第120話 蒼天
「死刑、だとぉ?クカッ、クカカッ!片腹痛いわ!これだけ殺してもまだ、私の力を理解できぬか?」
穴の中から這い出て、オリオは天に届くほど高く嗤った。
地面に突っ込む時に捥げた耳や鼻も、穴から這い出た瞬間その部位の近くに集まり、再生してぼたぼたと垂れ落ちる血を止めた。
「ああ、理解したぜ?燃えて再生するだけの、案外大した事ない力だってな」
「……言葉の上ではな。無限に再生する私を殺そうとして、散っていった人間が何人いたと思っている?」
「ゼロじゃない?殺す意味もそんなにないし」
「人を舐めるのも大概にしておけよ、小娘」
「なんで私にだけ当たりが強いんですか?」
オリオは答えることなく、薄笑いを浮かべて空へと舞い上がった。
「うわっ、無視しやがった。いけないんだぞそういうの」
「犯罪者に道理求めるなよ。ところで、手錠ってまだあるのか?」
「そんなにないよ」
言葉とは裏腹に、ニコラはあらゆるポケットから数個の手錠の顔をのぞかせた。
少なくともたかが一戦で尽きるような量ではないと、数えてみずともわかる。
「十個くれ」
「ほい。三節手錠一コ、オマケしとくね」
「なんでだ?まあ貰っとくけど、なっ!」
受け取るや否や、イチトは文句を言いつつも手錠を投げ飛ばした。
だがその軌道は単調。オリオはひょいとそれをかわすと、退屈そうに息を吐いた。
「何だ、これだけか?」
「いいや、ここからだ」
イチトは限界までワイヤーが張った瞬間地上を走り出した。
オリオは代わり映えしない戦闘が不服だったようで、右腕を構えてその腕に宿った炎をより燃え上がらせた。
「何だ、どんな攻撃をするのかと期待してみれば!この程度か!」
もはや炎は右半身全てを焼くほど大きくなり、地上にまで陽炎を揺らめかせるほどの熱量を放つ。
ニコラはあまりの熱量に汗と冷や汗を同時に流し、そして繋いだ手を執拗に握った。
「おーい!アレ止めないとやべー奴じゃねえの!?多分味方基地が溶鉱炉になるよ!?」
「だろうな」
「だろうなって!見てよアレ、今までとは格が違う燃やしかたしてるって!」
イチトは手錠をぐっと握りしめたまま、涼しい顔で答えた。
だがそれがオリオの逆鱗に触れたのか、広がる炎は一瞬燃え上がった。
そして全てが再び腕に吸い込まれた。
「っ!」
それは、光だった。
蓄えられた熱が電磁波として放射され、真っ青な光となって周囲を照らしている。
ただそこに有るだけでその青は空間を歪め、地上の人間の肌を焼いた。
「イチト!なんかあるならやって!今直ぐに!」
「もう遅い。燃えろ、『蒼天』」
「いや、遅くねえよっ!」
腕を振りかぶったオリオの体を、一本のワイヤーが締め付けた。
イチトが手錠を投げて走り、作り上げた輪が、その体にかかったのだ。
構えた腕も巻き込まれたことで、オリオの攻撃は一端中断されることになった。
「で、それが何だ?」
「こうだ」
ぴんと伸びた手錠の、ワイヤーを巻き取るボタンを押してオリオを引きつける。
「はあ!?ちょっ、何アレ近づけてんの!」
「掌で回れ、九十六の狭間」
「詠唱!?ここでやっちまうんですかあ!?」
叫びながらも、それ以外に手はないと悟ったニコラは、イチトの腕を両手で掴み、円を描くように走り回る。
オリオがある程度近づいた所で、イチトは巻き取るのをやめ、砂埃と石を周囲に散らして回転し始めた。
「ぐっ、この、離せっ!」
「なんだ、この程度で降参か!期待外れだなオリオ・ダヴァーナ!」
「き、貴様ァアアアアアアア!」
そして速度を上げると共に、段々とその手を上へ上へと上げていく。
倣う星座はコンパス座。
真円へと近づく道具のように、回り回って円を描く。
蒼く輝く恒星を力で動かし、文字通りこの戦場の中心となって全てを転回させる、天動説的必殺技。
「ほんとは、こんな大層なもん回す技じゃないんだけどねえーっ!」
「「
手錠を離し、もはや見るだけで目が潰れそうな光を放つオリオを、敵陣目掛けて投げ飛ばす。
そして同時に、動きを封じていた手錠が熱に耐えきれずに溶け落ちた。
「蒼、天!」
腕を解放されたオリオは、即座に蒼く輝く腕を前に突き出す。
瞬間、空間が爆ぜた。
ドッゴオオオオオオオオオオッ!!!
