第108話 取り調べ

 無機質な打ちっぱなしのコンクリートでできた部屋。

 この場所に入るのは、イチトにとっては六年振りだった。


「さて、それじゃあ話を聞かせて貰おうか」

 シンプルな机の向かい側、安っぽい椅子に座った警察の男は、タブレット片手に質問を始めた。

「……市民を救った英雄に、随分な待遇だな?」

 そう言うと、イチトは両手に繋がれた手錠を持ち上げ、じゃらりと音を立てる。

 ここは木星警察の取調室。豪華客船において犯罪者との戦いを繰り広げたイチト達は、治療が済むや否や手錠をかけられ、この部屋に連れて来られたのだ。


「何を言っている。殆どはあの勇敢な青年がやったことだろう。お前ら宙域がその成果を掠め取るつもりか?」

 男は嫌らしい笑みを浮かべ、とぼけて見せた。

 予想通りの展開だ。宙域が嫌いな木星警察は、偶然居合わせた青年に全ての功績を捧げることで、宙域の手柄を減らすことにしたのだろう。


「今頃、ニュースサイトにはどこまで出てるんだ?」

「あの青年の勇姿だけだ。お前達はしっかりと取り調べをして、その罪が確定した後で報道して貰う」

「それは残念、トレハも宙域の隊員だ。」

「適当なことを言うな。そんなはずはない」

「俺のバックには、実は隠しポケットがある。本来はそこに俺の身分証を入れるが、今回はトレハのを入れておいた」


 男は一瞬、壁の方を見た。恐らくはそこに仲間がいるのだろう。

 数十秒待ったところ、それが事実であるという報告が入ったらしい。男は悔しそうに唇を噛み締めた。


「それが何だ」

「別に何でもねえよ。ただ、ボーッと空に浮かぶ船を眺めてただけの奴らに、戦った俺達が文句を言われるのは納得がいかねえだけだ」

「……!」

「一般市民にも意見を聞きたいところだな。青年に助けられた奴はいても、警察に救われたとは言ってくれなさそうだ」


 取調室では、本来警察が被疑者を問い詰める。

 だが今回は問い詰めた相手も、宙域という警察に近い組織の一員。

 相手から主導権を奪うだけなら簡単にできる。


 するとそこで、ガチャリと扉が開かれた。

「代われ」

 そこから覗いたのは、イチトの記憶にもある男の顔だった。


「木星の警視総監が、一体何の要件でしょうか」

 イチトは復讐を目指すにあたって、現在の手配犯と人質の疑いが強い行方不明者、そしてコネ作りのために各星の警察上層部を記憶している。

 その中に、ダリオ・ウェヌスのこともしっかりと記録されている。

 木星、つまり『アンノウン』事件が起こった場所の警視総監であるため、恩を売っておくべきだろう。


「……礼儀は弁えているようだな。お前には、宙域について話して貰う」

「お断りします」

 だがへつらうべきだとわかっていて、イチトは即座に、ハッキリと回答を拒絶した。

「……何?」

「私が取り調べを受けているのは、客船襲撃犯への対応についてです。それ以外は答える義理がありません」


 再び強く拒む。理由は一つ、イチトが木星警察のことを嫌っているからだ。

 そもそもイチトは昔、木星警察に無茶な理屈で取調室に拘束された。

 更に捜査権を奪われるまでの時間を使っても、本物の『アンノウン』に繋がる証拠を見つけられなかった。

 その時点で木星警察の好感度は最低。余程のことが無い限り、協力しようとは思えない。


「いいか、我々警察は市民の安全のため、宇宙の平和を保つのが仕事だ。それでも協力を拒むのか?」

「宙域の仕事も同じですよ」

「どうだかな」

「今回も、市民の命を守るために全力を尽くしましたよ」

「そこだ、我々が一番気にかかっているのは。どうして宙域は、今回の事件に真っ先に駆けつけた?何処で情報を得て、何故こちらに伝えなかった?」


 何故これほどまでに警戒されているのか、イチトはいまいち理解できていなかったが、ここに来て全ての歯車が噛み合った。

 確かに普通に考えれば、襲撃された豪華客船に『偶然』宙域の人間が居合わせ、被害を防いだというのは不気味だ。

 事前に知っていて、敢えて黙っていたと勘ぐられてもおかしくはない。


「そうですね、少なくとも私は、礼儀知らずには話したくありませんね」

「……何?」

 イチトは無言で両手を上げると、手錠の鎖をわざとらしく鳴らした。

