海王星奪還編

第110話 再借金少女

 ドッグウッドでの戦いから、三か月が経過した。

「……なあ」

「ん?」

「お前、なんでいるの……?」


 ニコラは相変わらず宙域に在籍していた。

「何、嫌なわけ?この超絶美少女ニコラちゃんと組むのが?」

「いや、別に嫌ではないけども、そろそろ借金も消えて、学校に行けるぐらいの貯金はできたんじゃないかと思ったんだが」

「……イチト、生活レベルはね、一回上げるともう下げられないんだよ」


 ニコラは遠い目で呟くと、水分補給をする。

 そのボトルには、有名なジュースのブランド名が書かれていた。確か、価格は普通のジュースの二倍ぐらいだったはずだ。


「じゃあ、金が貯まってないと」

「まあ、そうなりますね」

 イチトはどうしたものかと頭を抱える。

 この頃ニコラの羽振りが良くなったのはなんとなく気付いていたが、貯金すらできていないとは思っていなかったのだ。


 別に特段不利益を被っているわけでもないし、被っていたとしても金の使い方に口を出せる立場ではない。

 だがこのまま放置するのがニコラの為にならないのは、誰の目にも明らかだった。


「ニコラ。別に金を使うなとは言わんが、使いすぎだ。ってか、ジュースだけならどれだけ飲んでも月数万程度だろ?なんで貯金ができない」

「いや、その、それはですね」


 ニコラはしどろもどろになって、腰を庇うように後ろに下がる。

 だがその動きは逆に、腰に下げた新品のタブレットケースの不自然さを際立たせた。


「……お前それ、先週発売のケースだろ。確か、ハイエンドタブレット液用の」

「……なーんのことやらー」

「……壊すか」


「あっ、やめて!お願い!高かったんだから!」

「お前、貯める気ないな?」

「いや、ある!あるんだけど、なんか金が入ってくると色々気になるものが増えるといいますか」


 冷や汗を滝のように流しつつ、ニコラはぐるぐると目を回した。

 借金が消えかかった時、ニコラは今までで一番多くの金を持ち、その全てを使い切った。

 その時手にしたワンランク上の生活必需品と、手が届くようになった嗜好品は、彼女に金を使うことの快楽を植え付けてしまったのだ。


 そして次の月、少し増えた金を使い切り、またその次も使い切る。

 そうしていく内に、彼女はもはや、後戻り出来ない程に資本主義に染まってしまったのだ。


「あのな、金ってのはあるだけ全部使うもんじゃねえんだよ」

「返す言葉もございません」

「そんで、具体的に今幾ら持ってるんだ?」


「……万」

「ハッキリ言え。何万だ?」

「マイナス七十万」

「は?」


 豪遊に次ぐ豪遊。とどまる所を知らない散財。

 いくら宙域の給料が多いといっても、人間の物欲を完全に満たすには全く全然足りていない。

 結果、ニコラは再び借金を背負ったのだ。


「いや、ほんとに、ごめんなさい」

「俺に謝ってどうする。大体、宙域だっていつ潰されるかわかったもんじゃないんだぞ?借金だけ背負って放り出されたらどうするんだ」

「え、潰れるのここ」

「そこから説明しないとだめか?」


 宙域警備隊は、他の警察では解決の見込みがない事件の捜査を代行するという形で行動する。

 だがそれ無期限ではなく、ある一定の期間解決されなければ、再び権限は惑星警察に戻ってしまう。


 それは実績と市民の支持のみで存続している宙域にとって、最も致命的な失敗となる。

 事件を解決できず、どころか捜査を遅らせたという批判が噴出するのは、火を見るより明らか。

 他の惑星警察もそれに乗っかって、宙域を潰そうと攻勢をかけてくることだろう。


「だから実質、一つでも捜査期間内に解決できなかったら、宙域は潰される」

「へえ。ちなみに一番近い期限はいつ?」

「俺の両親が死んだ事件が九ヶ月後に期限を迎える」

「うーん、遠いような近いような。」

「まあ、俺が期限前に解決するからその次が問題だろうがな」

「ま、君はそう言うだろうね」


 イチトはとある連続殺人で、両親を殺されている。

 宙域で戦っているのも、その犯人を殺して復讐を果たすためだ。

 期限ぐらいは当然把握している。


「そんでその次の事件は何?」

