第121話 生まれ落ちるは円弧なり


 ニコラは手錠で手をイチトと結ぶと、詠唱を始めた。

 それも直前に繰り出したのと同じ技を。


「っ、次は俺を飛ばそうってか!」

「のんびり歩いてたら殺されるでしょ!それにさあ、気に入らないんだよねえ」


 回る回る、繋いだ手だけは途切れぬように握って。

 空気すらも避けるほど速く、超高速の渦を生み出す。


「このままじゃ私の考えた技が!誤解されたままで終わるじゃん!」


 倣う星座はコンパス座。


 二つの星は引き合い、回り、遠心力を積み重ねる。


「いくよっ!これが本物の!生まれ落ちるは円弧なり!ペリメトロス・ポイエイン


 全力で、ブン投げる。

 数段重いイチトを豪速で。

 反動で体が吹き飛ぶが、ニコラは手錠を引っかけて勢いを殺し、走り、前に進んだ。

 その間、イチトは瞬きすらすることなく、炎の上がった砦を睨んだ。


「……ほんと、しぶとい野郎だ」

 砦の屋上に舞うは、片足のオリオ・ダヴァーナ。

 焼いたのか、千切れた方の足からは、煙がもうもうと上がっている。

 そしてオリオの目もそれを裏付けるように、炎よりも赤く充血していた。


「私の足を返せっ!」

「また今度な」

 イチトはどうでも良さそうに、その手にかけられた手錠に触り、地上を走るニコラを引き寄せた。

 そして二人は目を瞑り、導かれるままに手を伸ばす。

 互いの手を、両手で包み込むように握りしめた。


「返す気がないならもういい!貴様らを殺し、基地を焼き払って奪い返すだけだ!今度こそ骨の一片すら残らぬように焼いてやる!」


 オリオは羽ばたくのをやめ、片足で地上に降り立ち力を籠めた。

 再び、全ての焔が右の腕に集まり、赤熱し、白熱し、青熱する。

 二人とオリオの距離は僅か三十メートル、もはや暴発だろうと死は免れない。


「それはこっちのセリフだよ!同じ相手とずっと戦ってると、なんか数倍疲れるんだよっ!」

「いくぞっ!」

「うんっ!掌で回れ、九十六の狭間」


 三度目の回転。

 それも今度は重力に縛られた、上下方向の高速回転。

 上から下へと振り下ろされる度に、回転速度は爆発的に上がっていく。

 だが相対するは本物の爆発を生みうる熱。

 例えその蒼い腕に触れるだけで、体の殆どが消し跳ぶのは疑いようもない。

 しかし、ニコラは欠片も怯まず、目をカッ開いて接触を待った。

「ブチかませ!」

「OK!」

「「生まれ落ちるは円弧なり!ペリメトロス・ポイエイン」」


 ドッガアアアアアアンッ!!!

 蒼天が貯まりきるよりも僅かに早く、ニコラの踵はオリオの頭を穿つ。

 頭蓋が砕けるも勢いは消えず、砦の屋上から一階まで、全ての床を貫通して床に激突する。

 もはや体は形を保つことすらできずに四散した。


 イチトはもはや人とは呼べぬそれに、聞こえるように叫んだ。

「『蒼天』、だったか。アレは使わない方がいいぜ」


 穴の底でオリオは、残った顔のパーツで出来る限りの笑みを浮かべた。

 喉が無事なら今更怖気づいたのか、と大声で笑ってやるところだ。


 もう、『蒼天』は止められない。

 全身の炎を蓄えた腕に通じる神経は、落ちた時に断絶してしまった。

 制御など効くはずもない。蒼く光るほど集められた熱の塊は、エントロピーを増大させるべく爆発的に周囲へと広がっていく。


 コンクリートが溶ける。


 空気が燃えた。


 熱の極致が解き放たれる。


 オリオは、何度目かもわからない死を迎える直前に、その唇を動かした。





(蒼天)

 













