第97話 たった一人の援軍

 全てを終えたイチトとレイは、ひたすら歩いて集合場所へと向かう。

 そして同時に、レイの行動に制限を設けていった。

 解釈次第で殺しも主人の変更も自由自在のAIを従えるのは、流石のイチトでも嫌だった。


「まず、マスターの変更は一日一回。それと、マスター画像を二つにできるか?どっちも俺の顔でいい」

「増やすのは無理です。回数制限は承りました」

「なら次だ。人じゃないってことで殺すやつは、宙域の隊員に使うなよ」

「隊員はどう判別すれば?」

「あー、当面は制服で判断しろ。あとは、そうだな」


 イチトはレイの耳に手を伸ばすと、そのポケットにあったチップを接続した。

 飾り気も何もないチップだが、表面に金属光沢があるため、まるでピアスをつけているかのように輝いた。


「これで電波繋げるか?」

「あ、来てますね。数十年ぶりの圏内です。やっぱり落ち着きますね」

「そうなのか」

「はい」


 運用に最低限必要な準備をしつつ歩いていると、目的地にはすぐにたどり着いた。

 するとこちらの姿に気付いたトレハは、手を振りながら大声で叫ぶ。


「イチト!上手くいったんだな!」

「よーし、そんじゃサッサと帰ろう。他の電波塔はトレハがやっといたから」

「コイツマジで一個も手伝わなかったからな。ここで寝てただけだぞ」


 ニコラはいつも以上にやる気がないが、それ以外は何一つ問題ない。

 トゥルブリムと芸術系の手配犯二人を倒した上に、電波塔をいくつか設置したのだから、成果としても十分だろう。


「そうか、助かった。それじゃあ、流石に一回戻るか?全員怪我酷いし」

「……マスター。即座の帰還を推奨します」

「ん?今そう言っただろ」

「今、すぐです!」


 その声だけで、もはや一刻の猶予もないことは全員に伝わった。

 イチトと即座にニコラの、レイはトレハのバイクにまたがり、全速力で上に飛んだ。


「レイ、説明しろ!何が来た!」

「電波を感じました。恐らくですが……下がって下さい!」


 レイが制止した瞬間、その頭上を銃弾が飛んでいった。それも、数え切れぬ程の弾幕となって。

 更にそれだけではとどまらず、弾幕はじわじわと高度を下げ、三人の命を狙うように動く。


「クソッ、一体何だっ!」

 イチトは襲撃者の正体を知るべく、後ろを振りむいた。

 そこにいたのは、ティターンだった。

 それも、一体ではなく何十、ともすれば百を越えかねない数のティターンがそこにいた。


「どうなってやがんだっ!?」

 さしものイチトもあまりの光景に絶叫し、わが目を疑った。

「え、何!どしたの!」


「レイより性能上のアンドロイド!大群!多分人を殺せる!」

「うっそだろオイオイオイオイオイオイ!死ぬだろ!」

「レイ!宙域に救援要請!さっきのチップに連絡方法入れた!」

「了解!」


 イチトは半ばパニックになりながらも、ニコラのポケットから手錠を取り出し、体をバイクに固定して立ち上がった。


「ニコラ!『星群』使うぞ!脱げ!」

「言い方ってもんがあるでしょうが!?」

 文句をいいつつも仕方がないことはわかっているので、ニコラは素早くジャケットを脱ぎ捨て、上半身にはブラジャーのみという、あられもない姿になった。


 イチトはズボンの裾捲り上げると、ニコラの背中に足を密着させる。

 