「俺には関係ないから知らねえよ。まあ多分その一か月後ぐらいじゃないか?」

「そっちもそんなにしらねーのかよっ」


 ニコラはズッコケて地面に寝転がると、同じく横たわっていたその部屋で三人目の人間を見て、苦しそうに喘ぐ姿を堪能して笑った。


「そろそろ復活した?」

「見りゃ、わかんだろっ」

「君の言葉で聞かせてほしいな」

「いや、無理、マジで、あとキモい」


 トレハは息も絶え絶えになりながら、なんとか返事をした。


 こうなった原因は、数分前まで行われていた戦闘訓練にある。

 致命傷にならない程度に加減はしているにしても、それは相手が回避か防御に全力を尽くすことを前提とした加減だ。

 一瞬たりとも油断は許されないし、どれだけ疲労があっても力を緩めるわけにはいかない。


 それを『星群』によって人並み外れたスタミナを手に入れた二人相手に行うのは、もはや自殺行為。

 それを毎日のように繰り返しているのは、狂っているとしか言いようがない。


「そんだけ辛いなら途中で止めるってのに」

「それじゃ、訓練に、ならねえだろ」

「まあ、そりゃそうだが」


 イチトははあ、と息を吐いて、その体を見た。

 身体強化系の『星群』を相手にしたのが悪かっただけで、その体は十分に鍛え上げられている。

 訓練を始めた頃よりは随分と強くなったし、より長時間戦えるようにもなった。

 敵を殲滅するまで戦い続ける宙域により適した、戦士の体へと成長しているのだ。


「ってか、お前ら、なんか、強くなってね?」

「ああ、二人で戦う方法が、段々わかってきたからな」


 ここ最近、イチトとニコラは、トレハとの訓練の他に、一般隊員との訓練も行っていた。

 その際、二人は敢えて袖を捲らず、手袋をして、一切互いの肌に触れないようにしてだ。

 そうすることで『星群』による力押しを封じ、『星群』なしで敵を倒す為の体術を鍛え上げることに成功したのだ。


 単に二人いるという数的な有利もあるが、今では何度も任務を生き抜いた『星群』持ちの相手とも十分に渡り合える程だ。


「そりゃ、強いわけだ」

「へへん、どうだってばよ」

「ウワークヤシイナ、っと!」


 トレハは汗だくの手を地面に叩きつけて立ち上がると、ふらつきながらもタオルで体を拭った。

「んで、次の攻撃はいつだっけ?」

「三日後だよ。そろそろおやつの準備した方がいいかもね」

「食う暇ねえだろ。それよりも、疲れを残さないように今後の訓練日程話し合うぞ」

「「へーい」」


 現在、宙域は始まって以来の大規模な攻撃任務を実行中だ。

 その規模たるや、宙域の武力を以てしても一日では成せず、二か月に渡って敵との戦闘を継続するほどだ。


 何故なら今回、宙域が攻撃しているのは、衛星等とは規模が違う、重力平衡形状を持ち、その軌道近くから他の天体を排除した天体、惑星なのだから。


「『海王星奪還作戦』、ねえ。まあ上の命令には従うしかないけど、よく宙域の人数でこんな任務やろうと思ったよね……」

「ああ。人数差だけでも厄介な上に、面積すらも敵だからな」


 攻めるにも守るにも、広大な面積を舞台にするというのは非常に厄介だ。

 面積に比例して攻め落とすべき要所は増える。奪った土地を守り続けるための兵力も、戦闘が継続している惑星では宙域が出すしかない。


 そして時間がかかるほど、医療、兵站等々、様々なリソースは食いつぶされる一方。

 慢性的な人材難に陥り、それが悪化の一途を辿っている宙域警備隊の一番の弱点、人員が一番必要な作戦なのだ。


「うーむ、でもアレだね、海王星っていったら、生まれる前から犯罪者側だし、もうほっといていいような」

 ニコラがそう思うのも無理はない。

 海王星は数十年前、開拓中に犯罪者の攻撃に合い、奪われてしまった惑星だ。宙域の人間でその顛末を目撃したのは医者のエイルぐらいのものだろう。


 当時、政府は海王星よりも他の近隣衛星の開拓に力を入れていたため、警備は非常に薄く、僅かな犯罪者でも警備の人間を皆殺しにすることができた。


 勿論、政府としても奪い返すための計画を立てていたが、それは即座に頓挫することとなった。

 海王星を支配した犯罪者が、敢えて惑星全域を所有しなかったのだ。


