第11話 初任務
どれだけ技術が進んでも、空を飛ぶ機体を完全に安定させるのは困難だ。
そのことをイチトは、身をもって思い知っていた。
今乗っているのは、宙域警備隊第二輸送機。
最大で五十人を運ぶことのできる大型の輸送機だ。
任務開始時に味方が密集しすぎないよう、分散させるために乗せられたのだ。
「んで、結局模擬戦はできなかった、と」
「そういうことだ。そっちのメンバー集めは?」
一週間という時間は非常に短い。結局イチトは模擬戦の相手を見つけられず、一人で型の練習をするだけで終わってしまった。
故にナイフの技術はほとんど向上していない。
そしてトレハの担当である人集めも同様だろうと想像していた。
「二人入った」
「本当か!?こんな班に……」
「一人は別行動で、もう一人は……トイレでも行ってるのか?」
「俺に聞くなよ。しかしよくやったな。強い奴なんて引っ張りだこだろうに」
「強いけど性格的な問題がある奴らを誘ってるからな」
その奴ら、に自分が含まれているのではないか、とイチトは思ったが、追及するのも面倒だったので何も言わなかった。
ともかく一人は個人行動すると宣言しており、更にもう一人は集合場所にすら現れないところを見ると、本当に実力以外は致命的なメンバーを選んだらしい。
「まあ、顔は見せずともそれなりに稼いでくれれば十分だ」
「うーん、まあそうか。それで、どういう感じで行くんだ?」
「俺が適当に敵を切り捨てるから、動くようなら血を抜いて殺してくれ」
「えぐいな……まあ、それが仕事だもんな。了解だ」
あくまで二人の間にあるのは、出撃させる代わりに守るという契約だけ。
互いに協力して、普通では勝てない敵に立ち向かうわけではない。
故に打ち合わせは不要。最低限の要求を押し付け、作戦が終わるまで同行するだけだ。
「しっかし、辛気臭いな」
イチトは漂う空気の重さに辟易して呟いた。
数人で寄り集まって、何度も何度も連携の確認をして、それでも尚不安に押しつぶされて顔を青ざめさせている。
「これから死地に向かうんだから、アレが正常だろ」
「死ぬのが嫌ならこんなところに来なきゃ良いだろ」
「そりゃそうだけど、金も学もない奴らには、こういう場所しかないんだろうよ」
イチトはどうでも良さそうにぐるりと周囲に視線を向ける。
銃弾すら防げそうな分厚い金属の壁には、多くの隊員達が所せましとよりかっている。
だが、広間の一方を占める巨大なシャッターの前に寄りかかる者はほとんどおらず、耳さえ塞げば快適に過ごすことができる。
逆に耳を澄ませば、自己暗示のために大丈夫と病的なまでに唱える声や、女の過呼吸気味な呼吸音、死の運命を呪う声など、気が滅入るようなBGMが次々に飛び込んでくる。
「イヤホンで何か聞く。話があるなら肩でも叩けば外す」
「いや、やめといた方が良い。見てみろ」
言われた通り、近くにあった強化ガラスの窓を覗き込むと、味気のない岩と砂だらけの小さな衛星が間近に迫っていた。
これが噂に聞く人類が居住していないとされる星、未開拓衛星だろう。
政府が開拓していない惑星に居住することは違法行為であり、その時点で犯罪者となる。
だが眼下にはぽつぽつと人の影が見え、更に遠くには五、六階建てのビルのようなものすら建っている。相当量の建材の窃盗、建築士への脅迫など、余罪が多そうだ。
そしてそれらが視認できるほど、地上が近づいているということだ。
「もう時間はないってわけか」
「そういうことだ」
ならばどちらにしろ、この耳障りな音を聞かなくて済む。
イチトはタブレットケースの金具を手放し、ついでに完成していた液体イヤホンも液に戻した。
