第107話 『まだ』何もしてねえよ
人質を解放した二人は、いつでも手を触れられるような距離を保って通路を歩く。
ニコラは既に気が緩んでいるが、イチトの顔は強く強張ったままだ。
「さて、お前には色々と言いたいことがあるが、後にする」
「ありゃ、意外。どしたん?」
勿論、イチトも人質解放時のことは必ず聞くつもりだ。
何を考えて自殺行為をしたのか。その一点だけは絶対に聞き出さなければならない。
だが今は、それよりも先に終わらせておくべき仕事があった。
「残党を排除するのが先決だ」
「残党、ってトレハがやったんじゃないの?」
「いいや、恐らくまだだあと一人残ってる」
この場合の恐らくが、殆ど確信に近いと知っているニコラは一気に集中し、敵を警戒した。
「何故そう言い切れるの?」
「例えば、どこかを襲うてなった時、戦力はどう配置する」
「うーん、強い敵がいるとこに多く?」
「今回は客船だ。警備は薄い」
「じゃあ重要な所だね。今回だと、人質の多いとこ」
「外れだ。人質なんか銃さえあれば大体どうにかなる」
今回はならなかったけどね、等と反論しようかとも思ったが、それを言ってもイチトの辿り着いた結論には至れないだろうと思考を深める。
船の重要な場所と言えばどこか。
機関室はお互い破壊しても得はないから戦力はいらない。
なら残っているのは。
「操舵室」
「正解。人質ごと船を持っていくのなら、行き先を決める場所は絶対に確保しておきたい。その次に人が多く問題が起きやすい人質を入れる部屋だ」
「確かに船を連れて行くって言ってたね。でも、もうトレハがやっつけてない?」
「ない。それならもう動き出してる」
ニコラがチラリと窓の外を見ると、景色は全くと言っていいほど変わらない。この船が止まっている証拠だ。
「いやいや、それならなんで上がらないの?」
「次の疑問だ。何故この船に侵入者がいる?」
「……?さっきデカい音したでしょ?ぶつかってできた穴から入ってきたんじゃないの?」
「違う。それならこの場所で呼吸ができるのはおかしい」
「!」
確かに船をぶつけて穴を開ければ、その場所から空気は流れ出る。
ニコラも何度か身をもって経験した。
しかし今回はそれがない。
「それに音が小さい。数十人が乗った船と衝突して、どうして無事でいられる?」
「じゃあ、緊急用の荷物搬入口を使ったってこと?たしかどの船にも、絶対つけなきゃいけないんだっけ」
「そういうことだ。そしてそれを使うには、内側からの手引が必要になる。一般人に見える犯罪者が絶対にな」
「えっ、じゃあ今もあのホールに敵がいる可能性も!?」
「ない。トレハのお陰で俺達が縛られてから入ってきたのはほんの数人だ。確認したが縄の縛りは同じだったし、本気で怯えていたように見えた」
多少主観は混じっているが、まず間違いはないはずだ。
「それに操舵室と荷物搬入口の担当に裏切られれば、計画は絶対に失敗する。ならいっそ、信頼できる一人に任せてしまえばいい」
「なるほど。じゃあつまり君は『この船に内通者がいる』こと、そして『操舵室に犯罪者がいる』ことを確信してるわけだ」
ニコラは半ば走るように歩き、話を結論へと導く。
「その通りだ。ならあり得る可能性は?」
「答え合わせ、しちゃいますか」
目の前の扉には何も書かれていない。
だが見晴しの良い船の前方にある、船員のみが入れるスペースに置かれた部屋の正体など考えるまでもない。
二人が扉を蹴破った。
そこにはナイフを持って操縦士を脅す、客船の制服を着た男の姿があった。
「ご名答だね」
「な、なんだお前らっ!?」
口を開く間に、イチトはそっとニコラに触れて、ついでに男のナイフを持った手を軽く握る。
そして腕を上げさせて後ろへと引き、一度肩を脱臼させる。
固く握りしめた手は解け、ナイフは床に落ちてカランカランと鳴いた。
地面に抑え込むついでに肩を嵌め込み、元の状態に戻すのも忘れない。
脱臼の痛みを与えていると、尋問に答えられない可能性がある。
「ぐあっ!?離せ、この、俺は船員だぞ!?」
「ナイフを使うとは変わった船だな」
イチトはスーツのボタンを割る。
そしてニコラがナイフを拾って近寄って来た直後に、首元にボタンの破片を突きつけた。
「痛っ!?い、痛い!ああ!あああああ!?やめ、やめろっ!何してんだよっ!」
