第111話 謎の敵、現る!
「というわけだ。資金援助を引き出せないか?」
「……ちょっと厳しそうね」
イチトは銃弾の費用を捻出するべく、即座にヴィーシに相談した。
だがその反応は芳しくない。ヴィーシは丁寧に淹れられた紅茶を口に含み、表情を歪めてタブレットを叩いた。
「やっぱり、宙域には金がないのか」
「違うわよ。コレ見なさい」
指の先の画面には、宙域警備隊の所得のデータが表示されている。
見ると、イチトは自分の給料が宙域のトップ近くにまで迫っていることに気が付いた。
「このデータは、外部に公開されるの。そして発表される毎に、宙域嫌いの惑星警察から無駄使いだの何だのって叩かれるの。だから貴方がこれ以上稼ぐと」
「叩く為に使われる、ってわけか」
もう少しぐらいなら給与を増やしても良さそうだが、レイが十分に戦い続けられるような金を準備するのは、どう考えても不可能だろう。
イチトは宙域に頼らずに金を容易する方法を考えようと、脳を全力で働かせる。
「ええ。確かに援助した方が効率的に任務を遂行できるとは思うけれど、流石にこれ以上は……いや、そうよ、金じゃないなら問題ないのよね」
ヴィーシはにやりと笑うと、何やら書類を作り上げ、一瞬で送信した。
するとイチトが事情を問いただすよりも早く、タブレットに一通のメッセージが届く。
書いてあったのは、『許可する』という短い事この上ない文章。
ヴィーシは即座に様々な部署へと連絡をし、目の前のチーズケーキを一口食べた。
「……それで、どうなったんだ?」
ヴィーシがせわしなく動き回っているため黙っていたイチトだったが、一段落したようなので声をかけた。
「現物支給よ。今回の作戦に限って、貴方に、というかレイに弾薬の無料での使用を取り付けたわ」
「なるほど、金じゃないから問題ないってわけか」
「ええ。一時間後までには輸送の手間を考えて、使っていい弾薬の量を教えるように言っておくわ。今回弾薬購入に使った費用の返還についても、交渉しておいてあげる」
「至れり尽くせりだな。ありがとよ」
レイが約二か月の間、存分に戦い続けられるだけの弾薬を買うには、家が一軒建ちそうな程の金がかかった。金に興味がないイチトにとっても、それだけの金が戻ってくるのは喜ばしいことだった。
「そうだ、今お前が使ってるのより数倍良いPC買ったから、任務時にレイのバックアップする時以外は使っていいぞ。交渉の礼だ」
「あら、ありがとう。できれば任務中でも貸してほしいのだけれど」
「支援用にはもう性能は十分だろ。自腹で買え」
「ケチ!私の給料じゃ買えないのよ!」
「……まあそりゃ、そうだろうな」
いくらヴィーシが優秀だからといって、あまり後方の給料を上げると前線からは文句が出る。
更にそう高くない給料の殆どを、ヴィーシは紅茶や菓子等の嗜好品に使っていた。
もう少し節制を身に着けなければ、PCを買い替えることなどできないだろう。
「ほら、前に命救ってあげたでしょ?そのお礼ってことで、どう?」
「……それなら考えないこともないが、今は金がないから無理だ。それより、次の攻撃の詳細とかってわかってるか」
「今纏めるつもりだったけど、他の仕事が入ったからそっちで見ておいてくれる?どうせ訓練終わったなら暇でしょ?」
「了解。じゃあな」
お前なら一瞬だろ、と言いかけたものの、その仕事が自分の金を返還するための申請だと気付いてしまったため言い出しづらい。
それに大した仕事でもないため、イチトは資料を受け取ると部屋を後にした。
「資料によると、俺達の今回の任務は最前線のその向こうで敵を引っ掻き回すことだ」
そう、簡単な仕事だ。
なぜなら海王星に来てから、イチト達が託される任務は全て、今と一言一句変わらないから。