背中に体重をかけるのをやめ、半回転する。寄りかかっていたシャッターは、それを合図にしたかのように上へ、上へと巻き取られていく。
同時に湿った冷たい空気が広間へと流れ込み、怯える者達に恐怖の到来を告げる。
だが、そうでない者にとってはスイッチを切り替える良い機会でしかない。
上がりきった瞬間、シャッター間際に屯っていた隊員は、即座に外へと駆け出していく。
「行くぞ」
「了解」
そして二人も、殆ど同時に戦場へと足を踏み入れた。
「左見ておけ」
「了解!」
それを聞いたトレハは、左を向いた。
そしてイチトは右にあった今にも崩れそうな櫓へと駆け寄り、人がいる位置を予測してナイフを刺し込んだ。
「がっ!?あ、あ……」
一瞬悲鳴が上がるが、どく、どくと流れ、手を汚す血の流れに数秒耐えると、その音も聞こえなくなった。
ナイフを抜き去ると、同時に体はその場に倒れ込んだ。
死んでいる。
たった今、クロイ・イチトは、生まれて初めて人を殺したのだ。
「……」
殺す覚悟はとうにできていた。復讐は、人の死を以てしか成しえないのだから、当然だ。
だが覚悟を決めた時、人の血の温度は知らなかった。断末魔の声も知らなかった。
そしてナイフが刺さったのは、首。丁度両親の死体も、首を切られていた。
「っ……!」
最も忘れがたく、辛い記憶がハッキリと蘇る。
そうだ、死体とはこういうものだった。
前回も両親の死体という意味で特別だったが、今回は自分が手を下したという意味で特別。
自分が関わらなければ、死ななかったかもしれない死体というのは、どうして見ているだけでこんなにも心臓がざわめき、呼吸が苦しくなるのだろうか。
「イチト?」
「っ!」
ふいにかけられた声に、イチトはほんの僅かにだが、冷静になった。
再び死体を見ると、下には血に塗れた銃が落ちていた。
この男も、こちらを殺そうと覚悟し、この角で待ち構えていたのだろう。
お互いに殺意を持ち、弱い方が死んだ。それだけのことだ。イチトは自分にそう言い聞かせた。
その後、ものはついでだと銃を拾い上げ、近くの壁に向けて引き金を引いた。
パァン、という破裂音。同時に壁には数センチ程度の穴が開いていた。
死体のポケットをひっくり返すと、数発弾が入っている。イチトはそれを全部ポケットに突っ込むと、逆方向からの襲撃に備えさせていたトレハの元へ戻った。
「待たせたな。これ、使っていいぞ」
「う、随分古いし、血まみれだな……ってかコレって」
「死体から奪った。嫌でも俺が使うから運べ。それと血は、『星群』でとれないのか」
「そうだな。とりあえず使わせて貰う……けど、替えの弾は捨てた方が良いぞ?」
トレハは受け取った銃の中の弾と、予備の弾を指に挟むと、平らな部分を見せた。
片方には口径や長さなどの情報が刻まれていたが、もう一方はその代わりに酷い罵倒が刻印されていた。
「暴発でもするんだろうな。持っているだけで復讐できるのか。中々良い銃弾だな」
「うーん、死んだ後のことを考える前に、他のもの用意した方が良いと思うけどな」
「性根が腐ってるんだろ。偽物は間違えないように捨てとけ」
「了解。次はどっちへ?」
耳を澄ませると、先ほど他の隊員が向かっていった側から、とてつもない量の悲鳴と銃声が上がっている。
つまり向かえば敵に囲まれるか、味方に蹂躙された死体を見るだけになる。
「そっちは人が多い。逆にいくぞ」
トレハは無言で頷くと、銃を両手で握りしめてイチトの後を追った。
そこから先、イチトは敵を見つけては殺し、殺し、殺し尽くした。
無駄な感傷を挟んだのは、最初の一回だけ。二度目以降は何一つ心を動かすことなく、冷徹に命を奪っていった。
「死にさらせ宙域のクズ共!」
しかし銃を持った複数人を相手にするのはイチトでも厳しい。最善の手を選び続けても手数の前には窮地に追い込まれる。