音、光、熱、風、その全てが致命傷になりうるほどの強さで降り注ぐ。
数百メートルの先まで投げ飛ばし、『星群』を使っても尚、迫りくる熱風で肌が燃えそうな程に熱い。
「っ!!!!」
「がっ!!?」
もし二人が目を瞑っていなければ、眼球の粘膜は一瞬で消え去り、網膜も焼かれて二度とその目で物を見ることはできなかっただろう。
周囲の状況も凄惨としか言いようがない。宙域の砦の防壁は文字通り粉砕され、避難が間に合わなかった者は体を焼かれている。
例えるなら、いや、事実そうだ。蒼天を放った瞬間、オリオは恒星となったのだ。
そして二人は、恒星の爆発に正面から向き合った代償として、地面に転がっていた。
人の耐えられる域を優に越えた刺激の四重奏を一度に味わった脳が割れるように痛み、呼吸すら困難になる。
「っ、ころす、気かっ!」
「あっちは、そうだろうな」
「お前じゃダボカスっ!」
ニコラは意識が朦朧とする中、ぴったり正確にイチトの眉間をぶん殴った。
「がっ!?何、しやがる!」
「何を考えてあんなことしたわけ!?死にかけたじゃん!声もガラッガラなっちゃったし!」
「気絶させたかったんだよ。殺さず、再生するほどの怪我もない状態ならどうなるかと思ってな。なんかヤバそうな技使ってたから他の案に変えたが」
「他の案ン゙?」
「ああ、多分そろそろ……っ、あった!跳ぶぞ!」
視線の先には、指向性を持って空を飛ぶ灰の塊があった。
ニコラはその全容を理解し、タイミングを合わせて飛び跳ねる。
「なるほど、この灰を!っていつの間に!」
「回ってる間に、石とか飛ばして切った。多分捕まえちまえば戻らねえだろ」
耳の捕獲に失敗したのは、燃えようとする肉片を捕らえる術がなかったからだ。
だが今二人が捕まえたのは既に燃え尽きた灰。もはや燃え上がることのない、残骸でしかない。
逃す道理はどこにもない。
「よし、とにかく入れろ!再生を防げ!」
「わかってますよっ!そんで、ちなみにこれどこの部位?」
「多分足だ」
「……足削ってもなあ」
視認できる灰は全て回収した二人は、崩壊した砦から水を回収して喉を潤した。
そして手錠ケースに封じ込めた灰を密封し、ついでに重傷者を治療ができそうな場所まで運ぶ。
「仕方ねえだろ。ともかく、さっきの乱発はできねえだろうし、捕まえまくって無力化するぞ」
そう言った傍から、オリオの吹き飛んだ先で爆発が起こる。
規模は蒼天よりも格段に小さいが、誰がやったことなのかは一目瞭然。
あれだけの炎を繰り出せる人間は、今この星にはオリオ・ダヴァーナを除いて他はない。
「……連発はどうか知らないけど、他のことはできるみたいよ」
「そうだな。流石に、不味い」
イチトは正直なところ、足を取り除けば少しは弱るだろうと考えていた。
だが遠くに見える炎の勢いは一切衰えず、まるでこちらを睨むかのように立ち上っていた。
「敵陣にとはいえ、アレを連れてきた責任は取るぞ、ニコラ」
「オッケー。そんじゃ、もう一回回っちゃおうか」
「……あ?」
「掌で回れ、九十六の狭間」
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