「またかあ」
「またかよ」
イチトの部屋に集まり、指示を聞いた二人──ニコラとトレハは、あからさまに嫌そうな顔をした。
重要な仕事だとはわかっているが、流石に同じことをやらされ過ぎて辟易としているのだろう。
何しろこの任務は、他の班に比べて数倍負担が大きい、つまり数倍死にやすいという最悪の仕事なのだ。
だがこの場に集まった三人ですら、繰り返す度に死にかけている以上、他の誰かに任せるのも無理だ。
宙域を維持していくためにも、この仕事はこの場の三人でどうにかする必要がある。
「でもさー、ネイピア艦長もおかしいよ。私達がこーんなに頑張って、ついでに裏ではAIでバキュンしてやっと戦線が進むような激戦じゃん?どう考えても無謀だったよねえ」
「まあ、あの人のことだし理由はあるんだろうけど、流石に今回は被害が尋常じゃねえよ。レイの支援があるってのに、も結構味方死んでるぞ」
二人も現状には不安があるらしく、机の上に広げられたポテトチップスをつまみながら愚痴を垂れている。
イチトも同様の疑問をもってはいるため、咎める気にはならない。
「それより、今回指定されたのは、海王星儀でいうとこのあたりだ。なんでも二桁以上の『星群』持ち犯罪者が確認されている魔境らしい」
「戦況は?」
「当然相当追い込まれてる。今出動になってもおかしくはないぐらいだ」
「まあ、そうだろうね」
一人死ぬと、その分負担が増えて更に死ぬ確率が上がる。
多くの隊員が死んだ今の宙域は、崩壊寸前と言っても良いぐらいだ。
正直ネイピアも、本心では今すぐにイチト達を前線に送り付けたいだろう。
だが今は、つい先日の作戦でガルマを出動させてしまったせいで、宙域本部を守るための人員が足りないため、動かすわけにはいかないのだ。
「二交代制ってのも辛えよな。一応気張って十二時間過ごして、訓練してってなるともう一日終わりだ」
「ほんとだよ。その上気疲れする割には敵と戦うとかの仕事やってる実感がない。こうやってる間も、隊員が殺されてるかもしれないのにさ」
ニコラは今になって、ガルマが戦場に出たがる理由を知った。
本拠地の防衛の重要性を何度も考え、十分に理解した上で、それでも尚、戦いもせずに結果を待ち受ける仕事が嫌だったのだろう。
誰かが死んだと聞く度に、自分が戦場にいたらどうだったかと考えずにはいられないのだ。
兎にも角にも、今の宙域には人が足りていない。
それも生半可な者ではなく、一人で戦況を覆しうる人間が。
イチト達も相当力をつけたはずだが、それでもまだ本部防衛を任される時は他の班と合同だ。
「ヴィーシが戦えればな」
「だなぁ。ったく、何してんだよニコラ、マジで」
「急に飛び火だね?いやまあ、確かにヴィーシ一人いれば全然ちがいますけども」
そんな人手不足の中、元同期トップのヴィーシが、事務員の立場に甘んじていることは宙域全体にとって大きな損失。
その原因の一端を担ったニコラに、二人は冷やかな視線を向けていた。
「まあ、言っても仕方がない。ヴィーシをどうにかしたいならニコラより俺が動く方が効率的だ」
「まあ、ニコラは話すら拒絶されてるもんな。さて、そろそろ閑話休題で作戦詰めていくか」
「了解。つっても、どうせいつも通り殺すことだけを決めて終わりそうだけど」
「それがそうでもない。今回は一部だが、『星群』の予想がされている敵が何人かいる」
おお、と歓声が上がった。
そもそも、『星群』持ち相手と戦うならば、相性のいい相手をぶつけることが大前提。これまで、一切『星群』の情報がない犯罪者共相手に戦っていたことがおかしいのだ。
「資料映像もいくつか残ってる。これを見て、誰なら倒せるか判断して、戦場でスムーズに対戦相手決まるようにしよう」
「良いね、やーっと会議らしいことができる」
