第12話 呉越同舟
イチトは素早く銃を取り出すと、音源に向けて引き金に手をかける。
「わっ!?待ってよ私、私だって!」
「お前……!?何でここに!」
だがそこにいたのは、一度は味方として戦い、一度敵対したこともある、真っ白な髪が特徴的な少女、ニコラだった。
「実は最初から追けててね。流石に知り合いが死にかけてるのに黙ってられないよ」
「……言いたいことはあるが、今は急ぎだ、置いておく。それで手伝うから次からもお前と組めと?」
「見くびらないで。君以外の命を天秤にかけるつもりはない。強いていうなら報酬は、その男の命だよ」
「……恩に着る」
トレハを死なせないためには、条件を飲むしかないと思ってはいたイチトは少し驚いたが、今は下手なことを言って機嫌を損ねるべきではない。
即座に二人は目を瞑り、直感に道かれるまま手を伸ばした。
どくん。
手と手が触れ合い、繋がれ、血が巡る。
背負う重みは消え失せ、疲労もたちまち霧散した。
その代わりに、どこまでも走っていけそうな力がみなぎってくる。
そして二人は、目を見開いた。
「全力で走れ。速度は合わせる」
「了解」
瞬間、二人は飛ぶように走り出した。
乱立した家屋の隙間を、銃弾飛び交う戦場を、まるで平原を走るように最速で駆け抜ける。
道を塞ぐ犯罪者は、その気配に気付く前に首を折られた。
味方も睨みつけ、恐怖で道を譲らせる。向かい風すらも二人を前にしてぴたりと止んだ。
単純な速度だけで、戦場全てを思うがままに動かす。
こちらを狙う敵がいれば、即座に撃ち返して命を奪う。死体を漁る時間はないから、弾丸が切れぬよう正確に、確実に。
「背負いながら撃つの、面倒じゃない?私が背負おうか?」
「持てるなら頼む」
「う……俺の、せいで、ごめん」
「別に良いから!それより、ちゃんとこっちにしがみついて!」
「あ、あ」
トレハをニコラに渡したことで、イチトの銃撃は冴えわたる。
『星群』による動体視力強化と狙いの精度向上も相まって、一発たりとも外さない、化け物じみた銃捌きになった。
もはや五人の集団だろうとも、すれ違い様に死体へと変えられる。
「中々やるね、何人まで行ける?」
「今のは運が良かった。次はできそうにない」
「じゃあ、一回止まって。この先三百メートルに十数人の集団、その三十メートル先に七人ぐらいがお出まし」
「……迂回は」
「うーん、わかんないけど、宙域に大砲向けて色々準備してるから、下手すると囲んでそう……あ、あっちの大砲の向き考えると、やっぱり宙域がやばそう」
「運んでも宙域自体が襲われたら意味ねえな。わかった」
イチトは手で合図を送ると、近くの家の上でピタリと足を止めた。
そしてニコラの背に乗ったトレハの傷や顔色を確認し始めた。
「出血は……減ってるな」
「あ、あ。痛みに慣れて、『星群』で、な」
「意識ははっきりしてるな」
「じゃあ、もうやることは一つだね」
ニコラはそう言うと、トレハを近くに座らせた。
イチトも無言で頷き、敵の位置を頭に叩き込む。
「銃はいるか?」
「君のが上手いでしょ。ナイフで」
「何で持ってるの知ってんだよ。ほら」
イチトは腰に下げたナイフを鞘ごと渡すと、今ある銃の残弾を確認した。
そして使いやすい位置に入れなおすと、足のポケットから手榴弾を取り出す。
「目立ちすぎるか?」
「少なくとも、他の集団に気付かれると思う」
「そうだな。なら、左の方に分散したやつから、一撃で仕留めてく。……銃は使えないからお前がやれ」
「うーん、そうなると君がナイフのがいいね。やばいと思ったら撃つから、数発分欲しい」
ニコラはそういうと、余っている銃を取って代わりにナイフを入れた。
「わかった。腕の指示に従って動け」
「はいよ。できれば危険のないようにお願い」
二人は手を繋いだまま、屋根の上を走り、接近していく。
「音でバレないの?」
「当然バレる。だから今降りる。あと、ここからは静かにしておけ」
「りょかーい」
二人はなるべく音のしなさそうな、砂地の地面に向かって飛び降りた。
そして近くにあった薄汚れた布を拾い、地面に擬態して道を駆ける。
敵が陣取っていた家の真下まで気付かれずにたどり着くと、布をゆっくりと下ろしてタブレットを出した。
そして気付かれないように屋上の写真を撮った。
写真には、バズーカ砲を担いだ男が一人、床に置いて談笑する男が二人、そして拳銃を持って周囲を見回す男が一人写っていた。
イチトはタブレットの下部にメモ帳を出すと、手早く文字を打ち込んだ。
『裏に回って、バズーカを置いてる奴からやる。次に拳銃、最後に担いでる奴』
『なんで回るん?』
『拳銃は即座に攻撃ができる。見られずに殺したい』
『バズーカは?』