 例えどんな裏があろうとも、宙域には宇宙空間における捜査の権限がある。今回の件にどんな裏があろうとも、手錠をかけられる理由はない。


「……いいだろう、話せば外してやる」

「意味不明ですね。そもそもこの手錠は、かけられるべきではなかった。外すのは当然のことで、交渉材料にはなりませんよ」

「図に乗るな。御託はいいから全てを話せ」

「手錠を外したら、考えてもいいですよ」


 話したところで何も変わらない、ただの偶然という答えだとしても、ここは決して譲ってはならない。

 この両手に手錠がかけられているということは、即ち宙域が軽んじられているということ。

 下手に譲歩すればそのことを追認したと取られかねない。


「ふざけているのか?」

「いいえ全く。ともかく、私は手錠を外すことと、不条理な拘束への謝罪を要求します。応じるつもりになったら起こして下さい」


 トレハの活躍が人々に知られている以上、宙域の評判を後で上げるのは簡単だ。

 まだ休暇は残っているし、今は下手に動くよりも、時期を待つ方が良い。

 イチトはそっと目を閉じて、椅子に体を預けた。


「……どこまでも争うつもりか。良いだろう、根比べなら人数の多いこちらが有利だ。お前には全部、吐いて貰うぞ。宙域の隠している何かも、『アンノウン』の捜査の進捗も!」


 捜査権限を奪われた恨みは深いようだ。だが『アンノウン』についての話が知りたいのは、寧ろイチトの側だ。話せることなど何もない。


 ダリオはイチトに反応がないことを確認すると、次の業務があるのか足早に部屋を去った。

 そして代わりに、別の警官が部屋に入って来た。

 癖っ毛の金髪に糸目。身長は平均程度だが、警察なだけはあって体はがっしりとしている。確かこの男は、宙域に真っ先に駆けつけた部隊の一人だったはずだ。


「やあ、二回目だね」

「……」


 物腰は柔らかいが、対応する意味はない。

 今は必要な時に動けるよう、体を休めるべきだ。


「参ったな……まあ、仕方がないよな。こんな強引な逮捕なんかしたら」

 警官は本気で困り果てたようで、うんうんと唸り始めた。

 それを聞いて、この男なら話が通じる可能性があると考えたイチトは口を開いた。


「……何故こんな真似をした?俺達は宙域だと名乗った時点で、逮捕は悪手だろう。拘束するにしても、任意の事情聴取って形にしておいた方が安全だ」

「その通りだね。現場でもそのほうが良いって話になってたんだけど、組織ってのは、上の人には逆らえないものなのさ。わかるだろ?」

 確かに客船で接した時も、警察は比較的友好的に接して来た。そして病院で手錠をかける際にも、目を合わせては来なかった。


「そうか。許しはしないが理解はした」

「ありがとう。それじゃあ、もう良いかな」

 警察の男は突然イチトに近付くと、手錠にタブレットを翳した。

 カチャンと鳴ると同時に、手錠は外れて地面に落ちた。


「……いいのか?」

「うん。正直こっちの分が悪いからね。責任はどうせ押し付けられるから、せめて自分の思う正義をしようと思ってね。ただ、一つだけ本当のことを話して欲しい」

「物による」

「君は、ドッグウッド襲撃の計画を事前に知っていたかい?」


 話していると伝わってくる。

 この男は、どこまでも真っ直ぐだ。

 本気で人々の生活を守るため、真相を突き止め、悪を捕らえようとしているのだ。


「信じがたいだろうが、全くの偶然だ。長い休暇が取れたから帰省しようと思ったんだ」

「なるほど。それを証明できるものは?」

「……ないな。精々、木星で少し良いホテルを取ってることぐらいだ」

「因みにどこ?」

 イチトは答える代わりに、ホテルの予約画面を提示する。

 三人分纏めて予約したせいでもあるが、宙域以外からすれば相当な額になっている。


「十分信じられる額だよ。それじゃあ、本当に悪かったね。今日は帰って貰って良いよ」

「そりゃどうも。それと、次から話を聞くのは宙域を通してくれ」

 イチトはタブレットを仕舞うついでに、ホテルの予約を一日のみに変更した。


「帰るのかい?」

「こんな大事になったら、そりゃ呼び戻されもする」

「そうか……なら明日の午前、一時間だけでいいからトレハくんがここに来れる時間を作ってくれないか?君の目論見通り、成果はトレハくんと宙域、それから木星で分けようと思ってね」

