第13話 悪より悪しき救いの手

 強化された視力で煙の中を見通すと、敵はどこかに連絡するのがやっとで、反撃をする準備はできていなかった。

 数は十人程度。だが、烏合の衆だ。


 イチトはニコラに腰を掴ませ、即座に武装を二丁拳銃銃に切り替えた。

 そしてタブレットごと指揮官らしき相手と、直ぐに武器を持った男を撃ち抜く。

 突然の死に、犯罪者は怯えて集まり、互いの背中を守った。


「馬鹿かよ」

 だが無意味。

 銃撃を受けたのだから、相手の方向を予測して戦力を集中するべきだった。

 人が重なれば、的が広がったようなもの。

 ニコラが片手で銃を持った、精度の低い射撃でも、一人の頭を撃ち抜くことができた。


「残りは、七人!」

 言葉を発する間にも、二人撃ったイチトは、残弾がないことを確認すると銃身を投げるという暴挙に出た。

 人の拳の速度は、どれだけ鍛えても五十キロ程度。だがものを投げる速度なら、その数倍にだってたどり着ける。


 更に『星群』で強化された力で投げられた鉄だ。

 直撃した二人は、殴られた以上にダメージを受け、頭蓋が砕けた。

 瞬く間に四人の犯罪者が死体へと変わる。


 犯罪者達は今判明した敵の来る方角へと銃やバズーカを向けた。

 即座にイチトはニコラと手を繋ぎ直すと、大きく横に動き、照準を振り切った。


「速えぞ!何だありゃ!?」

「噂で聞いてるだろ!変な力使ってやがるんだ!」

「何だよそれっ!」

「静かにしろ」


 脅威は、既に訪れていた。

 イチトは口を開こうとした犯罪者の首を掻き切り、更にその隣の男の首も、背後から殴りつけて折り、意識を奪う。


「てめえっ!?サツが人殺してんじゃねえよ!」

「認識が間違ってるぞ」


 パッとナイフを振った瞬間、叫ぶ男の首がずり落ちた。

 イチトは髪を掴むと、回して耳元へと近付き、囁いた。

「宙域は警察じゃねえし、お前達は、人間じゃねえ」


 人は首を切られても、暫くは音が聞こえるという話もある。

 実際のところはわからないが、少なくともその生首は、囁きに怯えるように顔を引き攣らせた。


「早いねえ。んで、この人も運ぶってことでいい?」

 他をゼロ距離射撃で片付けていたニコラは、涙を流して震える、行方不明届が出ていた男に駆け寄った。


「ひいっ!?だ、誰だ!?何をする気だ!?」

 運びやすいようにか、手足は拘束されている。ついでに視界も塞がれているため、周囲の悲鳴や銃声が恐怖を煽ったのだろう。


「落ち着け。宙域警備隊だ。あんた、名前と年齢は」

「え、えっと、ディールズ・ラグラート。二十五歳だ。た、助かるのか?」

「ああ。家族構成は?」


「同居してるのは家族は母と父、それから姉。他には……」

「十分だ。今からあんたを宙域で保護する。そう遠くない内に、家に帰れるはずだ」

「ほ、本当か!」

「ああ。色々手続きがいるから多少時間はかかるがな。それまでは衣食住の保証ぐらいはある」


 イチトは手足の拘束を外した。するディールズは目の拘束を自ら外そうとした。

「死体を見たいなら目を外せ」

 しかしイチトが軽く脅すと、恐怖で全身を凝り固まらせた。

 本当は『星群』を見せたくないという理由もあるが、わざわざ言っては意味がない。


「ってか、何で家族構成なんか聞いたの?そんな情報ないよね」

「調べてなくて焦ったら偽物だ」

「なーる。んじゃ、トレハ連れて本部いきますかあ」

「そうだな。悪いが、ちょっとだけ待っててくれ」


 二人は人質を置いて走り出し、トレハの回収へと向かった。

 だがその瞬間、その頬肉が削れ落ちた。

「っ!?」

 激痛。骨にまで響く衝撃。

 銃が掠めたのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。


「クソッ!」

「ちょ、大丈夫!?」

 イチトは即座に建物の隙間に隠れると、弾道を予測してタブレットで周囲の警戒を行った。

 するとこちらを撃ち抜いた犯人は、即座に発見出来た。


「腹掴め!」

「う、うん」


 『星群』を発動しつつ両手を自由にして、現在地を予測して数発の弾丸を放つ。

 いくつか派手な爆発が起きたのは爆音で感じ取れたが、悲鳴は全く聞こえない。叫ぶ間もなく死ぬような場所に当てられた、と考えるのは恐らく楽観的過ぎるだろう。

 試しにそこらの岩を頭のように壁の横へ持ち上げると、一瞬で銃弾が返ってきた。


「ヒッ!?」

「落ち着け」

 イチトはもう一度タブレットを取り出し、周囲の様子を伺った。


 今回は位置に当たりをつけていたため、敵の顔や体型、位置がハッキリとわかった。

 壊れたバイクの横に立つのは、身長は百八十程度の男。オレンジの髪は短く切られており、真っ白な顔の半分を埋める炎のような入墨がよく見える。


「えっ、コイツ指名手配犯じゃない!?」

「……何?」

「ほら、クラーテル!名前ぐらい聞いたことあるんじゃない?」

「ああ、そういえばこんな顔の奴もいたな。でも問題はそこよりも、こっちの弾が少ねえってことだ。移動手段を潰しちまったのは、良かったのか悪かったのか」


