第118話 どうせ負けるなら

 荒野に一人、巨大な女が佇む。

 そう見えるというだけで、実態は全く異なる。

 立っているレイは女に似せて作ったロボットであり、見えないだけでこの場にはネズラという名の犯罪者がいる。


「さてと、それでは三分で終わらせてみせましょうか」

「『三分!?それって、目覚ましのスヌーズより短いじゃないか!』『何でもかんでも寝るのが基準だな、お前は……さてお嬢さん、あまり俺達を舐めて貰っては困るんだが』『そうよ!今からでも撤回してもっと長くしなさい!』『……結局負けているではないか』」

 レイの宣言に、ネズラは寸劇を以て応えた。

 視界を潰され、武器も当てられぬ機械に凄まれたところで、怯えるはずがない。


「今からだと一分四十五秒後ですね」

「『そう、それじゃあその時間までにこっちが倒してあげる!』」

 ネズラは女の声でそう言うと、レイに幾つか太いレーザーを撃ち込んだ。

 だがレイはそれを当たる寸前に察知し、全て回避する。


「『避けた!?やるな!』『流石にここまで回避されるのはおかしいだろう。一体何が……』」

「教えるわけがないでしょう」


 ネズラが使える光には上限がある。イチト達ほど正確にではないが、レイもその事実は把握していた。

 だからカメラに浴びせられたレーザーが弱くなり、視界がほんの僅かでも確保できたなら、それは攻撃が始まるということ。

 即座にその場から転がり逃げれば、ネズラの『星群』の発動は間に合わない。

 つまりレイは、目隠しのはずのレーザーを、攻撃タイミングを知るための情報源に変えたのだ。


「『ふむ、ではこういう趣向は如何かな?』」

 バアンッ!

 次の瞬間、レイの足元が爆発する。

「──!」

 短くも熱い破裂によって、レイの片脚の先が消え失せた。

 この威力、恐らくは小型ながらもエネルギー密度の高い爆薬が使われている。


 視界を潰されてレーザーを避けるというのは、ほぼ不可能。

 だからレイが避けた時点で、ネブラは目の塞ぎ方が不十分な可能性を考えた。

 しかし普段、周囲が見えている様子はまったくない。

 ならば一番可能性として高いのは、攻撃の瞬間だけ視界が開放されているということ。


「『す、すごい、当たった!どうやったの!?』『単純なこと。奴は我々が光で攻撃を行い、目眩ましが緩んだ隙を察知していたのだ』『なるほど、だから光線銃以外で攻撃すれば通じるってわけか!』」

「ペラペラと、余裕そうですね」

 レイは音のする方向全てに銃を放つ。

 圧倒的な空間把握能力により、銃弾は全て命中し、イヤホンを貫き壊した。


「『ええっとお、話をする気はないんですかぁ?』『当たり前だろ!戦場だぞ!?』」

 だが音は消えない。

「そこですか」

 次々イヤホンが液となって飛び散り、そして次々に代わりのイヤホンが足される。

 つまり破壊を感知した後、イヤホンを用意、配置する方法が存在しているのだ。


 各種の情報からレイの導き出した結論は、こうだ。


 近くにネズラの本体が存在している。

 