「へえ。不利を悟ったか?」

「そういうこと。それに何もせずに成果を得られたんだから、総合的に見れば得だからね」


 警視総監であるダリオが認めるのか、と思ったが、タブレットで見ると既にこの事件の噂は広がり、何もしていない木星への批判が強まっていた。

 火消しを優先するべきだと考えたのだろう。

 下らない政治的駆け引きの結果だろうと、結論はイチトにとって満足のいくものだった。これ以上ケチをつける意味もないと、部屋を後にする。


 警察署から出ると、ニコラとトレハが出迎えた。

「お勤めご苦労さまです!シャバの空気はどうですか!」

「お前がいるから不味い」

「大丈夫だったか、イチト!」

「当然だ。それと、今から暫く喋るな。買い物に行く」

「……?何買うのさ」

「服とカバン」


 イチトは自らのバックを開けると、中の布に出来た突起を手で探り当て、引きちぎった。

 そこには、極小サイズにまで縮小された通信端末が埋め込まれていた。

 色合いも布地に溶け込んでいるため、普通にしていては気づけないだろう。


「盗聴器!?まさか私にも?」

「当然だ」

「でも、盗聴なら電波を探ればわかるんじゃねえの?通信しなきゃ役に立たないわけだし」

「俺ならバレるのを見越して、複数のチップを入れて時間差で起動させる」

「君の思考回路一段とキモくなったね」


 取り調べをしてきた男の態度まで罠の一つだったのかまではわからないが、少なくとも木星警察は違法行為に手を染めてでも宙域について探っていることがわかった。

 恐らくは複数のプロバイダを経由して盗聴しており、宙域だけではその送信先を探すことはできないだろう。

 宙域は武力が通じない分野では二流もいいところなのだ。


 その日は代わりの、あえて普段の趣味からは外れた服を買ってホテルに戻る。そしてその際に、トレハ以外の服は全て捨ててしまった。

「何で俺は捨てねえの?」

「明日、警察署に行くだろ?」

「えっ、行きたくないんだが。盗聴器つけられたんだぜ?」

「安心しろ、どうせ感謝状となけなしの金を受け取るだけだ。だが宙域としては木星が宙域に感謝した証拠としても扱える」

「なるほどな……でも怖えよ、普通に盗聴器って」


 トレハは警察を信用していたらしく、裏切りに酷くショックを受けていた。

 一方イチトとニコラはこんなものだろうと、何一つ心を動かされなかった。


「まあ、ともかく行ってこい。損はしないはずだ」

「わかったよ……」

 兎も角説得には成功し、トレハは明日のおおよその時間を木星警察と話し合う。

 イチトは盗聴対策のため、トレハを個室に入れて自分はニコラと同じ部屋にした。


「いやあ、でも結果的とはいえ男女二人で一つの部屋だね。これはなにかあるかもよ?」

「殺人か?」

「血の気が強い。もっと色気のある答えにして」

「そういうボケはいらねえんだよ」

「ほんじゃ事件の話するべ。客船襲撃犯って、『星群』持ってなかったのかな?」


 ふざけた喋り方しかできないはずの女は、珍しく真剣な顔になった。

 確かに『星群』持ちの男を木星に取られるのは厄介そうだ。

「……倒した感覚だと、ない」

「根性で説明つく範囲だったもんね。トレハにも聞く、のはマズイか」

「帰ってから聞く。それよりニコラ、明日帰るまでにやりたいことはあるか?」

「ないよ。ってか、寧ろイチトこそいいの?本来は墓参り旅行だよこれ」

「……時間的に無理だ」


 本当は限界まで早く動けば、五分ぐらいは墓に参ることもできる。

 だがイチトは、そんな気分にはなれなかった。

 両親の望まないであろう復讐に手を染めている姿を、見られたくなかったのだ。


「本当?さっき調べたら行けそうだったよ?」

「行けねえよ。ってか、墓の場所知らねえだろ。変なブラフを使うな」

「……ちぇ、バレバレか」

「寧ろそっちはどうなんだ?木星に家族の墓とかないのか」

「無理だよ。時間足りない」


 ニコラも既にその可能性は考えていたようで、墓に行くまでの時間は調べ、その上で諦めたらしい。

「そうか。それじゃあ、また一緒に来るか?」

「……え」

「えっ、って何だよ。一応、何回も命救われてるんだから、お前の親に報告と感謝をって思っただけだ」

「うげっ、普通になんか恥ずかしい。素直になんないでよ」

「俺はいつだって素直だろうが」


 イチトは心外だと顔を顰めるが、ニコラは何言ってるんだコイツと言わんばかりに顰め面をした。


「……」

「……」

 その後、どちらも話を続けなかったので、静寂が訪れた。

 基本的に二人は積極的に会話を行うことはなく、トレハが間にいない時は、無言でひたすら訓練をすることもよくある。

 だから今回もニコラは沈黙を気にしてはいなかった。


「趣味は?」

「は?」

 寧ろ、その沈黙を破った言葉にこそ違和感を覚えた。

「だから、趣味。なんだよ」

「え、何?急にお見合いでも始める気?チェンジで」

「違う。単純に、俺はお前を知らなすぎるって思ったんだ」

「……あー」


 言われてニコラも、戦闘が始まる前にそんな話をしたと思い出した。


「俺はお前を何も知らない。だから、教えてくれ」

「……いいよ。ま、なんかハズいけどね」


 その夜、二人は初めて、事務的ではなく、一方的でない、『会話』をしたのだった。

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