第115話 戦場は燃えている

 べとりと、小さな液が垂れる。

 それだけで地面は苦痛に喘ぐように煙を吐き出す。

 草木を燃やし、水すら弾き飛ばす、桁違いの熱を貯め込んだ金属が、雨の如く降りしきる。


「うおああああああああっ!死んじゃいますよコレッ!」

「クソッ、量が多いっ!」


 赤熱した死の雨の中を、イチトとニコラは必死で走り、その全てを回避するべく動き続ける。

 そしてなによりも厄介なのは、自らその雨にうたれて死に、業火を広げ続ける犯罪者オリオがいることだ。

 まずは再生のメカニズムを知り、炎の拡大再生産を止めなければ、戦うことすらままならない。


「イチト、どうする?そろそろ対策考えないと、被害が雪だるま式よ?炎なのに」

「そうだな、なら……おい、オリオ・ダヴァーナ!お前の、『星群』は何だ!」

「直接聞くの!?」

「我が力は不死鳥の加護!何度命が燃え尽きようとも、その身を燃やした灰の中から蘇る不死身の力なり!」

「答えるの!?」

「当然だろ。しかし、なんだ予想通りだな!」


 オリオは苦い顔を浮かべたものの、直ぐに崩して高笑いをした。

 得られたのは、大した情報ではない。

 死ねば燃え、燃えて灰になり、灰が固まって復活するという、見ての通りの効果だ。

 だが重要なのは、それ以外に何も言っていないということだ。


「よし、作戦が決まった。合図で跳べ」

「えっ!?今の信じるの!?絶対他になんか隠してるよ!」

「それはない。注目中毒が、予想通りなんて言われて黙ってられるか」


 芸術系犯罪者ではないのに二つ名がついているのも、目立つためだけに自ら二つ名を考え、そしてその名を使わない組織を物理的に燃やし続けた結果だ。

 そんな注目以外の指標を全て失った女が、『予想通り』という注目と真逆の評価を受け入れるはずがない。


「そう、かあ。そんじゃ、アレは燃えて灰になった体をバラ撒いて、火が消える前に燃え移らせてる、だけ、なのね。~!」


 ニコラも状況を理解し始めたのか、敢えてカンに触りそうな部分を強調して話す。

 オリオはもはや火が立ち上っているのかと錯覚するほど、そのマゼンタの髪をいからせ、こちらを睨みつける。


「ならば、その単調な技、受けてみせろっ!!」

 オリオは怒りのあまり、自らの心臓に、燃え盛る腕を突き刺した。

「そう来るよな」

 その瞬間、耳に男の声が響いた。

 更に耳に心臓と遜色ない程の激痛が走る。


「っう!?」

 咄嗟に耳を手で抑え、そして気が付く。

 そこには、もう耳が存在しないことに。

 イチトは不意をついて、オリオの耳を千切りとったのだ。

「どうすんの、それ!」

「こうすんだよ」


 イチトはタブレットケースに耳を投げ込んだ。

 するとオリオの死体が燃え上がると同時に、タブレット液がぼこ、ぼこと沸騰し、煙を上げ始めた。

 襲い来る灰を躱しつつも、イチトはその液から決して目を離さない。

 そして再生しきった頃、ようやく僅かにオリオへと視線を向けた。


「なーるほど、これが確かめたかったのね」

 オリオの頭には、千切り取られた方の耳は存在しなかった。

 死ぬ直前、耳が千切られた時そのままに、血管からはだくだくと、血が溢れ続けている。


 つまりある体の部位を再生するには、その部位の灰が必要になるということ。

 脳幹をどこかに閉じ込めておけば、復活直後に即死させ、永遠に殺し続けることも可能かもしれない。


「さて、これで不死鳥の殺し方は割れたな」

「何を言っている?定命の者は、暫しの間耳が取れることを死と呼ぶのか?」

 だが、オリオは再び笑った。

 そして直後、腰のタブレットケースが発火する。


「っ!クソッ!」

 反射的に投げ捨てたことで燃え移りはしなかったが、それでもケースは歪み、隙間から灰が飛び出してオリオの耳元へと舞い戻った。

 一瞬で、その耳は以前と全く同じ形にまで戻ったのだ。


「クハハハハハハハ!認めよう、恐らく私は脳を隔離されれば死ぬ!だが、常に燃え続ける私の脳を隔離できる方法など、貴様に用意できるのか!?」

「……また考え直しかよ」

「んーや、次は私の番だよ」


 気落ちするイチトの肩を叩いて、ニコラは自信ありげに笑った。

 そして上空で燃え盛るオリオを蹴とばし、彼方の地面に叩きつけた。

 体は粘土のように潰れ、一瞬で絶命し、そして今まで同様に周囲を燃やしながら再生していく。


 だが、今回は少しだけ、周囲の状況が違った。

