第96話 人殺し、神殺し
「っ、まさか、これは貴方たちが!」
「言ったでしょう、問題が違うと」
有利に進んでいたはずの銃撃戦は、爆風という予想外の乱入者によって互角、いや、不利になった。
元から爆発を予測し、それを組み込んで動いている方が機先を制するのは当然だ。
「ですが、この程度の不利、覆して」
ドゴオオオオオオォン!
口に出した瞬間、二度目の爆発。
再び盤面はひっくり返され、よりティターンに不利な状況が現れる。
「何発、仕込んでるっ!」
「さあ、どうでしょうね」
撃てども撃てども覆らない、知識の有無による差は広がっていく。
次はどこで爆破が起こるのか、常に考えながら戦うティターンの計算の負荷は、レイに比べて桁違いに大きい。
更にティターンは今、この場で次の一手を考え抜かねばならないが、レイは既にこの状況を予測し、その先まで読んで銃撃を行う。
有利が有利を呼び、戦況は傍目にも明らかなほど開いた。
「舐めないで、頂けますかっ!」
だが、ティターンも黙ってやられはしない。
レイが最適な行動から外れた瞬間、爆発位置とタイミングを予測し、そして爆発を考慮した上での最適解を導き出して反撃に打って出る。
「どこを撃ってるんですか?」
だが、それすらも掌の上。
爆発は、起こらなかった。
レイは爆発が起こるように見せかけ、それに合わせた攻撃をすることで、更なる有利を作り出したのだ。
まんまと引っかかったティターンの胴に、銃弾が掠めて赤熱する。
「そっちこそ、壊せないなら無駄撃ちですよ!」
だが、これは壊れるまで続く戦い。
いくら胴に銃を叩き込もうと、周囲を炎で包もうと、最後、動けなくなるまで銃弾を叩き込んだ側が勝つのだ。
ドゴオオオオオオオオォン!
次の爆発が起こる。
だが今度はその威力が三倍にまで膨れ上がっていた。
予想だにしない威力の変更に、ティターンの演算は更に遅くなる。
「負け、ません!マスターに、勝利を捧げなければ!」
「いいえ、貴方は負けます。絶対に」
いつしか戦場は燃え盛る炎に包まれた。
そんな中でも二体のAIは、ただ勝利のために全力を尽くし、目の前の敵を打ち倒さんと弾丸を放つ。
異次元の銃撃戦は、炎よりも尚熱く、二人の体を滾らせた。
「「あああああああああああああああああああ!」」
声など上げる必要はないのに、それで戦況は変わらないのに、二体のAIは吠えたてた。
銃とファンが唸る唸る。
「くたばれ、旧型っ!」
「消えろ、ティターン!」
あるはずのない心が、燃え盛る。
互いの銃が一直線に並び、同時に引き金を引いた。
だが、銃口から姿を見せた弾丸は一つだけだった。
それは真っすぐ、もう一方の銃口へと吸い込まれ、銃を爆発四散させた。
「な、ぜ」
呟いたのは、ティターン。
弾数を間違えたわけではない。また、銃の不具合でもない。
原因は、単純明快。コンピューターが生まれて以来の、性能を抑制する原因。
「熱暴走!?」
戦場から離れ、戦いを眺めていたトゥルブリムが叫ぶ。
信じられないが、見れば見る程そうとしか思えない。
炎で熱され、一方的に負荷の多い計算を行っていた。
その上相手のCPUは消費電力が少ない。つまり導電に伴う発熱も小さい。
「そうか、発熱の差か……!」
「ああ。ついでに言うならレイは内部に入ってる水を使って熱を排出する水冷で、ティターンは外部の空気を吹き付けて冷やす空冷だ。外が熱くなった影響を先に受けるのは、当然空冷だ」
勝負はまだ続いていた。
ティターンは計算リソースを数秒生き残ることに集中して、何とか強制停止だけは避けようと必死で抗う。
だがそれで拳銃一丁の差は補えない。
アームを撃たれ、銃を壊され、文字通り手も足も出ないようにされていく。
「や、め」
「終わりです」
乾いた音が連続で響く。
それは、終わりを告げる合図。
後には、動かなくなった機械が転がっていた。
レイは決して振り返ることなく、新たなマスターの所へと歩いていった。
「……劣った手札を発想で補い、勝つ。なるほど、その発想力は研究に向いてそうだ」
「劣る手札、とは思わないがな。用途が違うだけだ」
「見解の相違だね。それじゃあ、予備の機体とバイクを交換したりは」
「いらねえよ。俺には高性能なんかより、電池持ちのが重要だ」
今回は偶然AI同士の演算勝負になったため、その性能差が重要になった。
だが普段、銃で敵を仕留める程度なら、これほど高度な計算は必要ない。
寧ろ長時間参戦できるように、消費電力を押さえたレイの方が便利だ。
