第114話 不可視のヒーロー

「……なるほど、私を抑えるにはうってつけの『星群』ですね」


 レイは目の前の、いや、目の前にいるのかすらわからない男、もしくは女に語りかけた。

 そう、レイは敵の何もかもがわからない。それもそのはず、レイの感覚器官うち、最も重要なカメラが、ロクに使えないようにされているのだ。


 カメラをどう動かしても、眩い光がその視界を塞ぎ、他の景色を見ることを許さない。

 そして正しい景色の代わりに、目が見えるのかと思うような覆面と、ゴテゴテつぃた装飾付きの全身タイツを纏った五人をカメラは捉えた。

 しかし当然、何度その位置を撃ち抜いても、弾丸は光に飲まれるばかりだった。


「『何っ、もう俺達の『星群』が分かったのか?』」

 ボイスチェンジャーか何かで加工された音声だった。どこまでも自分の情報を残さないことに執着しているらしい。

 いや、正確には自分以外のなにかに何かになろうとしているのだろう。今聞こえた声の感じは、幻影の内、赤いヘルメットを被ったものが発していると考えるとイメージにあう。


「ボイスチェンジャーですか。それで質問は、『何っ、もう俺達の『星群』が分かったのか?』、でしたっけ?」

「!」

 だから、レイは敢えてそれを元の音へと戻した。

 お前がどうやって逃げ隠れをしようとも、決して逃さないという意思を込めて。


「はい。光を操る『星群』でしょう?簡単すぎますよネズラ・ドゥカーディス」

「……そこまで知られるとは思ってなかったな」

 冷たい声だった。

 五人の幻影の、どれにも当てはまらないような声。人が声を発する時に生じる熱のようなものが、欠片もない声。

 戦場らしからぬ緩さがあったその場所は、一気に戦場のそれとは違う緊張感に包まれた。


「この程度、誰にでもわかりますよ」

 レイは同様に、全く熱のない声で答えた。

「ロボットには朝飯前だろうな」

「……おや、そこまでバレますか」

「こんなにカメラを身に着けておいて、生身はあり得ない」

「それもそうですね」

「しかし、宙域のロボットか。禁じられた力を、正義を名乗って悪を成す組織が振るう。これは良い」


 ネズラは創作意欲が掻き立てられて僅かに声を踊らせた。

 レイは主人の命令をより早く果たすため、銃で音のする場所を撃ち抜いた。

 だが砕けたのは人ではなく、何処にでもあるような液体イヤホン。簡易的ではあるが、音響設備としては十分だ。

 予測はしていたが、光を操る『星群』で位置を誤魔化した上、音の発信源もバレないようにしているらしい。


 つまり本体は貧弱。近接戦闘では弱い可能性が高い。

 ならば情報を引き出すために、なるべく多くのイヤホンを破壊しつつ会話を継続するのが望ましい。


「宙域のロボットではありません。宙域の隊員のロボットです」

「ほう。つまり生化学戦隊レーニンジャーのスコーンブルーとそのメイドにして最強の戦士、ロッドのような関係か?」

「……存じ上げませんね」

 だが全く予測していない方向へと話が進むので、レイは会話を続けるよう誘導することが出来ない。


「作られる前の作品は流石に知らないか」

「作品?作られた後の創作物の情報はほぼ皆無ですよ。古典作品はある程度嗜んでいますが」

「そうか。残念、いや、これから出会うことになれば、幸運だ」

「……話が通じませんね。私に一体何を求めているのですか?」

 余りにも噛み合わない会話に、レイは少しだけ責めるような声色で答えた。


「戦隊シリーズ全作品を見ること。それと、俺と新しい戦隊シリーズにインスパイアされた作品を作ることだ」

「お断りします。貴方を消す方が楽そうです」

「最悪、そのつもりでも構わない。俺が欲しい映像は、本気の戦いの末にあるはずだ」

「思い通りになるのは癪ですが、知られるなと言われたことにも気付かれてしまいましたし、消すことにしましょうか。もう降伏は受け入れていませんので、そのつもりで」


 レイは両手に拳銃を構えた。

 以前イチトが、AIの存在が宙域の外に広まると不味いと言っていたことをレイは明確に覚えている。何しろ主人が口にした言葉全てを複数のバックアップサーバーを用意してまで残しているのだから、それぐらいは当然だ。


「『消すって、待ってくれよ!一緒に枕を並べて、話をしながら隣で寝れば、人はわかりあえる!』」

 つい直前までボソボソと、すぐに途切れる上に小さくて聞き取りづらい声を出していたネズラは、別人のように力に溢れた声を上げる。

 いや、実際に別人に成り代わったのだろう。


 ここにきて漸くレイも理解した。この男は、本気で演劇か何かを作り上げようとしているのだと。それも血で血を洗う戦場にて、敵すらも演者として扱って。

「……」

「『チッ、いつまでもお前はそんな寝言を!アイツは敵だぞ!?』『関係ない!例え敵だろうと、分かりあえずに終わったら寝覚めが悪い!』『でも、ロボットだよ?寝れるの?』」


 レイが返す言葉を選んでいると、何度も声を切り替えて一人芝居を始めた。

 その芝居を作り上げることこそが、ネズラにとって何よりも重要なことなのだ。

 まだ知名度がないから認定されていないだけで、芸術系犯罪者と認められてもおかしくはない、異常な執着だ。


「ゴチャゴチャとうるさい男ですね。ともかく、恨みはないですが、マスターの命令により貴方を排除します」

「『命令!?じゃあその命令を下したやつが考えを改めれば、俺達は争わずに済むのか!?』」

「理屈の上ではそうですね。それはありえませんが」

「『いいや、やって見せる!だからその時まで、少しの間、眠ってて貰うぜ!』」


 もはや言葉を返す気にもならない。そもそも、今すぐネズラがレイの支配下に入ると言い出さない限りは殺すしかないのだ。

 その上何者かに成りすますために口を開く者と言葉を交わす意味など、どこにあるだろうか。

 虚像を作り上げるための協力をしてやるほど、レイは優しくない。


「死ね、キチガイ共」

 だから最も相手が、あの五人の幻影ではなく、ネズラが言われたくない、映像作品に使えない語彙で応じ、全てを台無しにする。

「……『さあ、始める』」

「土星出身だそうですね。土星人にはその服がウケるのですか?未開の地の感性はわかりませんね」


「…………」

 戦う前のセリフが、わざと被るように危険な発言をして潰された。更に限界まで考え抜いたコスチュームが、未開の衣装と切り捨てられる。

 ネズラの頭は今にも沸騰しそうなぐらい怒りで満ちていた。


 だが、決して声は出さない。喋る時は常に、ネムルンジャーとして。それが総監督として、カメラを構えた瞬間から決めていた覚悟だ。


「『なんかあんたが言うと、わかり会える気がしてきた!』『だな。俺も』」

「始めましょうか低能共」


 再び邪魔。何処にでも音が入るように大きな音で。

 更に銃弾を幻影の有りそうな場所に放つことで、とことん邪魔をする姿勢を見せた。


 勿論ネズラはそんな感情を作品に持ち込まない。

 完璧な演技をして見せるし、映像も音も妥協する予定はない。

 だが今、その脚本は何故か、レイが死亡するというプロットに書き換えられた。

 

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