第106話 まだ何もしてねえよ

作者です。前回更新順番ミスがあったので再掲です。

読んだ覚えがあれば次にどうぞ


 敵がだんだんと減っていく現状は、トレハなしでは説明がつかない。

 だがこの速度で減るには、、『星群』は使うしかないだろう。

 信用のない犯罪者相手なら見られても多少は誤魔化せるが、一般乗客はそうもいかない。

 それに『星群』自体も、水を操るという誤魔化しづらいもの。『双子』で暴れた方が、改造手術とかでごまかせる分マシなぐらいだ。


 だが起きてしまったことは仕方がない。それを利用して全員を救うのが最優先だ。

 そんなことを考えていると、人数の違和感に気付いた男が、隣の男に何かを言い残して部屋を出た。

 瞬間、ドアの上の磨りガラスが迷彩色に染まる。

「!?」


 限界まで表情の変化を抑えたが、衝撃は消えない。それから暫くは迷彩と肌色が蠢いていたが、一分もすればぴたりと止まった。

(水で何をしたら……いや、あれは多分トレハの『星群』じゃ無理だ。重力調整器、と思って良いんだろうか)


 イチトの出した結論は正解だった。

 トレハは重力調整器使って犯罪者を天井送りにし続け、ついに大ホール以外にいる者は全て天井に磔にし終わったのだ。


 気絶した人間を隠すのにも、目覚めた後に動けないようにするにも、重力調整器は有用だ。

 だがそこまでの状態だとはイチトには予測できなかったので、とにかく残りの犯罪者への対処をさせるために、時間を稼ぐことにした。


「目的は何だ。無事に全員開放する条件は」

「決まってる、金だ。わざわざ豪華宇宙船を襲ったんだ、大金貰わねえと割にあわねえよ」

「その割には交渉を始めないんだな」

「ああ。先ずは皆様の安全が第一だ、港にまでご案内してやるよ」


 現在位置は木星上空。こんな場所で交渉を始めれば、余程うまく立ち回らない限りは警察に対処される。


 恐らくこのお喋りも、船がアジトへと向かうまでの時間を稼ぐためだろう。

 だがこの話が時間稼ぎなのはイチトにとっても同じこと。この船は現在、おそらく空中で止まっている。それに惑星警察が気付き、突入してきた時がこの事件の終わりだ。


「……そう言えば、定時報告が来てねえな」

「!」

 だが相手も誘拐のプロ。不測の事態に対処するための準備はしっかりしてきたらしい。

 同じ時間に連絡する。シンプルだが効果的な方法だ。

 元に今、イチトは冷や汗を流している。


「それに何だこの部屋。明らかに計画より人数が少ない。一体どうなってやがる!訓練でやったことも忘れたのか!」

 ガナバが怒鳴りつけると同時に、扉がバタンと開かれた。

 突然のことに、犯罪者は全員銃口を扉の奥へと向けた。


 だがガナバは、それが無意味であると即座に気付いた。

 扉から見えるのは、不自然に歪んだ廊下。

 そして歪みは瞬きする間にも加速し、ついには扉から廊下が飛び出すかのように映る。


 重力調整器で廊下に押し止められていた大量の水が、一気になだれ込んだのだ。

「水攻め!?」

 人質がこれだけいて、この広い空間で、水を使って来るという発想が、ガナバにはなかった。

 当然部下も予想しているはずがなく、部屋を満たす濁流に攫われて、水中を舞った。


 だがそれはあくまで副次的な効果に過ぎない。

 今、最も重要なのは部屋が水で満たされたこと。

 そして水が多少変な動きをしたところで、誰にも気付かれないこと。

(つまり、『星群』を使ってもバレない!)


 トレハは全ての意識を水に集中し、犯罪者の手を水を使って強引に開かせ、銃を落とさせる。

 そして一気に重力の方向を逆転させて水を排出し、拳銃を部屋から追い出していく。


(この程度かっ!)

 だがガナバだけは握力に物を言わせ、銃を決して手放さなかった。

 そして視界に入った人質に銃を向け、引き金を引く。


 パァンという音と共に、水中で放ったが故に随分と速度が落ちた銃弾が打ち出された。

 弾は奇妙な起動を描いて進み、人質へと迫る。


(させ、るかよっ!)

 だが同時にイチトも、その弾道上に辿り着いた。

 守る取った戦術は、戦術とも言えないぐらいにシンプル。

 弾を体で受け止めることだった。


「ゴボッ!!」

 口から、そして傷口から泡が漏れる。

 だが、水と人間の体を使っても、銃弾を完全に止めきることはできなかった。

 肺を貫いた鉛はもっと多くの血を求めるように、奥の男へと迫っていく。


(──届け!)