だが、その弱点はトレハが補った。
「はあっ!」
「がふっ!?」
僅かに離れた距離にいることで、集中砲火には巻き込まれず、更に銃を持っていることからイチトより警戒されて銃を向けられ易い。
更に命中率もそれなりに高く、敵の牽制もできる。
後は意識が逸れた瞬間、奪った銃を放ちつつ接近し、首を切り落とすだけ。
会敵から数秒もすれば、犯罪者は血だまりと死体に変わる。
「ビビってたわりにやるな」
「そ、そりゃ当然だろ、やらなきゃ死ぬんだぜ」
だがイチトほど殺すことを割り切れていないのか、敵を撃つ度に辛そうな顔をする。
イチトもトレハの精神が潰れないように、素早く殺し、かつできる限り止めを刺してはいる。
だがどうしてもトレハの弾丸だけで息絶える者も出てしまう。
守るという約束で連れてきたトレハに、無理をさせている。
「荷物奪ったら行くぞ」
約束を違えるのはイチトの主義に反するが、それでも命には代えられない。
実際、移動するうちに何度か宙域隊員の死体を目にすることがあった。
イチトだけでは、トレハだけでは、生き残れなかっただろう。
「……チッ」
任務のために仕方なく組んだはずが、いなければ死んでいたとまで思わされた。
それだけでも、今回の作戦はイチトにとって失敗だ。
ナイフについた血をトレハに拭って貰い、更に次の敵を探しに走る。
ここは敵地。それも周囲に人の少ないルートを選び続けてたどり着いた場所。
数分ごとに犯罪者は団体で現れる。
「う、うわっ、宙域が来たぞっ!」
「また来やがったのか!?すぐに撃てっ!」
今も五人の集団が現れた。
「トレハ、右から!」
「わかった!」
指示する間に一発放ち、中央の司令官らしき敵を撃ち殺す。
その血を浴びて動揺する周囲の犯罪者に、トレハは両手の二丁拳銃を乱射する。
精度は両手で構えた時に劣るが、手数を倍化させたことで命中数は上がった。
イチトとの合わせ技で数秒の間に全ての敵に穴が開く。
「ぐッ、そおおおおっ!」
だが、殺せてはいない。体を銃弾が通り抜けただけなら、人は動ける。
腹を貫かれた男が、苦し紛れの一発を撃った。
照準も合わせない、偶然と運に頼っただけの銃弾は、吸い込まれるようにトレハへ近づき、首に穴を開けた。
「がっ!?」
「テメエっ!」
だが次弾を放つ前に、その首は怒れるイチトに切り取られた。
周囲は一瞬で血の海に変わり、人は死体へと還る。
その最期を確認すらせずに、イチトはトレハの元へと走り寄った。
「トレハッ!血を止めろっ!」
「が、ああああっ!う、ううっ!」
あまりの痛みに耐えかねてか、それとも『星群』の限界か、トレハの首からは血が漏れ出し続ける。
このままいけば、早々に命を失いかねないほどに。
「落ち着けっ!クソ、ともかくこれで押さえろ!」
懐から出した適当な布を押し付け、無理矢理背負う。
だが平均的な体型をした男は、想像よりも重かった。
「……流石に走れねえな」
宙域本部は目視で二キロほど離れているように見える。
この距離を、怪我人を抱えて走りきるのは不可能だ。どう考えても間に合わない。
だが守ると約束したからには、間に合わせなければならない。
「なあ!血止まらないのか!?」
「やっ、てる……」
「悪かったな!今は喋らず集中しといてくれ!」
一先ず走り出したが、地面を踏みしめる度に衝撃が伝わり、トレハがうめき声を上げる。
だが走るしかない。進むしかない。そうでなければトレハは死ぬ。
「おーい!イチト!」
だが不意に、どこからともかく女の声が聞こえた。
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