 その噂は全宇宙を駆け巡り、土地を持たない犯罪者が太陽系中から集まった。

 結果、海王星は大量の犯罪者が蔓延る危険地帯となり、政府はその奪還を諦め、冥王星の開拓を優先するという決断を下させるまでに至ったのだ。


「骨でバベルの塔が出来上がりそうなぐらい殺してるはずなのに、まだ面積の半分も取り返してないんでしょ?収集つくの、これ」

「さあな。だが余程の馬鹿じゃなきゃ、宙域と戦うよりは警備が手薄な他の惑星に逃げた方が良いって考えて撤退するだろ。」

「でも、それならもう逃げてないか?」


 三人は宙域が殺して減らさない限りこれ以上敵は減らない、という面倒な現実を目前にして、黙り込んだ。

 人類が他の星に進出して以来、人口は増え続け、その結果、犯罪者の数も爆発的に増大し続けていた。


 いくら宙域が『星群』という切り札を持っているとはいっても、その圧倒的な数の差に対抗するのは、困難を極める。

 三人もこの二か月で七度もの出撃を繰り返し、幾度となく致命傷を負いながら、犯罪者の死体を積み上げてきた。


「『双騎当千』って名前に恥じず、本当に二人で殺害数千いっちゃいそうだよね」

「数えてないから知らないが、もう超えてるだろ。誇るようなことじゃねえが」

「まあ、相手が悪人だろうと殺した数は数えたくないよな」


「そだね。あ、それと聞きたかったんだけどさ、最近あのロボ娘見なくない?」

「ああ、レイのことか。あいつは休憩が必要ないから、複数の基地の防衛をしながら、敵にドローン爆撃してる。俺の貯金全部爆薬に変える勢いだ」


 前の任務でイチトのものとなったアンドロイドのレイは、その能力を遺憾なく発揮し、この二か月の間、一瞬たりとも休むことなく戦場で戦い続けている。

 イチトが要求通りに弾薬と武器、それから高性能のPCを買い与えたところ、電波が繋がる範囲の戦場全てに参加し、更には主人を優に越える数の犯罪者を打ち倒したのだ。


「やば……え、キモ……」

「容赦なさすぎだろ。犯罪者、震えて眠ってるだろ」

「アンドロイドは寝ないから、そもそも犯罪者側に寝る暇なんてない。延々と爆撃の音を聞きながら、死ぬまで戦い続けるしかない」

「もうどっちが悪人かわかりゃしないよ」

「どっちもだろ」


 イチトはそう言うと、口座の残高を確認した。任務開始前と比べると、その残高は十分の一ほどにまで減っていた。

 額は今も尚減り続け、絶え間なく新たな兵器が前線に運ばれていく。

 そしてきっとその度に、犯罪者が殺されているのだろう。

 何ならレイに頼めば数の報告もさせられる。

 だがイチトには、そんなことをする理由は一切ない。


「何人死のうが、所詮は降伏しなかった奴らだ。俺の復讐の糧になってもらう」

「そりゃそうだけど、流石にちょっと気分悪いよな」

「綺麗ごとはやめなよ。レイにやらせなかったら、今度は宙域の人間が、私たちが死ぬかもしれないんだよ?君たちだって、自分が死んでまで救ってやる気なんか更々ないでしょ」

「珍しく、尤もな意見だ」


 イチトはそういうと、軽く部屋を掃除してから部屋唯一の扉へと向かって行った。

「どこ行くんだ?」

「ヴィーシのところだ。レイの功績は俺のとしてカウントされてるらしいから、特別ボーナスをせしめてもっと弾薬を買う。犯罪者を殺す為にな」


 イチトは、このところ弾薬消費のペースが遅いことに気が付いていた。

 原因は明白、口座残高の不足だ。

 レイは敏いが故に、このペースで撃ち続ければ金が足りないと、セーブしながら戦っているのだ。


 だがそれでは、ニコラの言う通り味方に余計な被害が出かねない。

 故にイチトは、より効率的に犯罪者を殲滅するため、資金不足を解決しようと考えたのだ。


「いいのか?見逃すだけならともかく、支える為に動いたら言い訳は効かない。お前が殺させたってことになるぞ?」

「ああ。どうせ、罪ならもう背負ってるしな」


 命令はしていないから、で逃げられる段階は、とうに過ぎている。

 イチトは復讐を成し遂げるために、犯罪者の命を踏みにじる覚悟を新たにして訓練室を後にした。

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