第104話 見られたら終わり

「何で邪魔したわけ?」

 誘拐犯達が腕を縛り、抵抗できないよう武器を取り上げていく中、ニコラは不満そうに問う。


「アレは使えねえんだぞ。このままじゃ無理だ。それに顔見た感じだと、さっき居たのは全体の半分ぐらいの数だ。死人が出てたぞ」

「……そっか。でもこのままじゃ何人連れてかれるかわかんないよ?」

「そこは困ったところだな。救助は間に合わんだろうが……」


「おいそこ!煩いぞ!」

 二人は一種、背を震わせたが、自分達に向けられたものではないと気付き、視線を向ける。


 音の源は今にも泣き出しそうな子供と、それに銃をつきつける犯罪者。

 怒鳴りつけられたことで、子供はより精神的に追い詰められた。

 肉体的な拘束によるストレスも相まって、心はもはや決壊寸前まで来ている。


「うっ、ひっ、ううっ」

「ごめんなさい!今静かにさせますから!」

「おいおい、動くなって言われてたよなあ!?お前はそこに座ってろ!」

 母親らしき人が庇おうと動くも、即座に動きを封じられる。

 

「……!不味い、見せしめか」

「どういうこと!?」

「一人殺して、逆らえば殺されるというのをこの場の全員に植え付ける。後は従順な奴隷の完成だ」

 予想が当たっているなら非常に不味い。

 この場において、あの子供か母親、もしくはその両方は、どのような道を辿っても死んでしまうのだ。


 たった一人か二人を殺すことで、他全てが自分の思い通りに動くようになるのなら、教育にかかる手間は非常に少ない。

 更に人質は、あまり多く仕入れ過ぎても販売先が確保し辛い上に、生きた商材のため管理に手間がかかりすぎる。

 恐らくは多くは、身代金との交換で開放される。


 そしてあの親子の服装は、他の乗客に比べれば服の質も低く、本来であればこの船には乗れる余裕はない家族が奮発したといったところだろう。

 つまり得られる身代金も少ない。殺すには一番適している。もし誰でも良いと思っているのなら、先程入口で揉めかけたイチト達は真っ先に標的にされている。


「……ニコラ、手を貸せ」

「アレを見られちゃ不味いんじゃなかったの?」

「言ってる場合か。人が死ぬんだぞ」


 確かにイチトは『星群』を隠すために一度はニコラを静止した。

 だがそれは民間人への被害が出ないことを前提にした行動。

 両親を殺されて、復讐のために宙域に入ったイチトには、それを見逃すことはできない。


「……わかったよ、手出して」

「ああ」


 カシャッ。

 奇妙な音がして、イチトの手に冷たい感覚が伝わってくる。

 その手には、縄の高速に加えてもう一つ、金属の輪がかかっていた。


「……どういうことだ」

「一つ、ハッキリさせたくてね。イチト、君にとって一番重要なのは、何?」

「復讐だ」

「なら、今ここで戦うべきじゃない。やるなら私達が引き剥がされる、一番目撃者が少ないタイミングだ」


 要するに、ニコラはこう言っているのだ。

 復讐のために、あの親子を見捨てろ。


「この件が終わったら、お前を殺す」

「おお怖い。終わった後でできるならやってみ。あと、私は君と同意見だよ」

「馬鹿にするのも大概にしろよ。どこが同じだ」

「あの人たちを、死なせたくないってところ」


 何を思ったか、ニコラは壁に体を押し付けて立ち上がると、キッと怒ったような表情を作った。

 しかしその目は真剣そのものだ。

 これは本当に作った顔なのか。実はこの感情が、ニコラの中に隠されていたのではないか、と思えるような怒りがそこにあった。


「おい!何を立ち上がってる!」

「子供相手にそんなことをして、恥ずかしくないの?」

「……はあ?」

「銃を持って、大人数で、それでやることが脅し?たかが子供を黙らせるために!」


 空気が変わる。

 誘拐犯達が作り上げた恐怖が、ニコラの勇気で和らいでいく。


 そしてその恐怖は、何の勝算もないのに立ち上がったニコラの方へと向けられる。

 力もない、武器もない。『星群』すらも封じた少女が、言葉だけで場所を支配したのだ。


 そして隣に座る少年の思考も、完全にその少女に崩壊させられた。

 一か八かで救うための策が全て瓦解し、やるべきことがたった一つの確実なことへと変わる。


 イチトは気付かれないように、そっとニコラの足首を握る。

 『星群』を発動させ、最悪でも敵の銃撃を避けられるように。

 その瞬間、足首に妙な膨らみを感じた。

 見ると、靴下の上にほんの少し、金属製の何がが飛び出している。

 手錠の鍵だと気付くまでには、そう時間はかからなかった。


「……」


 イチトはそれをそっと引き抜き、手錠を外す。

「うるせえガキを黙らせて何が悪いんだ?」

「なら君の口も閉じてあげようか?」

 ニコラはそれを察知すると、座った人を掻き分けて一番前まで進み、まるで盾になるかのようにぐっと地面を踏みしめた。


「!?」

 イチトはその行動が理解できなかった。

 だが全て、間違いなく計算された上の動きであることも理解した。


 手錠はイチトを抑えるためだけでなく、その後『星群』を使うと勘違いした手を離させるためにも使われた。


 ニコラにとって、生身で誘拐犯の注目と殺意を一身に浴びることは、計画通りだったのだ。

 そしてイチトから離れたのは、恐らく何もするなという合図。

 それはわかる。だがそこから何をするつもりなのかがイチトには欠片もわからなかった。


(考えろ!一体あいつは何を望んでいる!?何故それを伝えずに行った!)

