてる最中に何度もこっちを見て一緒に逃げるタイミングを伺ってたのは気付いてた。

　一瞬でもこいつを置いて逃げようかと考えた自分を恥ずかしく思う。

　そう思うと、気の強そうなその横顔も何だか可愛く思えてくるから不思議だ。