ニコラはニヤリと微笑むと、イチトからタブレットを奪い取って情報を再生した。
すると画面中央に堂々と、『安眠戦隊ネムルンジャー』というタイトルロゴが表示された。
「……は?」
三人があっけにとられ、間抜けに口を開ける内にロゴは消え、五人の人間が代わりに映った。
右から青、緑、赤、黄、桃の五色の服、というか全身タイツのようなものを纏い、ついでに顔にはフルフェイスのヘルメットを被っている。
「映像間違えたか……?」
トレハが恐る恐る聞いたが、ニコラは首を横に振った。
「悪ふざけが過ぎる。誰が資料になる映像に加工なんか」
イチトが苛立って抗議のために部屋から出ようとするも、ニコラはその肩を掴んでもう一度首を振る。
「編集してないって書いてある……」
「「……は?」」
「私が一番わかんないよ!でも言い逃れできないよに、タイトルもしっかり書いてあるし!」
二人は信用し切れず、資料を何度も読んだが、たしかにニコラの言う通りこれは加工のない映像ということになっている。
だが、余りにも意味不明だ。
「おいトレハ。確か、子供の頃こんな動画見たことないか?」
「正直、記憶にある。テンプレートのヒーロー物って感じだな。詳しくないからこれが実在するのかは知らないけど……」
「軽く調べたところないっぽいよ」
「……じゃあこんな映像を作り上げるためだけに、なんの目的かは知らないが一からロゴを考えて、戦場の映像に合成して、五人もこんな格好の人間を集めたのか……?」
混乱しつつも映像を眺めていると、トレハは途端に難しい顔をした。
「どうした?」
「いや、なんか、合成っぽくないか?あの辺り、光の当たり方が」
「あ、ホントだ。でも合成はしてない、生の映像って言ってたけど……」
イチトはいまいち判別できず、じっと画面を眺め続けた。するとカメラを急に振り回したかのように、映像が横にズレる。
だが直ぐに戻って続きを流し始めた。
「……加工されてるのは現実か」
「どういうこった?」
「あー、加工した映像ならわざわざ乱れたような描写を入れる必要もないもんね。だからこれは現実にタイトルロゴがあることになる」
「意味はわかるけど、意味わかんねえよ」
確かに意味不明だが、それでもこの怪現象の解釈としてはこれが正しいのだろう。
何者かが空中に『星群』で、妙なロゴや全身タイツ人間を映し出しているのだ。
「ってちょっと待ってくれ。じゃあ何で映像がブレたんだ?」
「んえ?」
「敵の攻撃を受けたなら、そこで記録が終わるだろ?それに今カメラの向きを変えた後、戻す前に映像が戻った」
「……ならこれは、空中に存在するんじゃなくて、カメラに自ら映るように追尾する映像ってことか」
「滅茶苦茶自己主張強い謎特撮OPを見せてくる奴が居るってことになっちゃうけど」
「……そう、なっちまうよな?」
嫌な予感がする。
こんな意味がわからない行為のために『星群』を無駄使いするような人間は、恐らく芸術系の犯罪者。
価値観が根底から異なり、自らの命よりも優先する異常者が、この戦場には存在している可能性が高い。
「幻覚を出す、のか?」
「うーん、でもそういうのってカメラには映らないってのが定番じゃない?」
「確かにそうだな。まあそれで判別するってのはアレだけど、存在しないものを見せるなら網膜に投影するか脳に影響を与えてるかじゃないのか?」
「映像化した後でも見れてるから違うんじゃにゃいかにゃあ。んで、カメラが動いた原因。襲われたんじゃないなら、別の何かを映そうとしたか、もしくは……」
「映っていたものと現実を見比べたか、だな」
カメラに映ったものと、自分の目で見えるものが違っていたら、動かして見る。情報を記録するに当たっては当たり前の行動だろう。
