第113話 双剣の少女
目も覚めるような閃光、そして激突音。
刃は互いに敵の命を刈り取るべく、動き続ける。
片方の刃の名は水口。トレハの持つ、敵の意表をつくことに特化した日本刀型のレイピアだ。
そしてもう一本、いや、もう一方は、双刀と呼ばれるような、半月型の鍔を持った二本の刀。根本よりも先端に近い場所の方が太くなっているため、遠心力の影響を受けやすい。
そのため回りながら舞うように繰り出される剣戟は重く、炸裂する度にトレハを後ろへ、後ろへと下がらせていった。
「強、いっ!」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、そういうセリフは本気を出してから言うものですよ?」
「出せるわけないだろ!」
「何故ですか」
「何故って、そりゃ!」
双刀の刀身は七十センチ程度。柄を含めても一メートルを越すことはない。
だがその使い手は、背が刀の全長よりも更に小さい、年端もいかない少女だった。
「子供は殺せねえよ!」
「でしょうね。ですが、それなら貴方が死ぬだけです!」
身長からするに、小学校に入ったかどうかぐらいに幼い。
茶灰色の髪は自在動き回るためか、短く纏められており、伸びた部分も頭の上に乗った左右二つのお団子の中に納められている。
服装は全体的に赤い、スリットが入ったぴっちりとした布地に、金色の刺繍で龍の姿が刻まれている。
所謂チャイナ服というやつだろう。
刀も含めて、滅多に見られないもののオンパレードだが、興味を持って眺めた瞬間、その服の鮮やかな赤が血で塗り替えられるだろう。
「戦うのを止めるって選択肢もあるだろ!」
「いいえ、ありません!私は、宙域を滅ぼさなきゃならないんですっ!」
「理由を教えてくれっ!」
その言葉でようやく、剣戟が僅かに緩んだ。
「……言ったら、死んでくれますか?」
少女は今にも泣き出しそうな顔で、トレハに懇願するかのように言った。
その目に恨みはない。復讐や憎しみで動く男の目は幾度となく目にしているのだから間違えるはずがない。
むしろ本心とは違う戦いを強いられている、そんな表情のように見えた。
「嫌だっ!」
答えると共に、トレハは初めて、迫りくる刀を弾き飛ばした。
殺したくない。そう考えている。間違いない。
そしてトレハも、目の前の少女と争いたくはない。
こんな幼い少女が、戦場で宙域と殺し合う理由など、あっていいはずがない。
助ける。
トレハの中に浮かんだのは、その単語だった。
どんな事情があるにしろ、年端も行かない子供を、向かってきたからといって切り捨てていいはずがない。
そんな感情は露知らず、少女はひらりと宙を舞い、衝撃を受け流しつつ攻撃を繰り出す。
「ぐうっ!」
「それでも、死んで下さい。あまり時間がないので」
流れるように回り、受け流しと回避を繰り返し、加減された反撃を潰していく。
外見からは想像もできない程に研ぎ澄まされた技が、絶え間なくトレハを襲い続ける。
「ちっ、くしょうがっ!」
技で負けるなら力でごり押す。そう言わんばかりに刀を振り下ろした。
爆発的なまでの火花と音。少女は力負けして吹き飛ばされる。
「っ、なかなか、やるようですね」
「宙域の隊員だぞ?流石に『星群』使ってようと、ガキ相手に押されっぱなしじゃねえよ」
「……?私はまだ使ってませんが」
「え?」
少女がお団子を覆っていた布を引き千切ると、耳が髪で覆われ、その代わりに布の中に押し込められていた髪が変形し、三角形の耳になった。
「……ネコ?」
もふっとした毛に包まれたそれは、トレハもたまに動画を見る、ネコのそれに酷似していた。
「ええ。どうも私の『星群』は、猫になることのようで」
「ああ、そう……想像より数倍癒し系だったから驚いた」
「見た目で侮ってもらっては困りますね。私は貴方より、強いですよ」
トレハはその言葉を否定したかった。
だが今戦ってみて、その実力は十分に理解している。この数ヶ月、全力で鍛え、『星群』を使いこなせるようになったトレハでやっと互角の強敵。それに『星群』が乗るとなれば確かに強い。
「せっかくなので名乗っておきましょう。私はオガタ・アグリ。そしてこの剣は、双刀……鬼頭。今から貴方を殺します」
「丁寧にどうも。俺はトレハ。宙域警備隊の隊員だ」
まだ本気ではなかったことに意表はつかれたが、それでもトレハは恐れることなく、オガタに鈍く光る剣を向けた。
「そして俺は、まだ死んでやるつもりはない」
「……そうですか。口より、結果で語って下さい」
聞き終えるや否や、首元に刃。
「っ!?」
何とか突き立てられる前に止めるも、冷や汗は全く止まる気配も見せず流れ続ける。
耳が生えた途端、速度が一段か二段上がったのだ。
イチトと二コラとの訓練がなければ、即死だっただろう。
「ふむ、少し身体能力が上がる『星群』でしょうか。悪くはないですね」
「そいつは、どうもっ!」
距離を離す為に力を籠める。だがオガタはそれをあっさりと受け流し、前進する。
迫りくる刃を血を動かして無理矢理回避するも、追い詰められているという感覚が常に付きまとう。
「く、っそ!」
これまで『星群』は使っていなかった。
その言葉がハッタリではないと、嫌というほど思い知らされる。
今の、『星群』を使ったオガタは、本気で殺しにいってようやく対等に戦えるほどの強者だ。
手加減や油断など、入り込む間すら存在しない。
死を幻視するような攻防は、未だ始まったばかりだった。
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