 二人が持つ銃を合わせても、残っているのはあと数発。

 敵に無駄撃ちさせればどうにかなるかもしれないが、予備がないとも限らない。時間をかけすぎると死にかけのトレハと無防備な人質がどうなるかわかったものではない。


「爆弾とかないの?」

「近すぎる。こっちも死ぬ」


 脳内で膨大な選択肢を浮かべては消していたところキイイインと耳に響く高音を感じた。

「まさか」

「あー、そうみたい。面倒だね、空を飛ばれるとさ」


 轟音をならしつつ現れたのは、正式には駆空四輪と呼ばれる、宙を駆ける車だった。

 重力調整装置の騒音の大きさからして、型は古いらしい。だが空中戦力というのは、それだけで非常に厄介だ。

 到着時間を考えると、呼び寄せたにしては速い。本来ならば、バズーカ部隊と協力して宙域へと立ち向かうために用意したものだったのだろう。


「降りてきてない?」

「ああ……さっき男がいた辺りだな」

「ま、手配犯だもんね。そりゃ犯罪者でも上の立場か。様子見に来たら移動手段が壊れたから、作戦ついでに拾わせたってとこ?」

「増援はまずいな、潰す」


 イチトは車が地面に降り立った瞬間、残りの銃弾を放つ。

 だが激しい金属音が聞こえた程度。先ほどのことを考えても、倒し切れたとは思えない。


 そして直後、飛び上がった車の中には、五体満足なクラーテルが乗っていた。

 それも明らかに半身を乗りだして、地表の何かを探すように。

 わざわざこのあたりの地面で探すべきものの心当たりは、一つしかなかった。


「……一発ぐらい当たりそうなもんだが、駄目だったか。ともかく行くぞ」

「まあ帰ってくれたなら運よかったじゃん」


 二人はなるべく上空から狙いにくいよう、入り組んだ道や家の中を縦横無尽に駆け巡り、離れていく。

 上空からそれを眺めるクラーテルも、今追いかけるのは得策ではないと判断し、銃を捨てて通信機を取った。

 口が何かを告げるように動いた次の瞬間、宙域本部を囲んでいた犯罪者は、一斉に持ちうる限りの火器を放った。


 ドゴオオオオオオオオオオオオオッ!

 耳が痛い、どころか吐き気を催すほどの爆音と振動。

 小さな衛星そのものを揺るがす規模の爆発だ。

 その中心にあった宇宙船など、欠片だけでも残っていたら上々だろう、と思えるほどに。


「船が……」

「流石に、やべえな。転がり込む前で良かったって思うべきか?」

「イチト、攻撃指示出したのあいつだよね?止められてたらさ」

「……そうかもな。チッ、仕方ねえ、お前と他二人だけでも責任もって」


 脱出手段をどう用立てるか考えていたところ、不意に宙域を包んでいた粉塵が晴れていく。

 その隙間から、原型を保った宙域が現れた。


 いや、正確には数箇所凹み汚れているだけで、航行不能になるような損傷は見られない。

 あれだけの弾を、あれだけの熱量をぶつけられて尚、宙域警備隊は犯罪者の前に立ちはだかっていたのだ。


「硬って〜!?あの砲撃食らってコレ?マジ?」

「『星群』か?傷跡の位置と数を見るに、効いたのは大砲だけ……強いな」

「ってか、私たちあそこに行くんだよね?一斉攻撃されてるとこにどうやって近付くの?」


 二人が分析している間にも、宙域には次々と弾が届いていた。

 大砲の装填に手間取っているから被害は出ていないが、次々に打ち込まれれば流石に本部が落ちかねない。

 だがその包囲網の一角に、明らかに攻撃の量が少ない区画があった。

 先程イチトとニコラが荒らし回った方面だ。


「このままじゃ近付けねえ。大砲一個落とすぞ」

「気軽に言ってくれるねえ。ま、できなくはなさそうだけど。どーも上の人は見切りつけたみたいだし?」


 ニコラの言う通り、上空に浮かんでいた車は、爆風に煽られただけでは説明がつかないほど遠くへと離れていた。

 命令を出してしまえば、後は自分の命が優先というわけだろう。

 イチトは遠く離れたその車の姿を目に焼き付けた。


 するとその内側から、クラーテルもこちらを見据えていた。間違いなくこの距離でこちらを認識し、そして顔を覚えようとしている。

 やはり有象無象の犯罪者とは明らかに違う。

 これだけの武器を用意する計画性と、部下を集めるカリスマ。更には逃走経路も作っておく狡猾さ。ついでに銃弾を避ける力か、運。


「できればもう関わりたくねえもんだ」

 イチトは呟くと、宣言通り大砲を奪って敵陣に打ちこむ。

 とてつもない爆音と爆風だが、宙域への攻撃を始めているため、犯罪者にはその爆発が襲撃か事故かの区別もつかない。

 既に逃げ去った司令官の指示に従って、ただ弾を放ち続ける。


「逃げりゃいいのに」

「逃げても、殺されるだろ」

 二人は戦場を荒らし回った。


 そして瞬く間に宙域本部の片側を責めていた部隊を壊滅させ、トレハと人質を回収して宙域へと舞い戻った。

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