 天を貫く炎の柱が顕現した。

 蒼天という名とは裏腹に、突き上げる炎は上空の冷えた空気と混ざりあって空を深紅に染め上げた。

 根元にあった砦は粉々に砕け散り、あらゆる方向に飛び散った。

 そしてそれは当然、全ての力を逃走の為に結集する二人のもとにも迫る。


「イチトッ!来た!」

 上着もシャツも脱ぎ捨てて、『星群』強化のためイチトの背中に全身を限界までつけたニコラは必死で叫ぶ。

 だが、どれだけ甲高い声を上げようとも、これ以上イチトに速度を出す手だてはない。


 ニコラが用意していた基地へと繋がる手錠は最高速で巻き取り、一歩一歩折れんばかりの勢いで地面に足を叩きつけ、風のように戦場を突き抜ける。

 だが、まるで足りていない。

 その限界をはるかに上回る速度で、数十キロの岩の塊が数限りなく襲い来る。

 回避は、間に合わない。


「チッ!」

 するとイチトは一瞬後ろを振り返り、地面を蹴る角度を僅かに変えてほんの少しだけ上へと浮き上がった。

「ほへ?」


 奇声を上げるのも無理はない。そこは巨岩の軌道の、丁度中央付近。

 もう、どれだけ速く動こうと衝突は免れない。

 だから、イチトは出来る限り平坦で、力を入れても滑らなそうな場所に衝突することを選んだ。


 たった二本の足で支えるのは普通に考えて不可能だが、それでも逃げるよりは、まだ助かる目は大きいと判断したのだ。


「先に言えっ、バカ!」

 衝突寸前、耳の真横から罵倒が飛んできた。

 そして首を掴んでいた腕が外れ、脇腹のあたりに移動した。

 何が起こったのか考える暇もなく、巨岩と衝突する。


 接した足は、四本。

 イチトの両足と、そしてその体にしがみついた少女の足が、迫りくる岩を押し留めんと抗う。

 衝撃と風圧で前後すらわからなくなる中でも、その少女の声はしっかりと、イチトの耳へと届いた。


「相棒でしょ!」

 イチトは思い出した。

 後ろの少女が誰で、何なのかを。


 友でもない、家族でもない。そんな仲の良さそうな言葉は一切似合わない。

 だがそれでも、戦場に出るなら誰よりも頼りになる、相棒。

 それが、ニコラという少女だと。


「行くぞっ!」

 イチトは叫び、そして腹に巻き付く手を強く握り締めた。

 声は風にかき消された。

 だが、握りしめた感触だけは、はっきりとニコラに伝わった。


 倣う星座は無い。

 そして技名も存在しない。

 極限状態の中偶然に生まれ落ちた、二人の意思の結晶。


「「らあああああああっ!」」

 岩が、弾き返される。

 同時に二人も、音にも迫る勢いで吹き飛んだ。

 二人を追うように飛んでいた石も、流石にそれにはおいつけず、力尽きて地面へと突き刺さった。

 逃亡に次ぐ逃亡から開放されたニコラは、これまでの人生で一番大きく息を吸い込んだ。


「死ぬかと思ったーっ!」

「毎度のことだが……今回は特にな。あの女、やっぱり化け物だ」

「あ!そうだ!あいつまだ殺してないじゃん!これだけ苦労したのに徒労!?」

「いや、死んでないだろうが、復活もしないと思うぞ」

「なんで?」


 イチトは周囲に飛び散った小石の一つを指さした。

 溶けて固まったからなのか、その形は砕けた石とは思えないほどに丸く、そして同時に凹凸があった。

「……いや、わかんないんだけど」

「よく見ろ」

 ニコラが訝しげな視線を向けると、石はカタリと音を立て、転がった。

 偶然かと思って見続けたが、疑いは確信に変わるばかりだった。


「動い、てる?」

「ああ。溶けた石の中にあいつの灰が閉じ込められたとしたら、そう不思議じゃないだろ」


 オリオの灰は恐らく一箇所に向かって集まる性質を持つ。

 それが石の中に閉じ込められれば、不気味な動く石が完成するし、表面に灰がかかったまま固まれば、表面に大量の凹凸ができてもおかしくはない。


「んじゃ、この石集めたらあいつが復活し辛いってわけ?」

「そうだ。両腕両足が戻らなかったらほぼ完全に封印出来るな。あ、触るなよ。まだ熱い」

「おっと、そりゃそうか。んじゃ、えーっと」


 ニコラは『星群』で強化した足で地面を蹴り穴を掘ると、そこに石を入れて土を被せ、さらに場所がわかりやすいよう、上から✕印を描いた。


「これで動かないし、暫くしたら冷めるでしょ」

「なるほど。適当にやってくか」


 動く石を見つけては埋めるという地味でいて、宙域の命運すら担う作業を続ける。

 これにより、オリオ・ダヴァーナは数百年にも及ぶ活動休止を余儀なくされた。


 十分ほど続けたところで、目に入る範囲の石を埋め終わったため、二人は壊滅した基地に戻った。


「遅えぞお前ら」

 出迎えたのは宙域で唯一医師免許を持ったことなる男、エイル・プラスチックだった。

「うぃっす、エイルせんせー。何の用でっしゃろ?」

「舐めた口聞くなゴミ。ネイピアからの伝言だ。次の任務の話だとよ」


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