「うわああああああああ!!助けてくれえ!」

「オリオ様ぁ!ここは燃やさないで、あああああああ!」

 蹴り飛ばされた先は、犯罪者が作り上げた砦だった。


 飛び散った血肉全てが火種となって、オリオの同胞を巻き込んで燃え上がっていく。

 火薬にも引火し、数え切れぬほどの爆発も起きた。目の前で親しい人が燃え尽きた。

 塹壕も櫓も、全てが炎に包まれていく。

 その地獄絵図を前にして、オリオは須臾の間言葉を失い、そして


「クハハハハハハッ!懐かしい!地獄を見るのは久々だっ!」

 笑った。

 目の前の光景は、彼女にとっても地獄そのものだ。


 だが、地獄というものは、いつだって彼女が一番注目を浴びれる場所、ステージ上と同じだった。

 誰もが自分が生み出した炎を見て、声をかけてくる。承認欲求の塊からすれば、まさに理想の場所だ。


「おい、これで倒せるのか!?」

 だが傍から見れば地獄でしかない。イチトはあまりの被害に思わず叫んだ。

「ん?無理だよ」

「倒せるからやったんじゃねえのかよ!」

「いいや、逆。倒し方わかんないから、他の戦線の手伝いでもしようかと思ってさ」


 イチトは言われて再び、視線を爆心地に向ける。派手に炎は上がっているが、それは戦闘地域よりも少し犯罪者側。傷病者の治療や司令部がある場所が更地になっただけで、宙域には一切被害が出ていない。

 未曽有の混乱が訪れているようではあるが、火元を取り除けばなんとかできなくもなさそうだ。


「……まあ、いい、のか?」

「多分ね。ともかく私があいつぶっ飛ばしてる間に、君は」

「殺し方を考えろ、か」

「そゆこと。準備オーケイ?」


 色々と問題はあるが、戦闘中にそんな悠長なことは言っていられない。イチトは仕方なく首を縦に振り、近くにいた宙域の隊員にある程度事情を伝え、他の戦線にも連絡するように言った。


「至福だ!全ての視線が、声が、私と炎に注がれている!」

 その隙に復活したオリオは、この上なく上機嫌に笑い、空へと飛び上がっていた。


「んじゃ、もっと注がせてあげるっ!」

「おっと!」

 ニコラの蹴りを、オリオは燃える腕を盾にすることで止めさせた。


「あぶなっ!?何で止めんのさあ!」

「気付いたのだよ!燃えるのは一瞬だが、戦いは永遠だと!」

「何処に落ちるか警戒して全員がこっちを見ているのが楽しい、ってことか」

「知るかんなことァ!」


 ニコラはオリオに石を投げ付け、その石に踵落としを叩き込んだ。

 絶命後、燃える最中に地面に叩きつけられたことで、燃える灰は衝撃波のように波打ち、広がった。

 オリオは即座に蘇ると、自ら体に切り傷をつけてから飛び上がった。


「不味い!避けるぞニコラ!」

「空中で逃げられるわけないじゃん!」

 迫りくる頭を殴り飛ばし、即座に地上へと追い返す。

 だがその時、傷口から僅かに血が吹き出してニコラのジャケットに飛び散った。


 イチトは手を離し、それを無理矢理脱がせると、体に触れてから投げ飛ばす。

 だが一瞬遅く、燃え盛った血痕に、僅かに頬を焼かれる。


「あづっ!」

「っ、ゴメン!大丈夫!?」

「お前は戦ってろ!」

「そうだ、もっと私を愉しませろ!」

「お前はとっととくたばれ!」


 隼のような速度で飛来するオリオに、地面を抉った土塊をぶつけて首の骨をへし折る。

 だが死体はそれでも尚威力を失わず、燃えながら突っ込んで来る。

 回避しようと跳躍する。


「うわああああああ!」

 だが、その瞬間背後から悲鳴が上がった。

 同時に、背後には宙域の拠点が存在していたことを思い出す。

「っ、お、らあっ!」


 ニコラは咄嗟に手錠を頭に叩きつけ、焼死体を地面にめり込ませることでなんとか動きを止めた。

「……悪い」

「いいってことよ。それより、止め刺す方法は見つかった?」

「そうだな、確証はないが、一つだけ」

「上等だよ。アレを殺せる可能性があるんならね」


 後ろを振り返ると、腰が抜けた様子の隊員が一人。

 もしニコラが止めなければ、この隊員は死んでいただろう。

 確証がなくとも、宙域に大きな被害を出さない為には、今動く他ない。


「不死鳥、オリオ・ダヴァーナ」

 二人は地中から這い出る火だるまを睨みつけ、宣言する。

「「今からお前を死刑に処す」」

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