第112話 不死鳥
光陰矢の如しとはよくいったもので、作戦を作り終わる頃には、もう出撃当日になっていた。
「あれ、イチト、袖どうしたんだ?」
体を温めるため、ストレッチをしていたトレハは、イチトの制服のジャケットが、長袖から半袖になっていることに気が付いた。
「ああ、これか。特注で作って貰った。『星群』使うのに便利だろ」
「あー、触れるほど強くなる『星群』だもんな。そんじゃあ二コラも」
丁度聞こえた足音の法を振りむく。だがそこにいたニコラは、いつも通り長袖ジャケットを身に纏っていた。
「……あれ?」
「まだ渡してなかったんだよ。ニコラ、ギリギリ間に合ったぞ、着替えろ」
「へいへーい。衣替えってやつだね」
ニコラは体を隠しもせず、ジャケットを着替える。
すると当然、その肢体が露わになった。
「おいおい!?ちょっとは周囲の視線気にしろよ!」
「別にいいじゃん。どうせ今日のブラは前に任務で見られたやつだし、何も減らないよ」
「というか、普通その上からシャツ着るもんじゃないのか?」
「うん。でも洗濯サボってたら、今日の分無くなっちゃった」
「計画性皆無か」
そんなことを言っている間に、時刻は午前十時。出撃の時間だ。
「二コラ」
「オッケ~!」
声を掛け合い。半袖にしたことで露わになった腕を重ね合わせる。
どくん。
血が巡る。そして触れ合った腕が、膨大なエネルギーを生み出し、血と共に体に流す。
それが行き渡る前に、二人は腕を絡め、更にその手を繋いだ。
どくん。どくん。どくん。
力が、溢れ出す。
血管の限界を越えたエネルギーが、濁流のように全身を埋め尽くしていく。
瞬きの間に体が壊れ、もうひとつ瞬きをすれば再生する。
人の限界を越えた、『星群』の輝きを身に宿せるように。
そして二人は、目を見開いた。
「あー、いいねー。肩こりが消える」
「風呂みたいな扱いするな」
「何でいっつも漫才やってんだよ」
「やってねえよ。それより、そろそろ行くぞ」
二人が無言で頷くのを見ると、イチトは真っ先に、輸送機から飛び降りた。
瞬間、視界は死山血河。
銃弾が絶え間なく降り注ぎ、一秒毎に新たな死体が出来上がる地獄が網膜に映る。
かつて、戦争などというものがあった時代でしか味わえなかったであろう、濃密な死の空気がそこら中に漂っている。
「うひー!気が滅入る!」
「黙ってろ!着地後、中央を突破!」
「「了解!」」
上空を輸送機から飛び降りるという、目立って仕方がない移動を行ったことで、当然周囲の銃口は殆ど、三人の方を向いていた。
だがそれは織り込み済み。狙ったのは、その隙をついた味方の銃撃。
意識を上空に向けた犯罪者達は、一瞬でその命を散らされ、真っ赤な血を吹き出して倒れていく。
更に上空のイチト達に飛んで来た銃弾も全て、届く前に撃ち落とされ、地面を薬莢で埋めるだけに終わった。
「レイ!よくやった!」
「お褒めに預かり光栄です!」
そう、イチト達が降り立ったのは、レイの本体がある戦場。
敢えて自分達がおとりになることで、硬直した戦況を一気に打破する。それが今回、イチト達のとった戦法だった。
「く、クソッ、撃て撃てーっ!」
犯罪者達も黙ってはおらず、大量の弾丸を放つ。
だが、その数は格段に減っている。レイ単体で相手をできる程度だ。
全ての銃弾を叩き落としつつ、一人、また一人と、敵の銃兵を減らしていく。
三人はその隙に着地し、一気に敵陣に切り込んだ。
「死にたくないなら降伏しろ!」
「誰が宙域なんかに従うかああああああ!!!」
問答無用で刀が振り下ろされる。
イチトはそれを即座に躱すと、振り下ろした男の首をへし折った。
そして死体を銃を構える女に向かって投げ付けると、刀を拾って投げ飛ばす。
『双騎当千』で強化された膂力によって投げ飛ばされた刀は、死体ごと女を刺し貫いた。
ニコラもその隙に手錠を投げ、敵の銃口を好き放題に動かして、同士討ちを加速させる。
そして怯んだ人間を的に、怯まない人間を武器にして、一瞬で部隊を壊滅させていく。
トレハは奇剣水口を振るって敵を切りつけ、更に『星群』で血を操り、銃弾を死体で防ぎつつ進んでいく。