 どくん。


 『双騎当千』が発動した。

 心臓が、足が、どくんどくんと揺れ動く。

 触れ合った所から力が溢れ、全身に淀みなく流れていく。

 二人で一つの『星群』が、二人に力を与えていく。


 そして二人は、目を見開いた。


「ってかニコラ!風圧防壁は!」

「あったらもうつけてる!多分、コンテナ乗せるのに誤作動されたらマズいから、部品外したんだと思う!」

「ク、ソ、がああああっ!」


 上から覆いかぶさるように弾幕を張られたため、二台のバイクは下降ついでに逃げる逃げる。

 だがアンドロイドの大群からは逃れられない。下に下にと逃げ続けた結果、たどり着いたのは逃げ道もない地上。

 すると銃弾は上を抑えつつ、更に左右からその逃げ道を狭めていく。


「レイ!連絡は」

「残念な報告があります

「え、何、すげえ聞きたくねえ言い方だな!?」

「増援は、雀の涙ほど。それに恐らくですが、間に合いません」


 助からない。

 その言葉をレイは飲み込んだが、嫌でも三人には伝わる。

「レイ!お前はトレハを守れ!」

 だが、イチトは諦めなかった。


「なっ!?ですが!」

「俺は助かるけどそっちは大丈夫かよ!?」

「いいから、命令だ!とにかく時間稼いで、射程外まで逃げるぞ!」

「了、解っ!」


 レイは不可能だと分かっていても、命令を受けるしかなかった。

 今すぐマスターを書き換えて守るという手段は、ついさっき封じられていた。


 本当はイチトにも、人を守れなんて命令ができるほどの余裕はない。

 だがそれでも、これ以上誰かを見捨てて生き永らえるのは嫌だった。

 復讐者として恥じぬために、仲間を守り抜きたかった。


「あ、ロボ!背中頂戴!あれあった方がいいでしょ!」

「背中!?」

「そうですね、マスター!これを!」


 レイは自身の背中を外すと、イチトに向かって投げた。

 イチトは更なる意味不明の追加に頭が痛くなりながらも、生存率を少しでも上げるためにそれを構えた。


「イチト!これも使え!形は指示すりゃ変える!」

 トレハは『星群』で、刀の水銀を広げ、盾から出た部分を守るように広げた。

 直後、弾幕はついに三人を一体へと、到達した。


 嵐。


 そうとしか形容できない、視認すら不可能な弾幕が、止まることなく襲い来る。

 銃の射程など越えた距離で、更に半分以上は盾とトレハの『星群』で防いでいるのに、それでもまだ押し寄せる銃弾を捌き切ることができない。


「ぐううううううう!!」

 イチトの体には更なる傷が刻まれ、銃弾がめり込む。

 横向きになって接触面積を減らしても、頭と胸を守るのが精一杯で、腹は宙域制服の防御力に任せ、毎秒鉄で殴られ続けるような衝撃を受け続けるしかなかった。


「マスター、大丈夫ですか、マスター!」

「かっ、はっ」

 あばら骨全てか完全に粉となり、肺にも強烈なダメージが入る。

 止むことなく吐き気が全身を襲い、呼吸が完全に止まる。


 それでも必死に手を動かし、致命傷だけは避け続ける。銃口を向けるアンドロイドの弾が、届かぬ距離に至るまで。

 だが、そんな希望を打ち砕くように、腕の骨すらへし折れる。


「「イチトっ!」」

「マスター!」

 悲痛な叫びは、弾丸を防げない。

 必死の抵抗など、時間稼ぎにしかならないとあざ笑うように、凶弾がイチトの心臓に迫る。

 もはや、それを防ぐ手だては残されていない。


「おいおい、大丈夫かよ」

 そんな時に、声が聞こえた。

 銃声の中でもはっきり通る、豪快な声が。

 そして次の瞬間、爆発と見まがうほどの風が吹きすさび、全ての銃弾が吹き飛んだ。

 何よりも驚嘆すべきことは、その全てをたった一人の男が行ったのだということ。


「……おい、レイ」

「なんでしょうか」

「お前、正確には何て言われた?」

「『ガルマを走って行かせた』、と」


 たった一人、それも走って行かせたとなれば、レイが雀の涙で、間に合わないと判断したのも仕方のないことだ。

 だが、どうしてもイチトは思わずにはいられなかった。


「今度から、妙な要約はするな」

「はい……」

 後はただ、見ているだけで良かった。


 レイ以上の性能を持つティターンの試作品が、腕を一振りする毎にスクラップと化していく。

 銃弾の嵐よりも尚恐ろしい、一人の人間。

 それこそが、宙域の警部。

 それこそが、ガルマ・タウゼ。

 宙域最強の男だった。


「そりゃ、辞職者減るよな……」

 三人はもう、痛みも忘れて驚嘆することしかできなかった。

 そんな中、レイはぶるりと震え、口を開くとそのスピーカーから別の女の声を出した。

 通話の受信だ。


『あー、あー、こちらヴィーシ。聞こえる?増援届いた?』

「……ああ。最高のが、一人な」

『そう。間に合って良かったわ』

「でも、大丈夫なのか?作戦中は警部、出撃禁止だろ」

『ええ。だから作戦を一度終了したの。それなりに人戻ってきてたし、一度離陸するってことで納得させたみたいよ』


 作戦中は動けない戦力を動かす為に、一度作戦を終了する。

 屁理屈だが、非戦闘員からすれば安全が守られていれば、破られてもいい約束なのだろう。


「バグ技みたいな言い訳だな……」

「キミもさっきバグでそのAI騙してたじゃん」

「黙っとけニコラ。ってか、何でそこまでして助けたんだ?たかが隊員三人、ネイピアなら切り捨てるんじゃないか」

『百体近いアンドロイドの写真見せたら、艦長様が一瞬で全部決めたわ。宙域として、危険過ぎて放置できないってね』


 イチトはそう言われて、もう一度戦場を振り返る。

 だが、そこにはもはや一体たりとも、アンドロイドは残っていなかった。

 全て、たった一人の男によってスクラップにされたためだ。

 寸前まで殺されかけていなければ、イチトは危険という言葉に疑問符をつけていただろう。


「おーい、イチト!なかなか良い戦場用意してくれたな!次も、こういうのあったら呼んでくれ!」

「……はい」

 二度とあってたまるか。

 三人は、そう思った。

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