「じゃあ干渉してるのは網膜じゃなくてレンズってことか?」
「使いづらそうな『星群』だね」
「そうでもないんじゃないか」
画面には、蛇のように曲がりくねった光が、降り注ぐ様子が映っていた。
「……!」
「訂正。滅茶苦茶使いやすくて厄介だね」
「ああ。ここまで見てから考えるべきだった。これは恐らく光の屈折を利用した『星群』」
「人の目にはやってないのは、この映像を広めるためねえ?精度には問題がなさそうだし」
だとすれば敵対すれば厄介極まりない。戦う際は常に、目を防御し続けなければならない。
「サングラスでも買う?」
「いや、横から見てこの明るさなら、スタングレネードと同じぐらいだ。意味ねえよ」
「そか……困ったもんだ」
ボケを潰されたニコラは少し寂しそうに背中を丸めたが、面倒なので放置した。
「でも威力自体は大したことないな。直接食らった奴でも、一瞬ならダメージはなさそうだ」
映像の中では、ついに見境なくレーザーをばら撒くようになった何者かから、宙域の隊員が逃げ惑う。だがそのレーザーが当たっても、一瞬ならば宙域の制服はそれをしっかりと防いでいた。
正確には少しとろけてはいるが、許容範囲だろう。
「そういや、光を操るなら実際その場に謎戦隊作り出した方が早いんじゃない?」
「出来なかったんじゃないか。トレハ、物質を操作する『星群』持ちに聞きたいんだが、この映像からすると操れる上限は何で決められている?」
トレハは軽く頷くと、何度か映像を見直した後で、結論を出した。
「多分、光量。イチト、水道借りるぞ」
そう言うとトレハは映像を操作して、光の形が判別しやすいようなフレームを選んで止め、それ似た形の水の塊を作りだした。
そしてもう一つ、同様に映像を止めてそれを真似する。
だが同じ量の水を使っているというのに、二回目では随分と水が余ってしまった。
「体積ベースの俺がやると、こうなる。んで映像見た感じだと、二個目のフレームは明らかに光の部分が明るい。どっちも攻撃してて、手加減してるようには見えねえし」
「ふうん。光の粒子の密度の違いって感覚?」
「予想だけどな」
「そうか。なら、現実にあの存在を作り出すほどの『星群』はなさそうだな。何せ人間五人と背景が要る」
操っている光は、密度を高めた時は精々が人の頭ぐらいの大きさだ。これっぽっちで等身大の人形劇を作り上げるのは無理がある。
だがカメラレンズという一センチ程度の範囲でなら、技術さえあれば望むままに映像を作り出すことができる。
「にゃるほどにゃるほど。納得した。んじゃ次は対策だワン」
「本体がどこにいるのかわかればどうにでもなるのにな」
「ああ、そういやアレ全部CGみたいなもんか!なんか勝手に一人ぐらい本物がいるかと思っちゃってた」
「映像乱れたところの姿の崩れ方は……全員同じだ。一人だけ人間ってのは考えにくい」
「じゃあ探すとこからかあ。メンドメンドだね」
「いや、簡単だ」
イチトはいくつかフレームを抜き出し、それの光の動きに違和感があったものを集め、空中に投影した映像空間にそれが発生した座標を並べていった。
点と点は結びつき、同じ作業を繰り返したことで一つの図形が作り上げられた。
「へえ、そういうことか。なるほど、言われてみればそうだ。」
ニコラは満足そうに何度も頷くと、手を鳴らして映像空間を消去する。
「『星群』あれば、余裕だね。じゃあコイツの対策はお仕舞い。次は?」
「ああ、コレとかどうだ……」
三人は長期に渡る戦闘で集まった敵の映像や情報を集め、束ねてその『星群』の写像を作り、殺し方を考える。
より早く犯罪者を滅するために。
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