第10話 初任務と仲間

 訓練室の中央に近づくと、周囲の隊員がイチトの存在に気付く。

 頼んでもいないというのに、イチトの進む道からは人が捌けていき、一度も足を止める事なく休憩用の椅子にまで辿り着くことができた。

 騒ぐ隊員を他所に端末の操作をし、気軽に挑めるよう金は賭けず、武器有りでの戦闘訓練募集をかける。


「……」

 しかし待てど暮らせど返事はない。

 他の金を賭けない試合は何度も成立するが、イチトと戦おうとする者はいなかった。


 まるで誰もいないかのように、その場から音が失われる。

 返事どころか目も合わせず、腫物のように扱われる。誘われないように訓練室から出ていく者もいた。


「やっぱりな」

「やっぱりって何だ」

「お前、怖がられてるんだよ。強いし、戦ってる時の目もヤバいし。それに武器ありって、受けるわけないだろ」

「対戦相手が来ないとこ見ると、そう思われてるらしいな」


 いつまで経っても相手が現れないことに嫌気が差し、イチトは募集の条件を武器無しでの戦闘も含むものに変える。

 しかしそれでも、対戦相手は全く現れなかった。


「……ゲームでもするか?」

「やらねえよ。暇なら『星群』の修行でもしておけ」


 軽口を叩いていると、俄かに周囲の隊員たちがざわつき出した。そして全員が、タブレットの画面を眺めている。

「……何だ?」

「い、イチト、多分これだ」


 トレハが差し出したタブレットの画面には、任務の概要と書かれた通知が届いていた。

「もう詳細が来たのか」


 イチトは手早く腰に付けたケースに手を伸ばすと、金具をピンと引っ張った。

 その先には紐のような何かが繋がっており、黒い液体を纏っている。


 そして少し金具を戻すと、紐は二つに分かれて長方形を空中に作り出し、黒の液体はその長方形を埋めるように膜を張った。


 後は少し金具をひねれば、膜が黒い長方形の板となって弾き出された。上に指を這わせると、板はパっと光を放ち、以前読んだ本を映し出した。サイズ可変、液体タブレットの完成だ。