この数か月鍛え上げた剣技は、戦場でもその効果を発揮し、寄る者全てに死をもたらしていった。
一瞬で、有利なはずの自陣で、部隊が壊滅する。
そんな恐怖を見せつけられて、戦い続けられる人間はそう多くない。
敵陣は一瞬にして壊滅。残る人間も降伏、もしくは逃走を図る。
「っ、に、逃げろっ!逃げて、オリオ様を呼べ!」
「呼ばせると思うか?」
イチトは叫ぶ男の首にナイフを当て、もはや逃れられないという事実を見せつける。
男が降伏する、と言いかけた瞬間、その全身から炎が立ち上った。
「っ!?」
当然、その男の首元に刃を押し当てていたイチトは、炎に巻き込まれる。
即座に男の首を切って血で消火しなければ、全身が燃えていただろう。
「イチトっ!大丈夫!?」
「ああ、何とかな」
「クカカカカッ!噂に違わず機転の効く男のようだ!」
その時、遥か上空から、甲高い笑い声が響いた。
見上げると、そこには日輪。
正確には、日輪のように輝く人間が存在した。
腕が翼の形をした炎に包まれた、明らかに『星群』の影響を受けた女が。
「……『不死鳥』、オリオ・ダヴァーナ!」
「クカカカッ!いかにも、私はオリオ・ダヴァーナ!炎に魅入られし女なり!」
『不死鳥』、オリオ・ダヴァーナ。身長は百七十を越え、顔も美しく、その口調と犯罪歴さえなければ女優やモデルとして活躍できたことだろう。
だが彼女は、ある火災の唯一の生存者となった時に受けた注目が忘れられず、自ら建物に火を放って、そこから脱出するという行動を繰り返してしまった。
そして何よりも恐ろしいのが、数十回にも及ぶ大規模な放火を経ても、未だに一度たりとも傷を負っていないということ。
あと数センチ落石がずれていれば死ぬという状況に幾度となく陥っているというのに、結局一度も怪我をするには至らないのだ。
そして現場の人間は要救助者を優先するため、怪我のないオリオは誰にも気付かれることなく現場を去り、そして家に返って悠々と火災脱出動画を編集する。そういう事態が、数え切れない程に発生しているのだ。
「気色悪い笑い方だねっ!」
ニコラは即座に、手錠を投げ付ける。
それは見事にオリオの手にはまって、動きを制限した。
「クカカ!手錠ごときで私の動きを封じられるかあっ!」
だがオリオはその腕の炎で手錠を溶かし、投擲が届かぬ上空へと飛び上がった。
すると直後、その心臓を銃弾が穿った。
血が雨のように降り注ぐ。そしてそれと共に、オリオの体も力を失って落下する。
「……まあ、狙撃、強いもんね」
「マスター、ご無事ですか?」
「ああ。お前が手配犯を撃ち殺したおかげでな」
そう言って、イチトが視線を外した瞬間。
落ちる死体が、燃え盛った。
「「!?」」
体は一瞬で灰となり、そして再び人間の形を取った。
くすんだ灰色の体が、まるで炎の色を差し込まれるが如く、赤く色づいていく。
「聞かせて貰おうか、誰が殺されたのかをなあ!」
終いにその死体は口を開いた。いや、もう既にそれは死体ではなくなっていた。
「不死鳥の、『星群』っ!」
「クカカカカッ!ご明察!私は不滅なる不死鳥、無敵にして無限の命を持つ女、オリオ・ダヴァーナ!断言しよう、貴様らの命運はここで尽きる!」
高らかに宣言し、炎をまき散らして地面に触れそうな程の低空を飛ぶ。
二人は即座に跳躍すると、オリオの背中を踏みつけた。
「あああああああああああっ!!!?」
肉が潰れ、背骨が折れる。だが次の瞬間、悲鳴と共に自ら心臓を穿つ。
するとその背から炎が立ち上った。
二人は素早く飛びのき、燃え移った炎を消そうと足を振るも、炎は消えるどころかより一層強く燃え滾った。
「熱っ!!」
「靴脱げ!」
「させると思うかぁ?」
普通ならば消火を最優先にするべきだ。だが今は戦闘中。
ほんの少し惑った隙に、オリオは燃えながら接近する。
「お前の意見は聞いてねえっ!」
イチトは咄嗟に砂を蹴り飛ばし、迫りくる炎に浴びせた。
目に砂が入ったオリオは悲鳴を上げて、見境なく炎を散らして暴れ回った。
「あああああああっ!」
「燃えるのやめてよ鬱陶しい!」
ニコラはそんなオリオの腹を蹴りぬき、遥か遠くまで飛ばした後、その靴を脱ぎ捨てた。