「首って、二センチ以上の傷が出来ると失血死は免れないんだってな」
適当な思いつきを喋りながら、ニコラの手から流れる血をボタンに伝わせる。
そして肌に触れる直前により深く首に押し込む。
「あああああああ!?やめ、やめろっ!殺す気か!?殺人者だぞ!?いいのかっ!」
男は首を切られていると思い込み、さらに怯えた。
そう、痛みではなく恐怖を与える。
それが口を開かせるための最善の手段だ。
本物の船員、それも船長級の立場にありそうな格好の男達も、その様子に恐怖を覚えて震えている。
だが今は、周囲を怯えさせてでも情報を手に入れるべきだ。
「今日この船に来たのは何人だ」
「よ、四十ぐらいだ!」
「そうか。お前を入れて四十でいいか?差の分だけこのナイフを奥まで刺すが」
「四十三人っ!これでいいか!?な!?」
もういいだろ、と言わんばかりに叫んでいるが、もう少し色々聞けそうだと思ったので情報を引き出す。
「お前らのアジトはどこだ」
「海王星の、五百七十二地区だよっ!」
「……!そうか。『アンノウン』について知っていることは?」
「急に何だよ!ねえよ!ないから『アンノウン』だろ!?」
「知っている犯罪計画は」
「コレが成功したら遊んで暮らすはずだったんだ!面倒なことに首突っ込むわけねえだろっ!」
イチトは聞きたいことが聞けたので、満足してボタンを首から離した。
「う、あ?助かった?って、止血!」
「いらねえよ。その血、お前のじゃねえし」
「はあ!?」
男は困惑しながら首を何度か触る。するとそれが継続的な出血ではなく、外から血を塗られたのだということがわかった。
「……騙したな」
「ああ。お前に言われたくはないがな。ニコラ、頼む」
「はいよ」
ニコラは一瞬で男を手錠で巻き、動けないようにした。
イチトは武器を持っていないことを確かめると、男を背負って部屋から出る。
そして敬礼すると船員に向かって告げた。
「できる限り早く着港をお願いします」
「はい!畏まりました!」
船長の目に涙が浮かんでいたのは、見間違いではないだろう。
「さて、そんじゃコイツは浮かせる?」
「いや、倉庫にでも入れておく。トレハに見つからないようにな」
「え、何でトレハ?」
「あいつは多分一回、この男を船員だと思って見逃した」
「……にゃーるほど」
そのせいで誰かが怯え、震えたと知れば必ず罪悪感を覚える。
ならば初めから知らせない方がいい。
この船が着港するまで、トレハには自信に溢れたまま、人々を安心させて貰わなければ困るのだ。
「というわけだ、大人しくしてろよ」
「……チッ。こんな格好で逆らえるわけがねえだろ」
「それは何よりだ」
男を適当な部屋に押し込めると、二人は壁や天井に貼り付けられた犯罪者の数を数えていく。
「んー、四十三。これで多分全員だね」
「……人数の追加がないとも限らない。近くまで戻って警戒するぞ」
「それがいいよね」
二人はその後、そこらに散らばった被害者達をかき集めてはホールに行くよう指示し、ついでに部屋に戻って緊急用の医療キットを使って穴と手の処置を行った。
ニコラはその間に宙域への連絡や、イチト原案の事件概要をでっちあげてトレハにも共有する。
「お前、死ぬつもりだったろ」
「うわ、急だね」
「順を追って話す理由がないからな。それで、どうなんだ」
「うーん、まさかあんな連想ゲーム解ける奴だとは。結論から言えばイエス」
「理由は?」
「どしたん、随分とグイグイ来るじゃん。怖いよ?」
イチトはただでさえ不機嫌そうな顔を更に歪め、睨み付けた。
今回ばかりは誤魔化されてやるつもりは一切ないと伝えるために。
ニコラは肩を竦めると、ベッドの端に座って足をぷらぷらとさせた。
「あの状況で取れる策はそれだけだったからね。人質多すぎて暴れられないし」
「だからって、見知らぬ誰かを助けるために自分を犠牲にしようとしたのか?」
「その通り。アルバーもそうしたでしょ?一番は私が気に入らないからだけど」
「……信念あってのことか」
いつの間にかニコラの足は揺れるのをやめていた。
真剣に話をしすぎて、ふざけている余裕を失ったのだろう。
「それで、気に入らないの基準は?」
「理不尽なこと。普通に生きてて殺される。信念すらも翫ぶ。そういうのが大ッ嫌いなんだよ。君の存在よりも嫌いだ」
