01-08 都会は恐い所だってばあちゃんが言ってた

 道が空いていた事もあり、1時間もかからず無事に王都へ到着した。

 馬車を降り、王宮へと続く中央通りを歩いて行く。


 通りにはさまざまなお店が軒を連ねており、行き交う人の数も尋常ではない。

 冒険者用の装備や道具を扱う商店。

 一般客向けに日用雑貨を扱う露店。

 野菜や海産物、ハーブなどの食料品を扱う店もたくさんある。


「相変わらず凄い人ね」


 呆れるように漏らしながら、すれ違う人を避けようともせずグングン前へと歩いて行くティンク。

 道には慣れているのか、時折お店のディスプレイや露店を覗きながらも迷う事なく王宮へと向かって行く。

 一方の俺はと言うと、慣れない人混みで迷子にならないよう必死についていくのがやっとだ。


 しばらく歩いていると、すれ違う人々が時折こっちを見てくる事に気づく。

 始めはズカズカと我が物顔で歩くティンクに腹を立てているのかとヒヤヒヤしていたけれど、どうやらそうではないらしい。

 すれ違いざまに聞こえて来た男達の会話からもその理由が分かった。


『なぁ! 今の子見たか!?』

『見た! え、めっちゃ美人じゃね!?』

『だよな! 王族か貴族の娘さんかな?』


 ……成程。

 街一番の美人だと言われてる姉ちゃんと比べても負けず劣らずの美人だとは思ったけれど、どうやら王都基準でもティンクはかなり美人の部類になるらしい。

 ティンクが人を避けないんじゃなくて、歩いてるだけで目立ってしまう程の存在感に気後れした人々が、男女問わず自ずと道を譲ってた訳だ。

 こりゃ近所で噂になるのも時間の問題かもしれないな。


 ……


 王宮へ向かいつつも、せっかく王都まで来たんだからと、ティンクの生活用品や街では手に入らない錬金術の素材などもついでに買い揃えていく事にした。


 軽い寄り道のつもりが、あれもこれもと欲張るうちに小一時間程の買い出しになってしまった。さすが王都、店の数が半端じゃない。


 慣れない人混みの中を歩いた事もあり、少し疲れて小道に入って一旦休憩する事にした。

 小川に掛かる小さな石橋の上で、欄干に寄り掛かりながら行き交う人達をボーっと眺めながら足を休める。



「……なぁティンク。お前、王都来た事あるのか?」


「えぇ。王都どころか、マクスウェルが追放されるまでは王宮で暮らしてたのよ。どう、凄いでしょ?」


 長い髪をかき上げ自慢げに笑うティンク。

 宙を舞った紅い髪が太陽の光をキラキラと反射し、まるで本物の炎のように輝いて見える。


「まぁ、王宮暮らしがどんだけ凄い事なのかは分からねぇけどさ……てか、お前も知ってるんだな。じいちゃんが王宮を追放された事」


「それは――勿論よ。……どうしたの? 急に恐い顔して」


 怖い顔?

 そうか、この話をする時俺はそんな顔をしてるのか。

 ……隠しても仕方がない。この際、俺の目的をはっきりと伝えておこう。


「……俺は王族が嫌いだ。じいちゃんに"人体錬成"の冤罪を被せて王宮から追放した王族達に――いつか復讐してやろうと思ってる! 俺はずっとそれを目標に生きてきたんだ」


 真っ直ぐとティンクの目を見て宣言する。


 王宮に復讐だなんて……無謀だと笑われるだろうか? それとも、馬鹿な事を考えるなと怒られるか?

 色々と返事を予想してみたけれど、ティンクの反応は案外とあっけない物だった。


「復讐……ね」


 そう一言だけ呟くと、欄干から少し身を乗り出し水面に映る自分の影をじっと見つめる。

 思わせぶりなティンクの様子に、何となく勢いを削がれ俺も横に並んで小川に目線を落とした。


「そう、復讐だ。ずっとそのことばっかり考えてきたんだけどさ……何かお前の事を見てたら分かった気がするんだよ。じいちゃんが追放されたの、本当は冤罪じゃなかったんじゃないかって。だってアイテムが擬人化するんだぜ。じいちゃんは本当に人体錬成の――」

「――えっと! 多分だけど、あんた色々と勘違いしてるわよ」


 ぱっとこっちを振り向き俺の言葉を遮るティンク。真っすぐに目を見つめられ、思わず言葉に詰まる。

 そんな俺を見て、慎重に言葉を選ぶようにティンクが口を開いた。


「そうね。勘違いというか……ねぇ――あんた、マクスウェルから本当に何も聞かされてないの?」


「……どういう意味だ?」


「うーん……そうね。マクスウェルが話さなかったとしたら私の口からどこまで言っていいのか……」


 何とも歯切れの悪い言い方で口を閉じると、そのまま思わせぶりに腕組をして考え込んでしまった。


 目を瞑り真剣に悩むティンクを黙って暫く見つめる。


 そんな時――


「ねぇ、彼女! どしたの? もしかして何か困ってる?」


 突然、見知らぬ2人組の男が話しかけてきた。


「……え? 私?」


 考え込んでいる所に突然声を掛けられ、驚いて目を見開くティンク。


「そうそう! 何かめっちゃ可愛い子が居るなぁと思ってさ! もし暇だったらさ、今からご飯でもどう?」


 見るからにチャラそうな冒険者風の男達。


 裏通りということもあり元々人数は少なかったが、絡まれる俺達を見るなり通行人たちも皆そそくさと離れて行ってしまった。

 ……何だ? もしかしてこいつら訳有りな奴らなのか?