足は火傷で腫れているものの、動けない程ではない。
「いたぁー!トレハ、出番よー!私の足を冷やしなさい!」
「無駄だ。あいつは他の奴と戦ってる!今は俺たちでコイツを倒すぞ!」
「はあ~?心臓撃ちぬいて、背骨へし折ってもカウンターで炎ブチかまして復活するイカレ女を~?やだね!火傷しちゃうよ!」
「いいや、いける」
イチトは飛び上がろうとするオリオの翼に投げ付けた。
すると炎が揺らぎ、上昇速度が格段に落ちる。
「ぐっ、貴様っ」
「脾臓はあれども虫は虫!」
倣う星座ははえ座。
空を舞う蝿を一切の慈悲なく潰す、ただそれだけの為の技。
「「死に絶えろ小さき虫(ミガ・エノフィリコス!)」」
詠唱しつつ飛び上がり、敵の上下から同時に踵落としを繰り出すことで、力を逃す先すらも奪う。
まともに食らったオリオの体は一瞬で砕け、あらゆる骨が粉となった。
「離れろっ!」
そしてイチトは即座に死体を蹴り飛ばすと、再生前に死体から距離をとった。
一拍遅れて死体は燃え上がり、再び全身を灰に変えてから再生した。
「なーるほど。怪我から再生までの間に、ちょっと時間があるからその間に離れるってわけね」
「ああ。それで時間を稼いで、殺しきる方法を考える」
トレハやレイの現状など、気にかかることは多いが、不死身の上に炎を好き放題ばらまく『星群』持ちを放置してまで知るべきことではないだろう。
戦場において、広範囲を攻撃できる『星群』持ちを抑えることは、他の何よりも優先される。
「クカ、クカカ、なかなかやるではないか三下!この短時間でこんなに殺されたのは初めてだ!」
そんな考えを知ってか知らずか、オリオは再び炎と灰の中から姿を現し、周囲に火の粉を振りまいた。
それは死体や火薬などを燃やし尽くし、三人を取り囲む炎の檻を作り上げた。
「はっ、再生『星群』で脱出ごっこやってた奴に言われてもな」
「勘違いしているようだな。我が力は度重なる脱出の末に目覚めしもの!常に私は他の人間と同じく、身命を賭して戦っていた!」
「そうか、そりゃ悪かった。そん時死んでりゃ良かったのにな」
「一瞬で矛盾してない?」
「勘違いしたのは事実だろ。でもそれとは関係なく、快楽の為に一般人を巻き込んだたコイツが嫌いだ」
嫌悪を表明するついでに、石を頭に向かって投げ付ける。
オリオは飛び上がって躱そうとするも、首を貫かれて死亡した。
だがその瞬間、崩れ行く自らの体を最後の力をもって振り動かした。
すると体は燃えて灰になると同時に、作り上げた気流に乗って広がる。
「っ!」
二人は息を飲み、そして半ば反射的に飛びのいた。
そうでなければ、その命は失われていただろう。
眼前にそびえるは空高く立ち上った、炎と灰の渦。
人の身など消し炭に出来る火力と、その身を捕らえ続ける回転の力を併せ持った、災害の域に至る攻撃。
それを人は、火災旋風と呼んだ。
「うわうわうわうわ!?」
「クソッ、何だよこの火力はっ!?」
燃える、燃え盛る。
血よりも紅い炎の柱が、味方も敵もなく燃やし尽くす。
燃え盛ったのは体が灰になり、それが集まって再び体を作り上げる数秒の間。
だがその一瞬だけでも、イチトとニコラ以外の全てを飲み込み、燃やして吹き飛ばすだけの被害をもたらした。
「クハハハハハ、もう逃げ惑うか!我が『焔灰の円環』の本領は、ここからだぞ?」
瞬間、上空より銃が落下してきた。
それも黒く塗られた砲身が赤熱するほどのエネルギーを貯め込んだ、触れるだけで人を殺しうる銃が。
二人が上空を見上げると、銃同様に、想像もつかない熱を蓄えたゴミが、数え切れぬ程に落下していた。
「っ、避けろっ!」
「分かってるよっ!」
必死で降りしきる熱の塊を避けながら、二人の脳は同時に、同じ結論を導き出した。
この女は、ここで始末しなければならない。ただし、同じ技を使わせないよう殺さずに、と。
殺さず始末する矛盾。それに気が付いて漸く、二人は容易に殺せる不死鳥の、真の恐ろしさを知ることとなった。
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