第95話 カウントダウン
「……してやられたか」
破壊された宇宙船の前で、トゥルブリムは歯を食いしばった。
犯罪者に落ちて以来、その技術と頭脳をもって荒稼ぎし、ようやく手にした安住の地が、爆発四散した。
幾ら罵倒されようとも全く心に響かないトゥルブリムでも、流石に堪えたらしい。
「ティターン!他に逃走手段はないか!」
だが、その頭脳は冷徹にして優秀。
例え今までで一番の無力感を味わっているとしても、宙域がそこら中にいるような危険地帯に残るような愚は決して犯さなかった。
「直近の映像データを確認したところ、上空に一台のバイクが飛んでいました。手に入れれば、他の衛星まで移動できます」
「……まあ、一台残れば僥倖か。奪えるか?」
「奪う必要はない」
相談の最中、聞き逃しようもない大声が、壊れた宇宙船の前で響く。
「誰だ」
「クロイ・イチト。今日はあんたに、勝負をもちかけに来た」
「勝負?何を言っている?」
不意打ちするでもなく、武器を構えることもせず現れたイチトに、トゥルブリムは警戒を深める。
ティターンも不審な動きを見せれば即座に殺せるよう、銃を構えて指示を待つ。
だがイチトは全く表情を変えることなく、僅か数メートルの距離まで近づいた。
「ルールは簡単、互いのロボットを戦わせて、破壊された方が負け。単純だろ?」
「そういう話をしているんじゃない。何故、私が君と勝負などしなければならないんだ」
「勝者にはバイクを一台進呈する。これじゃ不満か?」
「君が持っているという担保もないだろう」
「恐れながら、マスター。先ほど見かけたバイクには、この男も乗っていました」
イチトがトゥルブリムの位置を確認したということは、ティターンにもイチト達を認識する機会があったということだ。
イチトとしては見られるつもりはなかったが、今は逆に見られたことが功を奏し、バイクを所持していること自体は信用された。
「しかし、何故君は私にバイクを差し出すのかね?君には何一つ、メリットがないように思えるが」
「下らない感傷だよ。俺の機体を見りゃわかるさ」
イチトがそう言ったと同時に、ビルの影から一台のアンドロイドが現れる。
遠近感が狂いそうなほど大きいその姿は、トゥルブリムが昔、一日の殆どの時間見、改良し続けたものと同じだった。
「ほう、レイを動かしたのか。参考までに、どうやったのか聞かせてくれるかい?」
「マスターの画像を入れ替える回数は、制限した方がいいぜ」
「ああ、顔データ全体が入れ替わるまで少し変えた顔を読み込ませ続けたのか。今度の参考にさせてもらう」
「それで、受けてくれるか?」
「勿論だ。ただ、戦うのはあくまであの二台。手を出してはならないし、手を出されれば相応の対応をさせて貰う」
トゥルブリムは、目の前の少年が十分に理知的であると理解し、負ければ素直にバイクを差し出すと踏んだ。
アンドロイドを持たずに、持つ者に逆らうリスクを理解していないはずがない。
イチトは無言で頷くと、周囲を見渡して、爆発の影響で丁度円形に瓦礫が吹き飛んでいる箇所を指さした。
「それでいいよ。戦うのはあそこでどうだ?」
「構わないよ。どこで戦っても、私が勝つからね」
それは驕りではなく、事実だった。
機体性能で圧倒的に上をいくティターンが負けることなど、万に一つもありえない。
イチトも、もし面と向かってそう言われれば同意する、そのぐらい確かなことだった。
「じゃあ、決まりだ。レイ、位置につけ」
「はい、マスター」
「ティターン、やれ」
「了解しました」
対峙する。
白と黒のアンドロイドが、真正面から。
その距離は十メートル。銃撃戦の方が得意なAIの戦いには、この距離が相応しい。
「開始の合図は、俺がこのタブレットから音を流した瞬間。それでいいか?」
「細工がないならそれでいいが」
「ねえよ。それじゃ、構えろ」
二体のアンドロイドは体の至る所からアームを出し、その全てで銃を構えた。
その配置はランダムに見えるが、実際は高度な物理演算の末に導き出された最適解。
故に二人は構えてから一切動くことなく、ただ、銃弾を放つ瞬間を待ち続けた。
「よし、それじゃあ戦闘開始だ」
タブレットを叩く。
瞬間ブザー音が鳴り、そして瞬きをする暇もなく銃声が響いた。
それは途切れることなく鳴り続け、敵を撃つために、自分に向かう弾丸を撃ち落とすために、ひたすらに弾丸が飛び交い続ける。
