第109話 帰還
「ふぃー、疲れた……」
翌朝、スーツを着たトレハは、疲れ切った様子で警察署から出てきた。
「お帰り。どないでした?」
「どうって、全部予定通りだったよ」
「だろうな。形だけの儀式みたいなもんだしな」
その原因は産まれて初めて行った、表彰式と記者会見のせいだった。
そもそも今回の誘拐未遂は、木星警察が対応するべき事件だった。しかしながら、その場に偶然宙域の三人が居合わせ、ついでにトレハが外部の人間フリをしたせいで事態は非常にややこしくなった。
木星警察、もしくは宙域の手柄だと主張しても、一般人扱いのトレハについての目撃談から信用はされない。
かといってトレハが宙域だと伝えると、宙域を嫌う奴らの接触や攻撃を受ける可能性がある。
更に木星警察、もしくは宙域を除いて活躍したということにされれば、当然反発を生む。
だからこの事件は宙域と木星警察、そして一般人の協力で解決されたということにするのが一番都合が良かったのだ。
この表彰は、それを確定させて蒸し返さないことを誓うためのものだ。
「あ、でもこの金一封のカード、五十万分だ。ぜいたく」
ニコラは勝手に封筒を開けると、中にあった電子マネーカードの額を見て驚いた。
「おお、マジかよ。じゃあ良いものでも食うか?」
「ゆっくりする時間はない。今すぐその服全部脱げ」
「了解。盗聴されたら洒落にならねえもんな」
トレハは昨日適当に見繕ったTシャツ類を受け取ると、トイレで素早く着替えた。
その速さには、盗聴対策以外にも、都市迷彩のTシャツを着てみたかったからというのもあるだろう。
「今回の船ってごはんはビュッフェ形式?違うならお高いの食べて奢って貰お」
「どんだけ図々しいんだお前は」
「いや、良いよ。俺だけじゃ貰えなかった。それにこういう金はパーッと使うほうが楽しいし」
「良いねぇ。よっ、男前っ!」
「あ、でも高い店でも五千ぐらいだな」
トレハは店を調べたが、大金を一度に使えるような店は帰りの客船には入っていなかった。
そもそも、惑星間移動で比較的安価な船に乗る層は、そんな高い店に行く金を持っていない可能性がある。
「シケた船だねえ」
「キャンセル料も考えるとこれが限界だ。文句言うな」
「比べると言いたくもなるよ。そこの金一封使ってグレード上げよ?」
「ああ。まるでそうしろって言いたげな額だ」
「……!」
イチト達は来る時は豪華客船を選んだ。つまり少し金を与えれば、今空いている中でランクが一番上の星間定期便を選ぶのは容易に想像できる。
そしてそこに一人、木星の息がかかった人間を同乗させて盗聴器を仕掛ける作戦なのだろう。
「一番安いの便にも配置してるんじゃないか?」
「まだ木星では犯罪を犯してもいない相手に、そう何人も警官を用意できない」
「うーん、でもそれ言うなら盗聴器の時点で結構イカれてない?理屈ではそうでも、感情でやって来かねないんじゃないかな」
「……そこまでするか、とも思うが、警戒するに越したことはないな。トレハ、ニコラ、部屋からは出るなよ」
「グエーッ!言わなきゃよかった!」
既に盗聴器を仕掛けられたことを知っていた二人は、文句も言わずに頷いて自然と周囲を警戒し始めた。
だがそこ動作は大きく、寧ろ犯罪者なのかと誤解されかねない動きだ。
「……普通にしろ」
呆れたように呟いたイチトと共に、二人は船へと乗り込んだ。
そして何事もなく一日が過ぎた。
「……なーんもなかったね」
宙港で買った弁当をつつき、ニコラはつまらなそうに呟く。
「警戒してたからな」
航宙の間、三人はそもそも誰とも会話することなく、ひっそりと過ごしたのだ。
食事も全て持ち込んで、部屋の扉を開くこともしない。
たった一日なら、そんな生活にも苦労はなく、ただ駄弁っているだけで移動は終わった。
「あと一時間で着陸か。そろそろ荷物詰めた方がいいよな?」
「まだだ。出発時間に行くと混んでて何をされても気付けない。到着してから荷物詰めだ」
「あー、そうだね。宙域には今日中に戻れる?私ゆっくりお風呂入りたい」
「戻れる」
「やったー!」
その後、報告や検査の時間を考えると入浴までにはもう一日はかかるが、教えたほうが面倒だ。
ぐっとペットボトルを傾けて水を飲み、揉め事を生みそうな言葉もついでに飲み込む。
「しかし厳重だよな。ここまでやる意味あったか?」
「ある」