 これだけ正確に相手、しかも関節の駆動域が人より広く動きが読みづらいロボを狙うなら、離れていては話にならない。

 かといって近くは、イヤホンを打ち抜き続けた今も生きている以上、人が残っているはずがない。


 しかし分析リソースの多くを砂を踏む音に割いているというのに、この戦闘が始まって一度たりとも一キロ超える重量移動を感知できていなかった。

 なら、何処に敵はいるのか。


「空でしょう?」

 レイは天空に向けて銃弾を放った。

 すると開拓惑星特有の青黒い空のド真ん中に、一つの亀裂が入った。


「ぐっ!?」

「おや、大丈夫ですか。普通の声が出ていますよ」

「……!」

 あまりの揺れに、ネズラは思わず声を出してしまった。

 それは撮影を行う上では、最も恥ずべき失敗。

 演者の皮を剥がされ、等身大の人間がマイクの前に晒される。


 もはや『星群』による擬態を諦め、ネズラは自らが乗る機体の姿を晒した。

 瞬間、空中に銃弾がめり込んだ、一つの大きな円盤状の物体が出現する。

 アダムスキー型のUFOを真似たもののようで、その下部には三つの半球がついていた。


「何故空にいるとわかった?」

「イヤホンが砂に埋まり過ぎです。これでは高い所から落としたと赤子でも分かります。加えて、音。足音が全くしていません。浮いていると考えるのが自然です」

「……そうか。ならもう、これは必要ないな」


 ブウン、と微かな音がした。

 レイの持つ音声データと照合したところ、それは重力調整装置の出力を急激に変更した時のものと波形が一致した。


「──!」

 その光速の頭脳は即座に全てを把握した。

 UFOが落ちている。いや、地面に突撃してきている。


 姿を隠し、優位を生み出すのが難しくなったなら、UFOなど捨ててしまう。

 合理的でAI好みの、予測しやすい結論だ。


 だが対応は困難。

 最低でも数百キロ下らない金属の塊が、重力を数倍に強めて落下してくる。

 避けるのは間に合わず、止めるのは不可能だ。


「計算上は、いけるっ!」

 だからレイは、避けつつ止めた。

 巨大な砲弾となった円盤の中央から逃げつつ、その両腕で支える。


 接触した瞬間、火花が散るほどの衝撃と共に轟音が響く。

 とてつもない重量に、レイのすべての腕を以てしても耐えきれず、コードが千切れて電気が走った。

 だがその甲斐あって、巨大な円盤は落下の軌道を変え、レイの手から滑り落ちるようにして着地した。


 だが被害は大きい。

 普段使う、人間の見た目に近い腕は両方とも破壊されて上がらない。予備の腕も、一本を残して半ばでヘシ折れている。


「あれを耐えるか。面倒だ」

 土煙が舞い上がる中、ネズラは正確にレイの体を狙ってサブマシンガンを撃つ。

 弾がぶつかる度に、わざと激しく光るような弾を使っているのか、フラッシュを焚いたような爆発がおこる。

 そして表面の塗装が剥がれ落ち、銀色の真皮が露わになっていく。


「そんな遅い銃では、私は壊せませんよ」

 レイのいうとおり、そのマシンガンは狙いが安定せず、その上銃弾の発射速度が目に見えて遅かった。

 まるで五人の人間が普通の銃を放っているかのように見えるほどに遅く、まばらだ。


「小道具だからな。爆発は派手にしてあるんだが」

「映像のため、ですか。そのせいで貴方は死ぬんですよ」

「確かにコレじゃあ不利だ。本気で迎え撃とう」


 ネズラは撮影を諦め、服に入れていた黒い、親指程度の大きさの立方体をレイに投げつけた。

 そしてそれに向けて周囲の光を収束させ、外側の黒い包装を焼き焦がす。

 するとその中に仕込まれていた物体は、強い光を浴びて自らも輝きだし、周囲全てを光で染める。


 爆発。爆発。大爆発。

 光を当てる度に、レイの周りに激しく火花が舞い散る。

 硬い装甲にすら傷を負わせ、アクチュエータの力ですら前に進むことができない爆風を放ち続ける。


 そしてネズラはというと、その爆風を受けて転がり、遠くまで逃げ去っていた。

 レイは爆発が収まったことでそれを悟り、大声を出力した。

「逃げるのですか、臆病者!ヒーローの名が聞いて呆れますよ!」

「ヒーローじゃないことなんて、こんなところにいる時点で分かりきっている」


 挑発にも一切動じず、今は作品を作れないと判断して逃げの一手。