『撃ったら全員死ぬから使えねえよ。だから格闘ができる持ってない奴からだ。あとは流れだな』
ニコラは納得し、こくんと頷くと足音を極力立てないように素早く動く。
イチトもそれに追従し、バズーカ持ち三人が並ぶ側に気付かれずに辿り着いた。
ニコラも静音性を重視して、銃の代わりに石を拾い上げた。
そして繋いだ手で合図をし、二人は力強く飛び跳ねた。
壁で埋まっていた視界が一瞬で開け、屋上の様子が見えるようになる。
敵の配置は同じ。襲撃者に気付いた者は誰一人としていない。
着地は静かなものだった。
まるで屋上の方がぴったり合わせてあったかのように、ジャンプの最高地点より、僅かに低い位置にある。
あとはそっと足をつけ、そして右手に構えたナイフで喉を斬りつけるだけだった。
ニコラも持っていた石を一人の頭に叩きつけ、確実に意識を奪う。
ガッと鈍い音がして、残る敵が振り向く。そこまでは想定内だ。
しかし、一つ誤算があった。
それはイチトとニコラが、考えて襲撃法を考えたが故の誤算。
残る一人の掲げたバズーカの口が、こちらを向いていたのだ。
確かに理屈で考えたならば、この場で撃てば死を免れないことは誰にだってわかる。
もしも冷静な思考を保てていたのなら、だ。
突然の襲撃で、音も立てずに死んだ仲間を見て、落ち着いていられる人間など、この世のどこにいるだろうか。
怯え、咄嗟にその場で使える一番強い武器の引き金を引いてしまっても、何らおかしくはない。
「ッ!」
説得する時間はない。
そして避ける方法も。
「んっ!」
ニコラの出した結論は、バズーカの口を蹴り上げることだった。
僅かに上を向いた砲口から、あらぬ方向へと砲弾が飛び出す。
そして激しい爆発と共に、僅かな爆風を屋上に届かせた。
「よくやった」
そう、それだけ。咄嗟の攻撃はイチトを殺せなかった。
武器を既に使い、隙を晒した男には、もう抵抗する方法がない。
顎に全力の拳。モロにその力を味わった首は、圧し折れて曲がった。
こうして四人の敵は四人の死体へと変わり果てた。
「ふいー」
「息つく暇はねえぞ」
だがイチトは休むことなく、繋いだ手を離してバズーカ砲を構え、煙が晴れる前に記憶を頼りに一発、敵陣に向けて放った。
「そっか、気付かれた!」
「ああ。いけると思ったんだが、こうなったもんはしょうがねえ」
「ま、流石にバズーカは目立つもんね」
ニコラはため息を吐いて、イチトの腰を掴んで、逆の手で拳銃を構えた。
そして直後、二人の周囲の霧が薄まった。
目視できる敵陣は、五十メートル先に一つ。それ以外はない。
つまり先に敵を消した側が、先に撃った方が勝つ。
「……駄目だ」
「へ!?」
だがイチトは、先に認識したにも関わらずバズーカを捨て、ニコラを抱えて逃げ出した。
「はっ!?えっあ!?何!?なんで撃たないの!?」
「人質がいた!」
その言葉に、ニコラは目を普段以上に丸くした。
現状、犯罪者が蔓延る衛星への大規模な爆撃は行われていない。
最も効率の良い方法にも関わらず、それが行われていないのは、多くの人質がいるためだ。
宙域警備隊が存在するのは人質と犯罪者をより分けて救い、殺すためでもある。
「君、そういうの気にするんだ」
だが、イチトが律儀に人質を殺さなかったことは、ニコラにとって驚きだった。
普通の人間ならばそうしても不思議はないが、ここは戦場で、まして殺す手段を持っていたのは復讐のために生きる男。
復讐のためならと、引き金を引くと思っていたのだ。
「当然だろ!俺は復讐者だ!」
だが、それは逆。クロイ・イチトは、復讐者であるために殺さなかったのだ。
「俺は、家族を殺されてここにいるんだぞ!?何の罪もない人を、気付いてて殺せるか!」
「……へえ!」
「不満があるなら、今ここでお前とは縁を切る」
「いいや逆だよ。君、私が思ってたよりマシだった」
犯罪者には一切の容赦をかけず、人質は殺さないように努力する。
その姿勢に、ニコラは少しだけ評価を改めた。
「でも、トレハをこれ以上放置するのも不味いんじゃない?」
「ああ。だから取り敢えず近付いてんだよ」
「なるほど。でもバズーカもう一回食らったらこまるし、ここはこうしましょかねえ」
ニコラはいつの間に拾ったのか、バズーカ砲を構えていた。
そして敵集団から少し離れた風上に、一撃を打ち込んだ。
当然けたたましい爆発音が響き、大量の白煙と砂が風に乗って敵と人質に降り注いだ。
「視界を塞いだわけか……よくやった。一気に近付くぞ」
「おうよー!」
ニコラは元気よく返事を返し、煙すら吹き飛ばす勢いで走った。
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