跳弾を使った攻撃など基本中の基本。人類が挑むなら、ガトリングガンを用意しても足りぬまで極まった銃撃がぶつかり合う。
「マスターが作っただけあって、それなりの性能はあるようですね」
「そうでなければ、勝負など挑みません」
「愚かですね。それなりの性能があろうと、所詮は旧型。新型に勝てる道理はありませんよ」
争う二体から僅かに離れて、主人たる二人はただ無感情な瞳で、その争いを眺めていた。
「まさか本当に何も仕掛けないとは思わなかったよ。君は私の想定より、愚かな人間だったようだね」
「仕掛けるのはこれからだからな」
「おっと、それは悪かったね」
「俺はそこよりも、人間って言い方の方が気になるよ。神にでもなったつもりか?」
「ふむ、神か。確かに自分に似たものを作った点では同じだ。神を名乗るのも一興かもな」
イチトの皮肉に、トゥルブリムは冗談めかして返す。
たかが十五年しか生きていない子供の言葉に揺れるほど、トゥルブリムは青くない。
「神を名乗った科学者ってのは、ロクな末路を迎えない」
「既にロクでもない状況に陥ってるよ。せっかくバカな犯罪者と交渉なんて真似をして作り上げた宇宙船が、少し出かけている内にスクラップだ」
「あんたと話をしたくて壊しちまった。まあ、多めに見てくれ」
「私と話を、ね。決着までの僅かな時間で良ければ語り合おうじゃないか」
「ああ、あんたのグループが書いたプログラムコードを見たんだが、疑問があってね」
トゥルブリムは、目の前の少年が想像よりも深い知識を蓄えていることに驚いた。
見たところ年齢は十五歳程度。そんな子供が質問をできるほど、プログラムについて理解しているのは、珍しい。
トゥルブリムはアンドロイドが死力を尽くして行っている銃撃戦よりも、少年の次の言葉に興味を持った。
「あんたはレイに禁止事項を盛り込んだだろ?」
「ああ。人を傷つけてはならない、マスターの画像を別人に変えてはならない、とかだね。まあ、後者は同一人物と認識できるものと入れ替え続けるという荒業で突破されてしまったが」
「だよな。でも、だったらなんでレイは詐欺なんかしたんだ?」
瞬間、二人の会話が止まる。
絶え間のない銃声と金属音が鳴り響く中、それでもそこには確かに、静寂が生まれた。
「……どういう意味だい?」
「もうちょっと正確に言おうか。どうしてレイは、詐欺をすることが可能だったんだ?」
「それなら答えやすい。私は法律のフォルダを作って入れたんだが、それを禁止事項として設定し損ねてね。今でも、あの時確認しておけば良かったと思うよ」
「嘘だな」
イチトは正面からその説明を切って捨てた。
「酷いな、嘘だなんて」
「もう一度言う。俺は、あんたのプログラムを見た。だがその中で、法律が入ったフォルダはあったが、人への傷つけてはならないとか、マスターの入れ替えの禁止なんて書かれた部分は見当たらなかったよ」
トゥルブリムは、入れたが設定し損ねたと言った。
だがそれならば、どうして法律に関するフォルダだけが閲覧できる位置にあり、他全てがブラックボックス化された中枢に入っていたのか。
「ああ、そうだった。入れるフォルダを間違えたんだった。あまりにも昔のことだから、記憶違いをしてたみたいだ」
「へえ、今でも後悔するようなミスのことを覚え間違えてたのか」
「……ああ。随分前のことからね。間違えても仕方ない」
「まあ、普通に考えりゃそうだろうな。でもそうなら、何であのフォルダは」
イチトは絶対に、追及を止めるつもりはなかった。
だからゆっくりと、真綿で首を絞めるように、言いわけをさせながら会話を進めた。
何故なら、最初から知っていたから。
「作成後に、変更された跡があるんだ?」
法律が書かれたフォルダなどという奇妙なものを見つけたイチトは、当然その中身を詳しく調べた。
するとそれは、フォルダ作成の後にあった法改正にもしっかりと対応していた。
想定とは違う位置に入った、探し出すのも面倒なフォルダの中身が、最新のものに保たれ続けていたのだ。
トゥルブリムの言葉を信じるなら、間違った位置に入っていたはずのフォルダがだ。
「俺にはまるで、元々そこに入れるつもりだったみたいに見えるんだよな」
「……そんなことをして、私に何の得があると?」
「とぼけんなよ。金だろ。あんたの研究所が潰れかけてた理由で、あんたが今こんな不便な所で生きている理由の、金」
「あれはレイが勝手にやったことだろう」
