第119話 人工知能の敗北

「……宙域が知りたいだろうことは、何も知らないな」

 銃を突きつけられて尚、嘘をつけるだけの胆力はネズラにはなかった。

「そうですか、それでは」

 さようなら。そう音声を発しようとした瞬間、レイの視界は再び眩んだ。

 そして全身に付けた熱センサーが、次々に異常を感知する。

 苦し紛れに全力でレーザーを放ったのだ。


 だが気付けば関係ない。冷静に引金を引き、目の前で抵抗する犯罪者を殺しにかかる。

 カチリ、と金属が擦れる。だが弾は出ない。

 なぜなら引金が、引けていないから。

「……!?」

 

 レイは改めて、全力を指に込める。

 だがそれでも弾丸は発されず、引き金の方が限界を迎えてペキリと砕けた。

 そこで漸く、先程のレーザーが苦し紛れではなく、銃弾を一瞬でも防ぐために引金を溶接して固定するためのものだと気が付いた。

 レイは即座に切り替え、自ら撃鉄を引くも、当然そちらも溶接されている。

 仕方なく銃に力を込め、喉奥へと押し込むことで、弾を使わず圧死させにかかる。


 だがセンサーが感じ取ったのは、肉を掻き分けるような段階的な圧力上昇ではなく、一瞬で飛び跳ねるような圧力上昇。

 つまりそこには、既に敵はいなかった。


 だが、それはあり得ない。

 間違いなく銃は喉奥まで入れられていた。

 抜け出す隙間はなかったし、横に避けるにも頬の肉が邪魔になる。


「……なるほど。そう来ましたかか」

 であれば、頬の肉がなければ抜け出せると言うことになる。

 今、目の前に立つ男の顔の大部分が、真っ黒に染まっている理由も分かってきた。

 この男は死から抜け出すために、自らの顔を焼き切ったのだ。

 それならば空いた穴を通して、喉に当てられた銃を避けることもできる。


 その結果が、今のネズラだ。

 顎を限界まで開けるため両方の頬を焼き焦がし、ついでに奥歯と歯茎すらも捨てた、漆黒の大口を開けた怪物。

 普通の人間であれば、一瞬は怯んだだろう。


 だがレイはAIだった。

 人であろうとなかろうと、殺すことさえ決まっていれば機体は動く。

 古い銃を捨て、新しい銃を取り出して即座に放つ。

 今度は溶接する暇もなく、ネズラの右肩を貫く。


 しかし傷跡は存在しない。

 何故ならそれは、本体ではなく光で作った幻影でしかないから。


「戦うのは下手だが、逃げるのは上手いんでね」

 蒸気を吸い込み、掠れた声だった。

 だがその顔は変わらず黒焦げ。先程見た幻覚と全く同じ様相だった。

「その怪我で、逃げられるとでも?」

「駄目になったのは顔だ。そう大きな影響はない」

「では他も失ってもらいましょうか」


 逃すまいと銃口を向ける。

 直後、眼前が光線で埋め尽くされた。

「また、下らないマネをっ!」

 引き金を引く。だが感覚がない。

 溶接されただのと言う話の前に、そもそも指の感覚自体が遮断されている。

 そして同時に、体内の複数の場所でエラーが観測された。

 症状は断線と漏電。ケーブルを切られたと気付いた時には腕力を失い振り子のように振れて銃を手放した。


「下らないマネで窮地に立たされる気分はどうだ?」

 ネズラは嘲ると、レイの足や逆の手の中にも光を這わせ、コードをレーザーで焼き切る。

 どれだけ硬い体を作っても、中のコードの強度はたかが知れている。

 そしてコードが切れたロボットは、何一つ動くことが出来ない。

 いざと言うときのため、複数本のコードを張り巡らせてはいるものの、そのすべてを焼かれてしまっては意味がなかった。


「無線対応はしないのか?」

「……このきたいにはありませんね。他の単純な機体には搭載していますが、ほんの僅かとはいえラグがあるのですよ」

「そうなのか。どれぐらいなんだ?」

 動けもしないレイを見て勝利を確信したネズラは、興味の赴くままに取材を始めた。

 世界で唯一のアンドロイドと会話する機会は滅多にないと思ってしまったのだろう。


「百聞は一見に如かず。是非ともご覧あれ」

 その油断ごと、銃弾がネズラを撃ち抜く。

 咄嗟に動いたことで、心臓への被害は避けたが、それでも肺には大きな穴が開く。

「っ!?!!?」

 すぐさま振り返って見ると、そこには飾りっ気など一切ない、銃に台座とキャタピラがつけられただけの装置があった。


