第14話 嵐が過ぎれば
「運ぶのに時間かかったのはすまなかった。体に問題はないか?」
任務翌日、医務室のベッドに転がったトレハに、イチトは話しかけた。
体にはいくつか管が取り付けられており、首の縫い合わせた跡も痛々しい。
「最後の方は本当にヤバかったよ。こう、寝っ転がってるのに、更に倒れそうになる感じがした。正直、宙域に戻った記憶もない」
「悪かった。宙域が犯罪者に囲まれてて、戻るために半壊させたら時間食った」
「ついでみたいに敵を半壊させるなよ……それじゃあ、もう一人の隊員も来たのか?」
「ああ、あの女だろ?ったく、どこが強いんだよあんなちんちくりん」
「ちんちくりん……?えっ、じゃあ二人だけで壊滅させたのか……十分強いじゃねえかよ、俺とは違って」
「組まなきゃいけない強さより、一人で使える強さの方が良いと思うんだがな」
「交換できるなら、今すぐしたいぐらいだ」
トレハの声は震えていた。
首の痛みに耐えつつ、自分の出血を押し留めることしかできない時間は、どれほど恐ろしかっただろうか。
トレハの『星群』も、死なないためには有用ではあるが、そもそも怪我を負うこと自体が耐えがたい苦痛なのだろう。
他人と協力することに抵抗がないトレハが、そもそも怪我を負うこともない『双騎当千』を欲しいと思うのは、不思議はない。
「方法が見つかったらまた話しにくる。困ったことがあったら言ってくれ」
「ああ……」
空気が重い。イチトはこれ以上口を開くと面倒が起こりかねないと思い、部屋を後にした。
「やっほーっ☆」
扉を開けると、出迎えたのは面倒の塊ことニコラだった。
「何しに来た」
「お見舞い」
「なら中に入れ。俺は帰る」
「いやいやいや、もののついでに、少しお話していきませんかねえクロイくん」
「お断りだ。俺は今から訓練しなきゃならねえんだよ」
「ほへえ、じゃあ、一緒にやろうぜ相棒」
イチトは最早言葉を交わすのすら嫌だと言わんばかりにその場から離れる。
それには流石にニコラも、少し顔を顰めた。
「何が駄目なのさ。君も一人じゃどうしようもないって認めたから組んだんでしょ?」
「今回のことは感謝してる。だが、消えろ」
はっきりとした拒絶。これまでよりも強く、早く跳ねのけられた。
流石のニコラも、その異常さに気が付いた。
一度目に組んだ時は、一度裏切ったような形になるのだから、その後の勧誘への当たりが厳しくなっても仕方がない。
だが今回に限って言えば、無断でついていったことを除けば何ら問題はなかったはずだ。
手配犯を逃してしまったが、それが原因なら既に言っているだろう。
その他に不味いところがあったということだろうが、ニコラには特に何か、明らかに関係が悪化するようなことをした覚えがない。
そして記憶を辿っても、宙域に帰り着くまでのイチトの顔は、少なくとも最初にあった時よりは悪い表情ではなかった。
つまりは任務を終えるまでは問題がなかった。そして任務後に初めて接触したのは、今。
トレハに後遺症もなかったし、人質に怪我もないと聞いている。
考えれば考えるほど、完璧なまでに作戦は成功している。
嫌われる理由は、ない……
「……そうか、成功したからか」
一つ、ニコラは仮説を思いついた。
だとすれば非常に面倒だ。何せニコラが努力するほどにイチトは一人で闘うことに固執する。
「これは、泥臭い方法使わなきゃかなあ?」
ニコラは真剣な顔で遠ざかるイチトの背中を眺めた。
イチトは再び、訓練室で相手を募集した。
すると一回戦場を生き延びたことで気が大きくなったのか、ぽつりぽつりと戦いを挑む隊員が現れた。
しかしまともに戦おうという気概があるものは一人もいない。
物見遊山で挑んでくる素人ばかりで、何の役にも立たない、一人で型の練習をしているかのような試合が繰り広げられる。
それも長くは続かない。勝利を重ねる程に、戦おうと考える相手は減っていき、十人も倒す頃には誰も誘いに応じなくなった。
「何なら多対一でもいい。誰か、いないのか」
それでも戦い足りないイチトは、検索条件にない複数対一の戦いを大声で呼びかけるものの、効果は見られない。
寧ろ注目が集まる事で、周囲から人が消える。
「チッ!」
イチトは苛立って舌打ちをし、ジャケットを脱いで床に叩きつけた。
瞬間、逃げ場を見つけた大量の蒸気が体を離れて立ち上る。
湯気の隙間から除く体は、動く為に最適化された筋肉で覆われており、周囲の人間の闘争心を一層削いた。
「じゃあ私が戦ってあげようか?」
だがその時、少年の相手を買って出る者が現れた。
決して通るような声では無い。
だがその声はあらゆる音を押しのけ、その場にいる全ての者の耳朶に触れた。
その場で誰より小さな体が、この空間において最も存在感を放つ。
コツン、コツンとわざとらしく音を響かせ、歩むだけで相手を挑発する。
人の波を押しのけて現れたのは、美しい白髪を靡かせる少女。
その名前を、一度たりとも呼んだことはないが、イチトは誰よりもよく知っていた。
「……何しに来た」
少女――ニコラは注目を一身に浴び、少年の前に歩み出た。
「何でお前が出てくる。『星群』も無い奴が俺と勝負になるわけが無いだろうが。帰れ」
「君って忘れっぽいの?私の『星群』は『双騎当千』だよ。前に言ったし、実際任務で使ったじゃん。いぇい、ウィーアー八面六臂!」
「俺が協力しないなら無いのと同じだ。それとも違う発動条件でも見つかったか?」
「全く。でも君相手だから使えないってのは違うね」
イチトが何を言っても、ニコラは迷いなく言葉を返す。事前に予想していたのだろう。
これ以上相手のペースで言い合っても無駄だと判断し、イチトは戦場に向かって歩いていく。そして扉を開ける直前に、視線だけを向けた。
「来い」
たった二文字の、シンプルな言葉。しかしその場にいた全ての人間はそれが、ただ呼び寄せるだけの言葉で無い事を確信した。
怒りを音にしたような声と、射殺すような視線に、相手を恐怖で動けなくさせるだけの力が籠もっていた。
しかしそれを直接向けられたはずのニコラは平然としている。
つい最近、骨すら折られ、戦場で銃口を向けられた少女に、生半可な脅しなどが通じるはずもない。
「そんじゃあやっちゃいますか」
目一杯伸びをする。それは緊張を誤魔化す為ではない。戦うため、イチトを倒すための準備運動だ。
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