 心の中でそう呟いてから、イチトは気付いた。

 伝える時間はあった。つまり教えられない理由がある。


 では何故教えられないのか。イチトが知らない方が上手くいく作戦なのか。


 違う。それなら先に静かにしていて、とでも言う。


 つまり今、イチトが必死で脳細胞を磨り潰しそうな速度で思考を続けていることまで含めて、ニコラは想定していたのだ。


「あんまり調子のるんじゃねえぞ?」

 そうこうしている間に、ニコラの脳天には銃口が突きつけられていた。

 死ぬ気か、という言葉を必死で噛み殺す。


「……!」

 そうだ、死ぬ気だ。

 ニコラが死ぬ覚悟で立ち上がったとすれば、すべての辻褄が合う。

 止められずに囮になるには、イチトに悟られてはならなかった。

 だから最初は何も言わずに動き、足を掴むよう誘導した。そして鍵の存在で意識を手の開放に向けさせ、その隙に助けの手が届かない位置まで移動した。


 これでイチトは意図を考え、その結果何もない事に気付き打開する手段を考えだした。

 考えるなと言わなかったのは、状況を打開する方法を考えて欲しいからだったのだ。

 離れたのは、恐らく『星群』使わない方法を考えろ、ということだろう。ギリギリ手が届かない程度の位置で止まれば、使うことも視野に入れてしまったはずだ。


 だがそれは、半ば自殺のようなもの。

 いつ鉛で出来た異物が体に螺子込まれてもおかしくはない状況で、前に出るのは蛮勇が過ぎる。

 今考えるべきことではないだろうが、やった理由が全くわからない。


 ともかく、周囲を観察する。

 敵の数は見えるだけで十人程度。

 『星群』を使ったところで同時に殺せるわけでもないため、強引な手段は不可能。

 手元にあるのは、ニコラが最近よく使う伸びる手錠だけだ。

 一先ず手だけでもどうにかするため、手錠を使って縄を解していく。


「ってお前!まさか宙域のニコラか!?」

 だが状況はそんな間にも変化していた。

 誘拐グループの一人が、ニコラのことを知っていた。そして宙域の、と言うのだから、恐らくイチトについても。

 素早く手錠を尻ポケットに入れ、傷付いた縄を握って誤魔化す。


「宙域……!?嘘でしょ」

「そんな……犯罪者だけじゃなくて宙域までいるなんて!」

「でも、今なら助けにはなるんじゃないの!?」

「馬鹿、その次は俺達が殺されるだろ」


 周りの声も、宙域の乱入に怯えるものが殆どだ。

 普段、宇宙の平和を守っていようが、近付いて来るなら危険人物でしかない。なんとも人間らしい考えだ。


「だっ、黙れっ!静かにしろっ!全部お前のせいだぞ!」

「……にゃはー、ばぁれちったかあ」

 ニコラは咄嗟にいつもの笑顔を纏い直す。

 人々は恐怖同士の争いが過ぎ去るのを待つばかりだった。


「なんで宙域サマがここにいやがる!」

「休日を優雅に豪華な場所で過ごそうかと思ってね」

「嘘ついてんじゃねえよ!」

 銃を向けているはずが、男の方が冷静さを失っていく。

 そして突然、周囲を見渡したかと思うと、イチトの存在に気付いてカッと目を開いた。


「う、うわあっ!?いるっ!?イチトと、ニコラ!『双子』が揃ってる!」

「なあ、そろそろ落ち着けよ、ベルガー」

 焦る男、ベルガーを親しげに呼び、ついでに拳銃を突きつけたのはガナバだった。


「えっ、ガナバ、さん!?」

「台無しなんだよ。折角怯えさせて言う事聞きやすくしたいのに、お前が怯えてたらよ」