「ほら、無線でなければもっと正確に撃ち、心臓を破壊していました」

「っ、これで、正確じゃないのか!恐ろしい相手だな、全く!」

「ともかく、これで終わりです。犯罪者の医療水準では、その傷を治すことは出来ないでしょう?そもそも、口が焦げた時で諦めるべきですが」

「ああ。犯罪者じゃあ無理だろうな」


 肺と口と喉。声に関する部位を全て壊されたネズラの声は、酷く聞き取り辛い。

「だが宙域には優秀な医者がいるんだろ?」

 濁りきった声で、しかしハッキリと吐き捨てると、ネズラは宙域の前線基地に向かって分裂し、走り出した。

「まさか、宙域で治してもらえるつもりですかっ!?」


 第一目標を生き残ることに設定した場合、普通の犯罪者は宙域から離れ、逃げ出す。

 だが頬の殆どが炭化するだけの大火傷を負った人間は、逃げてもそう長くは生きられない。

 だから、逃げずに近寄り、降伏することによって命を繋ごうとしているのだ。


「正気じゃありませんね!今後暫くは隊員の治療で手一杯ですよ!」

「それもそうか。なら、隊員になる」

「何を言っているんですか?」

「俺も、それなりには戦える。一応は犯罪者共の上に立ってる人間だからな。これだけ長く戦ってると、戦力は足りてないだろ?」


 確かに宙域は戦力不足だ。

 そして宙域には、嘘を見抜く『星群』持ちもいるため、裏切る可能性はほぼゼロに出来る。

 政治的弱点になるという欠点もあるが、それを言っていられるほど今の宙域に余裕はない。


「ええ。ですから私がいるのです」

 だが、レイは受け入れなかった。

 理詰めで考えれば、戦力が増えることは望ましい。肉を焼くレーザーをこれだけの範囲で放つ力を持つのなら、十分戦力になるだろう。


 だが、だからこそ、そんな犯罪者を見張るための戦力が必要になる。

 それに使われるのは、恐らくレーザーが効きづらく優位に立てるレイ。

 だが、そんな男を見張りながら戦うよりも、レーザーを使えるレイが一人で戦った方が、強く、効率的だ。


「あなた程度では、宙域の戦力になりえませんよ」

「それは、困ったなっ!」

 ネズラは敢えて走る速度を落とすと、近くに見つけた宙域の隊員に近づく。

「さあ、撃てるのか!?仲間に当たるぞ!」

「……!面倒な!」


 技術的には当然、撃てる。

 味方に当てずに対象を撃ち抜く程度のことは、簡単にこなせる。

 だが問題は、それを周囲がどう見るかだ。


 近くに味方がいる状況で銃弾を放つ機械など、危険物でしかない。

 幾ら成果を挙げていても、それだけで廃棄が確定するだろう。


「やっぱり、外聞を気にするようだな?」

「黙れっ!」

 レイは法で禁じられた存在である以上、周囲との軋轢には人よりも数倍気を遣う必要がある。

 だからこそ、ネズラは宙域の隊員の近くを狙って走り、銃の使用を縛る。


「そこの人っ!コイツを捕まえてっ!」

「えっ!?う、うわあ!?」

 周囲に頼ろうにも、化け物のように焦げ落ちた人間とそれを追う銃キャタピラは、どちらが敵なのかを咄嗟に判断出来ない。

 そして遂にネズラは宙域の仮設拠点にまで辿り着き、うつ伏せで地面に転がった。


「降参だ!殺さないでくれ!」

 放った言葉は敗北宣言。

 だがそれは、実質的な勝利宣言だった。

 銃創があり、更に口元は酷く焼け焦げた男が、必死になって敗北を告げた。

 それを狙うのは、無機質な走る銃。


 例えそれが敵であろうとも、人はより人に似た存在に肩入れしてしまう。

「……悪いが、殺すのは待ってくれ。今、上に確認を取る」

「……ご自由に。ただし、ネイピア艦長は私の存在を知ってはならないので、警部の誰かの方が良いと思います」

「ああ、そうさせてもらう」

 レイは決して銃口を背けない。

 だが、不審な動きを見せるまでは、絶対にその引き金を引けなくなった。

 ネズラはそれをしっかりと理解し、両手を頭の上に上げて完全な降伏を示す。


「作品は、作れなくなりますよ」

「死ぬよりは、作れる可能性がある」


 そして言葉の上でも、レイはネズラに完全な敗北を喫した。


 結局そのまま、抵抗らしい抵抗もなかったため、レイは本体の修理を待って銃を突きつけることしかできなかった。

 

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