 タブレットを開くと、送られてきた情報を読み進める。


「本年に入隊した隊員達は、部隊を組んでの作戦と個人での作戦を通してその能力を見極める……?」

「要するに二回戦わせるってことだな。最初は部隊を組む方で、しかも二人以上五人以下の班を組まないと出撃すらできない……!?」

 イチトは明らかに顔を顰め、不愉快そうに読み進めた。だが今回の通知では部隊を組む任務の情報しかなかった。


「チッ、結局一人で戦わせるつもりはなかったってことかよ」

「そりゃまあ、そうなってもおかしくはないだろ。命令を下すにも部隊作らないと面倒だし」

「軍隊と考えればそうか……。しかしタイミングの悪い」


 イチトは買ったばかりのナイフを眺め、はあ、と息を吐いた。

 黒の刃は微かに三つの人影を映す。

 三つ。黒い影、茶色い影、そしてーーー白い影。

 イチトは、即座にベンチから離れてナイフを構えた。


「かっちょいいナイフじゃん。イチト。私にも見せてよ」

「断る」

「つれないなあ。同じ『星群』を持った仲でしょ?」


 ベンチの後ろには、一人の少女、ニコラが佇んでいた。

 相も変わらずニコニコと、得体の知れない笑顔を浮かべて、まるで友人のように話しかけてくる様子は妖魔の類なのではないかとすら思えてくる。


「だったら何だ。たかがそれだけの偶然で、お前に気を遣うわけがないだろ」

「おやおやあ、いいのかなあ?そんなんじゃあ任務、出られないよ?」


 そしてイチトが想像していた通りのセリフを口にした。

 通知の直後から動けば、気付いた時の位置と運しだいでは、駆け付けることも不可能ではない。

 他の誰かに取られる前に、『星群』だけは確保しておきたいと考えたのだろう。


 だが、イチトにとっては最早、この任務は誰と行くか、という問題ですらなくなっていた。

「俺はパスだ」


「パス……?どゆこと?」

「任務に参加しない。どうせ辞めるんだから、任務サボってクビになっても同じだ」

「「はああああああああ!?」」


 耳を劈くような悲鳴が、二つ同時に叩き込まれる。

 イチトは不愉快そうに耳を塞いだ。


「なんだ、コレはともかくトレハまで」

「いや、不参加は駄目だろ!?ってかそのナイフ!せっかく買ったのにどうするんだ!」

「そ、そーだそーだ!有給は暫く働かなきゃ使えないんだよ!?」


「だからタイミングが悪いって言ったんだ。……そうだトレハ、このナイフ使うか?貸してやるぞ」

「そういう話じゃないだろ!?」

「知らねえよ。確かに昇進して情報も欲しいが、それよりもその女に邪魔されないことが一番重要なんだ。どうせ一回組んだら、なし崩しでその次も、とか考えてるだろ」


 ニコラは目をぱっちり見開くと、いかにも何かをごまかしているといった顔を浮かべた。

 イチトにとって、最も優先するべきは一人での復讐の成就だ。故にニコラと組むという選択肢は、絶対に取れない。


 もし仮に組むとしても、終了後は後腐れがなく、またこちらの方針に口を挟まないような人間が望ましい。

 今、目の前で騒ぎ立てている白いのは論外だ。


「他の奴を探した方が早いぞ。早く失せろ」

「はあ!?ちょいちょい、私だって『星群』がこんなんじゃなきゃそうしてるよ!でも実際そうなんだから助け合っていこうって話じゃん!」


「違うな。お前と組むと、覚えた格闘技も使えないし、変な癖がつきかねない。そうなったら俺の復讐は終わりだ。だから組まない。助け合いを自称するなら、今直ぐ諦めろ」


 価値観が違うから、交渉の余地がない。ただそれだけのことだ。

 目的が『星群』を使うことのニコラにとっては、交渉相手が『星群』を使うことだけは避けたいイチトなのは致命的だった。


 目的が違う以上、一切の言葉は響かない。今のニコラは、イチトの言う通りに他の人間が仲間になってくれること期待するしかないのだ。


「あっそー!いいもんね、絶対君より強い仲間見つけてやるもんねー!べー!」

 子供のように舌を出して挑発すると、ニコラは風のようにその場を去っていった。


「……良いのか、仲間を探しに行かなくて」

 これだけはっきりと拒絶したにも関わらず、トレハは今まで通り、平然とベンチに座って作戦についての情報を読み漁っていた。


「そりゃまあ、まだ話すことあるし」

「何?」

「ニコラと組みたくない。でも情報は欲しい。なら、他の人間だったら組むのもアリだろ?」


「……なるほど。でも、さっき弱いって自称してなかったか?」

「ああ。それが嫌なら他の奴と組んでも良いぜ。でも二人で一人の『星群』って話、広まってるんじゃないか?それがなくても怖がられてるし、仲間探すのも大変だぜ」


 イチトは少し考えこんだ後、確かに戦果が等分される状況では、二人一組を仲間に入れるものは少ないと理解した。イチト一人だけを入れるのは、それよりも更に奇特な人間だけ。

 例えば、一人では生き残れないから強い奴に頼ろうと考える人間とかだ。


「なるほどな。その代わりに死なないよう守れと」

「そういうことだ。どうだ?」


「ナイフを無駄にするよりは悪くない。頼む」

「おっしゃ!適当に申請しとくな。それと他に強い奴がいたら誘っていいか?」

「ああ。リーダーはそっちだ、好きにしてくれ。それよりも模擬戦」

「やらない」


 イチトは想像通りの返事を聞いて、資料に視線を戻した。

 任務までは一週間。その間に、出来る限り『星群』を使わない戦い方を極める。

 一先ず、ナイフ戦闘を基礎から学びなおすことにした。

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