 怯えたのを見た時はこのまま押し切れるかとも考えたが、やはり指名手配犯は格が違った。

 一瞬で場を新鮮で濃厚な恐怖で包み、支配してみせた。


 銃を向けられても平然としていたニコラですら、僅かに後ずさる。

 命の危険に晒されているのは、自分ではないのにだ。


「……それで?一体何で宙域の『双子』がここにいる?」

「さいとしーいんぐ。ってか、双子って何のこと?血縁ないよ?」

「知らないのか?裏社会でお前らは、恨まれて懸賞金がかかってるんだよ。そのついでにつけられた二つ名が、『双子』」

 ガナバが言い終えた瞬間、パァンと乾いた音が響く。

 そしてニコラの耳には、一センチ程の穴が空いていた。


「痛っ、づううううぅ!?なん、で!」

「冗談はよせ。宙域の中でも上位の化け物が、観光でこんな所に来るかよ」

「……結構マジだったんだけどね」

「それで、そろそろ話す気になったか?」

「俺から、話しても良いか?」


 もう一度引き金に手がかけられたのを見て、イチトは口を挟んだ。

「内容次第だ」

 銃口はニコラに向いたまま。イチトを撃つよりも脅迫として使えると考えたのだろう。


「俺達専用の武器を作りに来た。裏で知れ渡ってるとは思わなかったが、そろそろもっと強くなりたいと思ってな」

「この女は何故隠した?」

「違うな。俺がニコラに隠したんだ。そいつはデザインを重視して、余計な変更を加える」

「そうか。ま、たしかに煩そうだな、コイツは」


 イチトは宙域に来てからというものの、口から出任せを言う技術が上がっていると感じた。

 今回はそれが幸いして、ガナバを頷かせることに成功した。しかしながら、何故か銃口は据えられたままだ。


「さて、次の質問だ。宙域は次、どこを攻める?」

「下っ端にはわからねえよ」

「じゃあこの場で二階級特進すりゃわかるか?」

 ガナバは引き金に指をかけた。

 警察等の組織では任務中に死んだ場合、二階級昇進するという。つまりここで死にたくなければ吐けということだろう。


「俺の予想になるが、近いうちデカい任務が始まる」

「予想?まだ俺をからかってんのか」

「突然、初めて長期休暇を出された。死ぬ前に家族に合わせてやろうって魂胆だろ」

「へえ……」


 まだ銃口は動かない。だが何を聞くべきか悩んでいるのか、口も微動だにしない。

 その間に、イチトは不自然にならない程度に周囲の様子を伺う。


 銃を持ったガナバの部下達は、『双子』とやらとガナバに怯えているらしく、時折怯えた視線を向ける。

 天井には大きなシャンデリアがあるが、天井が高い上に、その下に人質がいるから使うこともできない。

 ドアは閉じられており、その上にある細長い摺りガラスからでは、外の様子を満足に知ることはできない。


 そんな中、イチトはガナバの部下達が最初より少ないことに気がついた。

「……」

 明らかに異常だ。

 普通、一つの船を占領するのなら、人質を一箇所に集めて管理しやすくする。

 だから時間が経つにつれて、この部屋の人間は増えていくはずだ。


 だが現実は逆。じわり、じわりと、違和感を覚えて様子を見に行った者が、二度と戻って来ない。


 こんな事態を引き起こせるのは、恐らくこの船には一人しかいない。

(トレハだな……)

 この場にいない唯一の仲間の名前を、イチトは思い浮かべた。


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