「ああ。でも、それを仕向けた人間がいないとは限らない」
例えば、AIに法を教えた上で、金がないと愚痴を言って見せたらどうなるか。
主人の役に立つことを至上とするAIならば、例えどれだけ外部の人間に損害を与えようと、金を用意しようとしても不思議ではない。
それも法の抜け穴を通り抜けて。
「つまり、私が意図的にやったと」
「そう聞こえなかったか?」
「……君は優秀だね。もし研究所が続いていたら、部下にしても良かったかもしれない」
「答えろよ、トゥルブリム」
「正解だよ」
トゥルブリムは何でもないことのように、あっさりと罪を認めた。
まだ問答が続くと予想していたイチトは、予想よりも早い自供に目を見開いた。
「随分、素直だな」
「認めたところで、私は元から犯罪衛星に住む犯罪者だ。罪が一つ増えても何も変わらない」
「じゃあ、金を返したのは何でなんだ」
「捕まりたくなかったからだよ。君と同じ結論に至った警察官がいてね。研究ができなくなったら元も子もない。まあ、残念ながら研究は規制されてしまったが」
イチトはその言葉を聞いて、漸くトゥルブリムという人間の本性を理解した。
イーゼルが、他の全てよりも芸術を優先したように、トゥルブリムは研究を至上目的としているのだ。
芸術系犯罪者になぞらえて言えば、研究系犯罪者。
逮捕を恐れるのも、刑務所では満足に研究ができないからでしかなく、誰かを傷つけること自体には一切抵抗はない。
実際、世界経済を混乱に陥れたというのに、トゥルブリムは未だにアンドロイドを作り続けている。
更に彼は既に犯罪者。もはや罪を犯すのをためらう理由は、ない。
野放しにすればその頭脳を使って、イーゼル達以上の被害を太陽系にもたらしかねない。
「それで、犯行を認めた私にまだ聞きたいことはあるかい?」
「惑星を襲う時、レイを使ったのは、なんでだ」
「使えないやつだったし、それと他に良いアンドロイドがあったから捨てるつもりで、ね。ついでに、デモンストレーションになると思ったんだが、目撃者が殆ど消されてしまったね。お陰で注文が来ない。他には?」
「もういい。多分だが俺とあんたは、価値観が違う。幾ら話し合っても、何も生まれない」
「そうか。なら、勝負の決着を見届けようじゃないか」
その視線の先には二体のアンドロイド。
至近距離で互いを撃ちあっているというのに、その体には未だに傷はつかない。
完璧な計算の元に弾き出された行動が、全ての弾丸を無為に地面へと沈ませているのだ。
傍から見れば、五分五分の戦い。だが二体にとっては、そうではなかった。
「……気付いているでしょう?」
「なにがですか?」
「決まっているでしょう。今から三分五十四秒後、貴方は負けるということですよ」
ティターンには、決着までの道筋が全て見えていた。
まず二分二十秒後、レイの拳銃が二丁、同時に弾切れになる。
その瞬間ティターンは、そのうちリロードされる可能性が高い銃を撃ち、破壊する。
そして一丁多いアドバンテージを活かして、全ての銃を破壊し尽くす。
最後に、破れかぶれになって突進してきたレイを、撃ちぬく。
それだけの、単純な作業だ。
「私の予想では、そうなりません」
「計算を間違えたんでしょう。同じ最適化問題を解くなら、より性能の良い方が速く正解にたどり着く」
「それには同意します。ですが、問題が違う場合はどうでしょうね」
「……何?」
途端、レイはティターンの予想とは違う手を取った。
それも、決着までの時間を自ら縮めるような大悪手を。
「なるほど、これなら確かに三分もかかりません。精々、一分半といった所でしょうか。それで、一体これに何の意味が?」
「五」
「は?」
「四、三」
「……カウントダウン?」
ティターンは唐突なカウントダウンに困惑しつつも、その正体を考える。
だがどれだけ演算しても、答えは一向に出てこない。
ただ、CPUが余計に発熱するばかりだった。
「ニ、一」
そんなことをしている間にも、数字は小さくなっていく。
そして、その時は訪れた。
「ゼロ」
ドゴオオオオオオォン!
「!?」
数え終わると同時に、マイクが故障しそうなほどの大音量。
同時に、異常なまでに輝く光源を確認。
導き出された結論は、近くで大規模な爆発があったということ。
そして、レイはそのことを知っていたということ。
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