 ネズラにとっては命が第一で、撮影などはその次。

 そういう意味では、作品を何より優先する芸術系犯罪者とは一線を画す存在だった。


「チッ、思ったより柔軟で、面倒な奴ですね。ですが、銃弾を防げますか?」

「狙えるなら無理だろうな」

 どういう意味か、と聞きかけたレイだったが、次の瞬間にはその意味を理解した。


 煙幕が晴れた途端、視界カメラが強い光に晒され、再び真っ白になっている。

 ついでに周囲からは、二十を超える足音が同時に響く。

「小細工だけは立派ですねっ!!」

 大音量で放たれた罵倒にも、一切ネズラは動じない。

 ただただ走り、その場から逃げることに全てを尽くす。


 今のレイに残された一本の腕は壊れかけで、イヤホン全てを撃ち抜くのは不可能。先に関節の方が限界を迎える。

 それを理解して、確実に逃げ切るためにこんな方法を取ったのだろう。


「ですが、詰めが甘い」

 だがレイは迷わず、一発の銃弾を放った。


「うぐっ!?」

 それはネズラに命中した。

「さて、どこに当たりましたか?足だと楽なのですが」

「……ああ、足だ。降参する、から、殺さないでくれ」


 パッとレイの視界が開けた。

 そして撃った先では、足に穴が空いた男が倒れている。

 試しに近付き、軽く踏みつけたが、確かに生きた人間を踏んだ感覚があった。痛がる表情も真に迫っており、本物のネズラである可能性は高い。

「ぐっ、疑り深いな」

「信じる理由が無いので」

「そうか。ところで今、なんで当たったんだ?ちゃんと音は消していたんだが」


 そう、レイが撃ち抜いたのは、イヤホンのノイズキャンセリングで足音を消していた、疑わしくないはずの場所。

 それを撃ち抜かれたことが、ネズラはいまいち腑に落ちなかったのだ。


「単純ですよ。ノイズキャンセリングは内側から鳴っている音に対しては、ほぼ無力。むしろ同じ音を二度届けてしまいます」

「……あの大声か」


 ネズラが使ったイヤホンのノイズキャンセリングは、外のマイクで拾った音と逆位相の振動を生み出すことで音を消すものだ。

 普通は耳と音源の間にイヤホンがあるから、逆位相の振動が消したい音と同時に届く。


 だからレイは、大声で叫ぶことによって自らがノイズとなった。

 すると位置関係は変化し、まず普通の音が聞こえた後で、それを打ち消そうとイヤホンが放った逆位相の音が届いたのだ。


 偽の足音を聞かせるためにも、すべてのイヤホンでノイズを除くことはできなかったのだろう。遅れてレイの声がした方角は、たった一つのみ。


 そこを狙い撃てば、敵に当たる確率は非常に高くなるというわけだ。

 倒れて空を見るネズラは、冷や汗と血を流しつつ、大きな溜息をついた。


「残念だ。まだネムルンジャーを作り終わっていないのに。出所にはどれだけかかる?」

「そうですね、貴方がどれだけ犯罪者の情報を持っているかによります。」

「司法取引か?それなら長くなるな。俺は犯罪者としては新人。『星群』手に入れた途端に逃げたぐらいだ。俺が知っていることは他の奴も知っている」

「なるほど。では、刑期は一瞬で終わりますよ」

「……何?」

 レイは不満そうに顔を歪めたネズラの口に、銃口を挿し込んだ。


「……!?」

「拘束して運ぶための腕も壊されてしまいましたし、何より情報がないなら貴方を生かしておく理由はありません」

「っ、まってくれ」

「お断りします。降伏は受け入れないと、言ったでしょう?」

 確かにネズラの記憶にも、そんな言葉はある。だが、本気で受け止めてはいなかったのだ。


「三分まであと二十五秒。なにか良い情報があれば聞きますが……」

 レイはちらりと横たわる男の顔を見た。

 その瞬間、ネズラは五体満足で帰ることを諦めた。

 

 故にこれより先は、生き残る為だけの行動をする。

 後先なんて関係ない。最悪四肢ぐらい全部くれてやってもいい。

 撮影をしながら戦うなんて馬鹿げた真似は一切やめ、全力で、命だけを拾いに行く。

 ヒーローとは程遠い、薄汚い戦いだ。

 それでもいつか、その輝きを自らの手で作るため、ネズラは自ら手を汚すのだ。



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