「――悪いけど、私今から用事があるの。また今度ね」


 臆する事なく男をあしらうと、俺の手を引きさっさとこの場を後にしようとするティンク。


(お、おぉぅ。都会に慣れてるだけあってさすが肝が据わってんなぁ)


 ――けれども、男達も簡単には引き下がらない。

 両側からティンクを挟むようにその前へと立ちはだかる。


「そんな冷たい事言わないでさぁ。俺たち、あの有名な冒険者ギルド"黒翼こくよくの飛竜"のメンバーなんだぜ? 仲良くしといて損は無いと思うぜぇ」


「……何それ? 聞いた事も無いわ」


 微塵の興味ありませんと言いたげに、ややイラついた様子で男を睨みつける。


「は、そんな訳ねぇだろ!? ギルドランク、3カ月連続1位の"黒翼の飛竜"だぞ! ……あのな、姉ちゃん。俺たちが下手に出てるからってあんまり調子に乗ってっとさ……」


 さっきまでおちゃらけていた男が、急にドスの効いた声でグイっと顔を近づけ睨みを利かせてくる。

 一方のティンクは、怯えるどころか小馬鹿にしたような微笑を浮かべてその顔をじっと睨み返す。


「調子に乗ってると、なに? ギルドの名前を借りないとナンパも出来ないような情けない男に用は無いんだけど。分かったらどいてくれる?」


「……おい。てめぇ、本気で攫うぞ?」


 正に一瞬即発。


「――ち、ちょっと待ってくれ。悪い、うちの連れの口が悪くてな。代わりに謝るからここはひとつ穏便に――」


 慌てて男達とティンクの間に割って入るけれど……


「あ、何だテェメ? どっから沸いてきた?」


 え、最初から居ましたけど。明かに視界に入ってたはずだけど、まさか認識すらされてなかった?


「え、えっと。この子の保護者といいますか……所有者?」


 改めて『何だ』と問われると、確かに返答に困る。俺とティンクの関係性が自分でも良く分かってない事に気付く。

 どうしたものかと答えあぐねていると、横からティンクにグッと腕を掴まれた。


「そう言もいう訳だから! 生憎とご飯の相手は足りてるんで。それじゃあね」


 体を密着させるように俺の腕をギュッと抱き寄せるティンク。

 肩に伝わってくる暖かくて柔らかな感覚。お、おっぱい! 当たってますけど!!


 つい今さっきまで、目の前の強面の男達にハラハラしてたはずが、今度はドキドキが止まらない!!

 ナイス、ラージスライム! サンキュー、兄ちゃん達!!


 ラッキースケベに感謝しつつティンクに腕を引かれるがままその場を後にする。


 ……が


「おい、ちょっと待てや」


 反対の肩を掴まれぐいっと引き戻されてしまった。

 まぁ、そうですよね。


「な、何だよ!?」


「俺たちをコケにしといてただで済む訳ねぇだろ。――兄ちゃん、ちょっと向こうで話しようや」


 路地裏の方を顎で指す男達。

 あ、これ絶対お話しだけで済まないやつだ。


「ちょっと、離しなさいよ! 今忙しいんだから!」


 声を荒げて抗議するティンクの肩を、もう1人の男がガッシリと掴む。

 それを振り払い、燃えるような瞳で鋭く睨み返すティンク。


 ――待て待て待て待て。


 ちょっと買い物に来ただけのはずなのに、なんだってこんな物騒な事になってんだ!?


 周りの人達も何か可哀想な物を見るような目で遠巻きに見てくるだけで助けてくれそうにないし。

 せめて騎士団に通報してくれても良さそうなもんだけど……報復が怖いのか? 最近の王都は物騒なんだな。

 

 さて、どうしたもんか……。

 俺の腕っ節じゃまともに戦ってもまず勝ち目は無い。

 こんな時は三十六計逃げるに如かずだが、このイカツイ男を振りほどいてティンクの手を引いて逃げるのは中々骨が折れそうだ。

 いや待て、ティンクの事だ……逃げるなんてまっぴらごめんとか言って、下手すりゃこっちから殴りかかって行く可能性だってあるぞ。


 落ち着け落ち着け――どうにか活路を見出せないかと頭をフル回転させる。


 真っ先に思い付く一番手っ取り早い手段はこいつを見捨てて逃げる事だが……まぁその手を使うと後がとんでもなく怖そうだから選択肢からは外しておこう。

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