 その瞬間、水を見た瞬間動き出していたニコラは、ようやくイチトに触れて、手を伸ばした。


 どくん。


 『星群』が発動する。


 この荒れ狂う水の中ならば、誰も二人の動きを見ることはできない。

 だから全てを使っていい。『星群』もだ。


 既のところで、ニコラの思いと手は届いた。

 銃弾はニコラの手の甲へとめり込み、いくつかの骨を粉へと変えてぴたりと動きを止める。


 そして『星群』の影響は、ニコラだけでなくイチトにも及ぶ。

 人智を超えた力を使い、イチトはガナバの腕をへし折った。


「────ゴボポッ!!!!」

 悲鳴は水泡に包まれて誰にも届かない。

 だが腕を折られても尚、ガナバの目から戦う意志は消えていなかった。


「っ!」

 イチトは片手で拳銃を抑えつつ、腰から手錠についたワイヤーを取り出し、くるっと首を巻いて一気に締め付けた。

 段々と水が引いていく。本来は他の犯罪者も抑えなければいけないが、今はそんなことをする猶予はなかった。


 ただ、首を締める。

 見られている以上決して死なないように、同時に一刻も早く意識を奪えるように首を絞める。

 最初は抵抗していたガナバも、次第に動きが遅くなっていく。

 水の排出が終わる頃には、完全に意識を失い微動だにしなくなった。


「次っ!」

 イチトは休む間もなく次の敵を探す。

 だがその場にいる犯罪者はどれも、意識を失っていた。


「……?……!」

 一瞬疑問に思い、一瞬で理解する。

 トレハが水の中で全員を溺れさせたのだ。

 人間は肺に少し水を送り込むだけで反射的に咳き込む。後は息を吸ってしまって勝手に溺れる。この人数程度なら余裕だろう。

 負担は銃の回収や、人質の怪我を防ぐ方が格段に大きかったはずだ。


 敵がいない以上、今一番重要なのは、人質が溺れていないのに犯罪者が溺れているという奇妙な現象を説明することだ。

 そうでなければ宙域に様々な嫌疑がかかり、下手をすると『星群』のことがバレる。

「次からは、着衣泳訓練もしておいた方がいいんじゃねえか?」

「……!いやいや。犯罪者にはそんな水用意できないでしょ」


 意を汲み取って、ニコラはそれらしいセリフを繋げた。

 これまでの振る舞いにケチをつけたいところはあるが、今は協力しておくのが得策だ。

 これで、例え事実がどうであれ、『犯罪者如きには水泳訓練はできない』という意識が生まれた。

 誰もが心の底で抱える犯罪者への差別意識を上手く利用する、良い手段だ。性格は悪いが。


 周囲の反応を見ても、超能力が使われた等と思っている人間はいないらしい。

 精々、胸を撃たれても平然としている宙域の化け物に怯えているぐらいだ。

 今もひそ、ひそと自分の命を心配する声が耳に入る。

 それが出来るならトラウマにはならないだろうと安堵して、ちらりと扉の方を見ると、トレハが胸の血に気付いて顔を青ざめさせた。


「い、」

「そこのお前!」


 だから先んじて、他人に呼びかけるような大声を出す。

「は、はあ?お前?」

「そうだお前だ。その格好ってことは、犯罪者か?」

「違うに決まってるだろ!?外の奴らを抑える時、油断させるために着たんだよ」

 廊下を見ると、確かに天井に何人か人が全裸でくっつけられている。

 それに服を脱がせると、中からはスーツが現れた。脱ぐ時間を惜しんだのだろう。


「そうか、疑って済まなかった。廊下をうろついていた奴らはどうなった?」

「え、いや、全部天井に貼り付けてるけど」

「……やっぱ重力調整器か。それなら今すぐ、気絶した犯罪者達に重力を加えてくれないか」

「わかった、けども」


 トレハは今一事情がつかめないようで、混乱しつつもナルイに視線を送った。

「わかりました。この部屋ごと封鎖すればいいでしょうか」

「ああ。それとできれば乗客を開放していってくれ。俺達は外に残ってる奴がいないか見てく

る」

「ま、待てよ!それなら一緒に開放してから行けば良いだろ!それにその怪我で行くってのか!?」



「ああ。戦えるヤツがいるんなら、今ここに宙域の隊員はいない方がいい」


 それを聞いて、トレハはよそよそしい態度の意味をやっと理解した。

 今、トレハは宙域の一員であることを知られていない。

 それを利用して、乗客に恐怖を与えずに護衛する役割を任せようとしているのだ。


 実際、周囲の人々の怯えた視線は、犯罪者だけでなくイチトとニコラにも注がれていた。


「………………わかった!外は任せたぞ!」

 トレハはドン、と胸の銃創に拳を叩きつけた。

「っ!」

 まず刺すような激痛が走る。

 そして皮膚の裏で何かが蠢くような、悍ましい感覚が続いた。

 だが痛みが引いた後、傷からの出血は格段に少なくなっていた。


「……当然だ。犯罪者と戦うのは、宙域の役目だからな」

 トレハの手にあったのは、いつか刀の中に仕込むと言っていた消毒済の糸と、スーツの共布。

 随分と通気性が良い肺になってしまったが、穴が開きっぱなしよりはマシだろう。

 イチトは部屋を巡るついでに消毒用アルコールを探すことに決めた。


「さて、そろそろいいでしょ。行くよ、イチト」

 いつの間にか怪我を隠すような位置に立っていたニコラは、なんでもないことのように言った。

「ああ。それと、その格好はやめろ」


 そう言って血に濡れた手でトレハの帽子を払う。

 すると当然顔は鮮血で真っ赤に染まった。


「……悪い」

「……別にいい」


 これで顔の印象は薄れた。昨日騒いでいた奴らだと気付かれることはないだろう。

 長居は無用だと、イチトはその場を後にしようとする。


「あ、あの!」

 だが背後から、元人質の一人が声を上げた。

「……何だ?」

「その、み、皆さん、ありがとうございました!」

 その男は、床に座らされたまま大きく頭を下げた。土下座だ。

 周囲から奇異の目で見られながらも伝えたい思いだったのだろう。


「今回、俺はまだ何もしてねえよ」

 イチトは何かに急かされるように、早足でその場を去った。


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