「そうか、残念だ。しかし、どうやって宙域から逃げおおせようか」
「無理だろ。目の前にいるんだぜ」
「……私を殺すか?」
「微妙なところだ。世界経済の崩壊はとんでもない悪行だが、あんたはそこまで想定してなかっただろうしな」
「だろうね。君は多分、この戦いにも乗り気じゃなかった。ただ、レイを完全に自分のものにするためにこんな真似をしたんだろう?君が勝った時の報酬を決めてなかったし、今後宙域とレイには関わらない、っていうのはどうだろう」
「別に宙域はどうでもいい。それより、アンドロイドをもう作らず、売らないと誓え」
「はは、私は研究、要するにアンドロイドを作るのが趣味で、仕事なんだ。止めたら死んでしまうよ。他に要求はないかい?」
イチトは何も答えず、トゥルブリムを眺める。
答える理由は、もはや存在しなかったから。
「レイ」
「はい、マスター」
「お前はどうしたい」
イチトは任務を終えたAIに、即座に新たな任務を与えた。
それを聞いた瞬間、トゥルブリムは安堵した。
人を殺せないレイに言った時点で、答えは既に決まっている。
あとはただ、衛星からの脱出手段を考えるだけだ。
そう思っていたところ、唐突に、レイは銃を構えた。
「……?」
トゥルブリムは、全く何がおこっているのか分からなかった。
というより、その行為に意味を見出せなかった。
レイは、人を撃てない。それを書き換えられるのは、作成者であるトゥルブリムのみ。これはマスターの指定とは全く別に、変更不可能な事象として登録してある。
手放したのも精々数か月前の話で、その期間でセキュリティの解除はできない。
目の前の少年がそれを知らないほど愚かだとも思えなかった。
「何の真似だ?お前に、人は殺せないだろ」
「確かに、人は殺せません」
レイは答え、そして一歩一歩近づき、トゥルブリムの口の中に拳銃の先を押し込んだ。
「!?」
「ですが、神ならば殺せます」
何を、と言いかけて思い出す。
クロイとの会話中に、自らを神と言ったかもしれないと。
「どうやって言わせようか悩んでたんだが、想像より単純だったよ、あんたは」
イチトは吐き捨て、苦悶の表情を浮かべるトゥルブリムに追い打ちをかける。
だがトゥルブリムには、まだ余裕があった。
口に銃を入れられているのは恐ろしいし、呼吸もままならず苦しいが、やはりレイには殺せないのを知っていたからだ。
人を殺せない、というのは、AIを作る上で最も重要なことだ。そこだけは絶対に失敗しない。
「撃てないって、思ってるんだろうな」
だがそれを見透かしたように、イチトは呟いた。
「確かに、人を殺せないようにしてる部分は書き換えてない。でもな」
たらりと、トゥルブリムの背筋を汗が流れる。
その原因は、燃え盛る炎の熱さだけではなかった。
「人を認識するAIは、初期化できる」
呼吸が、止まる。
もし、人を見分けるAIが機能しないよう、初期化されていたなら。
レイの目では、トゥルブリムが人であることがわからない。
傷害を止める機能は、作動しない。
「んんんんんー!!」
悲鳴を上げた瞬間、その喉を弾丸が貫いた。
穴からは血がぼたぼたと溢れ、それに伴って悲鳴も小さくなっていく。
「読みやすいコードだった。発想も素晴らしい。学者としては最高峰だったのが、コードだけでもよくわかったよ」
イチトは、レイを作りあげ、更にそこから改良して見せた、学者としてのトゥルブリムのことを尊敬していた。
「でも、あんたは一般人を巻き込む。それだけで俺にとっては、十分殺すに値する犯罪者だ」
だが、その人間性に関しては話が別だ。
研究の為なら人の命すら厭わず、人を殺せるアンドロイドを売りさばこうとする人間を、復讐者としてのイチトが見逃せるはずがない。
レイが殺さずとも、その命を奪おうとすら考えていたほどだ。
もはやトゥルブリムは聞いていない。あまりの痛みに、聞く余裕もない。
次第に目の光が失われ、体は痙攣すらしなくなった。
今ここに、世界で初めてのAIによる殺人は成し遂げられた。
「お前は、これでよかったのか?」
イチトはそれを成したAIに問う。
「はい。価値を認めては貰えませんでしたが、後悔はさせられたでしょう。それに今は、貴方がマスターです。私は貴方に認めて欲しい」
「……そうか。レイ」
「何でしょうか」
「よくやった。行くぞ」
「はい、マスター」
二人は人でも神でもなくなった死体を置いて、その場を後にした。
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