イチトはそう言って、タブレットにニュースを表示した。
添付画像では見覚えのある青年がスーツを着て賞状を受け取っている。
「……俺?」
「そうだ。お前だトレハ」
「……マイナーなニュースだろ?」
「高級船。誘拐。偶然居合わせた宙域。大手柄の一般人。あらゆる要素が耳目を集めるだろうが。普通にトップニュースだ。外出たら即座に騒ぎになっただろうよ」
「すげー。トレハ、今からでも肖像権で金取れないか考えよう?」
ニコラは普通に感心しつつも下らない冗談を口にする。
だが、言われたトレハではなくイチトが最も渋い顔をして、大きく息を吐いた。
「ど、どしたの!?そんなに金を取るのが駄目?」
「誘拐は犯罪者にとって生命線だぞ?それを止めたんだから、今後は相当な危険に巻き込まれる。茶化すんじゃねえよ」
「あー……そっか」
「いや、別に良いよ。どうせ宙域以上に危ないことなんてないし」
「辞めた後の話だ」
言われたトレハはきょとんとして、暫く口を閉じた。
「……?」
「もしかして俺クビになるのか?」
「違う。単に金が溜まったら学校にでも行けるだろってことだ。二年ぐらい空白があっても、学があれば就職はできるだろ」
「そういや最初にそんなこと言ったかもな。でも、今はもういいかなって思ってる」
トレハは突然高校入試問題を解説した本を開くと、シュッとページを移動していく。
だが書かれている問題は全て、一年以上勉強から離れていたトレハには理解できなかった。
「うん、無理だ。俺はやっぱり、宙域のが合ってる」
「……いつか死ぬかもしれないんだぞ」
「そーそー。ってかその前に、『アンノウン』事件を解決出来なかったら解体だろうし」
「そうならないように、全力でイチトに協力する」
二人の揺さぶりにも、一切動じずトレハは言った。
確かに、今から学校に戻ることも不可能ではない。
だが二年の月日を宙域で過ごしたことは、確実に周囲とのギャップを感じさせる。
ブランクの分、受かったとしても勉強についていくのは苦労するだろう。
「……それにさ、俺、この仕事結構気に入ってるんだぜ。人間関係も良いし……誰かの幸せを守れる」
今回、ドッグウッドでの事件で直に被害者と接したことで、トレハは今までにないぐらい、多くの人から感謝の言葉をかけられた。
未開の星で酷い環境に晒されるはずだった人を、自分の力で救ったのだと実感できたのだ。
トレハはそれが、たまらなく嬉しかった。
自分にも、誰かの役に立てる力があるのだと、自信を持つことができた。
「だから、もっと強くなって、もっと多くの人を守りたい。辞めるのは、もう暫く先だな」
「ふうん。まあ、悪くないんじゃない」
「……そうか。頑張れよ」
「おう!」
浮かべるは屈託のない笑顔。
誰かに縋る弱い青年の影は、既に消え失せた。
今ここにいるのは、かつて彼が望んだ通りの、誰より頼りになる男だった。
「だとしてもこの記事は面倒だな」
「おろろ?何かあるの?」
「潜入捜査がし辛い。俺もニコラも面が割れてるから、班単位でできることが狭まる」
「「あー」」
傍から見れば何の力もないはずの一般人が、誘拐という犯罪者にとっての生命線を妨害し、警察組織と並ぶ扱いをされている。
これ以上に不気味で恐ろしい存在はないだろう。
警戒も当然トップクラス。潜入などもってのほかだ。
「そんじゃこれから先は、全部正面戦闘になっちゃうのかあ」
「いつも結局バレて戦ってるだろうが。ともかく、今はできる限り情報を教えるな。この部屋だって安全とは限らない」
「心配症だね。まあいいけどさ」
「あ、じゃあ警備!星出る時、滅茶苦茶面倒だったけどあんなもんなのか?」
「直通の電車で検査、宙港で検査。まああんなもんだったよ」
「うへえ、ダルいな、それ。俺はもう一生一つの星にいてえよ」
三人は出来る限り無難な話をしつつ、宙域の本部へと戻った。
尚、あくまで余談ではあるが、怪我の検査を行ったところ、イチトとニコラの体内から金属製の何かが発見された。
その正体については、ここでは述べないこととする。
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次回以降タイトル変更するかもしれませんが気にしないでください
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