「俺が嫌いなのはともかく、戦場でなら、信念を壊されるのも仕方ないだろ」
「うん。でも、だからこそ嫌いだ」
理屈はわかるが受け入れられないといった所だろう。
人間なのだから、感情的に何かを否定したくなるのは仕方のないことだ。
「そうか。それで、これから先はどうするんだ?宙域辞めるのか、とか」
「……悩みどころだね。今の稼ぎ考えると、わざわざオベンキョーしに学校戻って、その後で普通の給料貰うのも馬鹿らしい」
「それでも死なないんだから随分良いだろ」
「ふうん。そんで君はどうしてほしいの?一応は『星群』を一緒に使う相棒じゃんか。意見を述べよ」
「いた方が楽ではある。が、復讐のためには一人に慣れたい。半分いてほしいってところだな」
ニコラはその本音に満足できなかったようで、胡乱な目でイチトを眺め続ける。
だがイチトはそれ以上に伝える言葉を持っていない。
「……あと、ふざけんじゃねえって思った」
だから、相棒として以前に一つ、思っていたことを口にした。
「……何が?」
「お前が命を投げ捨てたことだ」
「他に方法あった?誰も死なせたくなかったんだよ、私は」
「俺だってそうだ。お前を含めてな」
しいんと静まり返る。
ハッキリと言ったし、聞こえたはずだ。
それでもニコラは、そのあまりに剥き出しな本音にどう答えていいかわからなくなった。
「わた、し?」
「当然だ。相棒を死なせたくないのは当たり前のことだろ」
「い、いやいやいや!それでも優先するべきは一般人でしょ?!?」
「そうだな。その次にお前、そして最後に『星群』の隠蔽だ」
「っ!?」
確かに『星群』が使えれば、全員を殺させないことはできたかもしれない。
だが使ってしまえば、宙域のアドバンテージは消え、ついでに存続の危機にすらなる。
当然、復讐をすることも出来なくなるだろう。
「復讐を捨てる気?」
「毛頭ない。だが、宙域を辞めても仇は探せるし、犯罪者を捕まえるのも自由だ。『星群』……いや、相棒さえ残っていれば寸前まではいける」
復讐は捨てない。相棒の命も捨てない。捨てるなら、必要のない肩書だけ。
それがイチトの出した答えだった。
「ば、バカじゃん!私は、もう借金を返し終えた!何にもやることなんてないんだよ!そんな奴ほっときなよ!」
「何言ってんだ。借金なんて、返し終わってからが人生だろうが。やりたいことやるチャンスだろ。折角両親が遺した重荷を」
「重荷なんかじゃないっ!」
だが、踏み込み方を間違えた。
木星の法では、両親が死んでも借金を引き継ぐ必要はない。
つまりニコラは、わざと借金を背負っている。そのことはよく考えればわかったはずだ。
彼女にとって借金は、両親が残した生きる意味でもあったのかもしれない。
だとすれば今の言葉は、非常に不味い。
「……悪い」
「……」
「今は一つだけ言わせてくれ。俺はお前に、生きていて欲しい。『星群』を隠すなんてことのために死ぬな」
「……バカだね、君は」
ニコラは宇宙船の窓を無感情に眺めて言った。
室内に入り込んでいる月光で、その顔の右側が照らされる。
それが気に障ったようで、カーテンを閉めて虚空に目を向ける。
「ともかく、お前は自由に生きろ」
「……今考えたんだけど、やっぱりそれ無理だよ」
「何故だ」
「顔。あの場にいた奴らは全員、私を宙域だと知った」
「……しまったな」
『星群』持ち同士の戦いでは、情報を知っているということの影響は大きい。
だから『星群』を使えば宙域でも強いとされる上に、一人では戦えないニコラなんかは、尋問にピッタリだろう。
顔を知られたなら、宙域に興味津々な犯罪者共の魔の手からは一生逃れられないと考えて良い。
「ま、だから私は宇宙で生きるしかないんだよ」
「それでいいのか、お前は」
「うん。だって……」
「だって?」
「まだ、君の復讐を見届けてない」
確かにニコラは以前、似たようなことを言っていた。
その時は軽い冗談だと思い流したが、それは間違いだったらしい。
「……そうか。ならその時までは宜しくな、相棒」
「よっしゃ!ウチに任しとき」
「何処の訛りだ」
その後下らないボケを挟みつつ、二人は今後の方針を決めて各所への連絡を行った。
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