第9話 復讐のための刃

「イチト、ちょっとは手加減してやれよ」

「無駄に時間かけたら、『星群』使われて負けるかもしれないだろ」

「それはそうだけどさ、それにしてもアレは……」


 トレハが嗜めるのも無理はない。

 試合時間は僅か数秒。

 調子に乗って大金を賭けた青年は、地面に叩きつけられて放心していた。

 『星群』が使えないだけで飛びついた側も悪いが、さすがに可哀そうに見えてくる。


 イチトは相変わらず無表情で端末をしまう。

 その直前に横から講座残高を覗き見たトレハは口笛を吹いた。


「へえ、結構もってんじゃん。マジでカジノとかいったことありそう」

「未成年だぞ、賭けたことはねえよ。それにこれでも減った方だ。収入が無いからな」

「まあ、わざわざ宙域来る奴は大体食い詰めてるしな」


「さっきの奴らはそうは見えなかったが」

「今までは百円ぐらいしか賭けてなかったよ。レート百倍に飛びついたのが運の尽きだな」

「なるほど。しかし、金に困ってる奴だらけだな。トレハ、だったよな。お前も借金あるのか?」


 トレハは少し暗い顔をして少し言いよどんだ後、頬を掻いてぽつぽつと語り出した。

「逆だよ。未成年だから借りらんなくてさ。本当は高校出てから働きたかったんだけど、学費ないし借りれないしでな」

「そう、か。悪かったな。ところで、武器が手に入る場所はあるか。一応次の作戦には参加するから、早めに慣れておきたい」

「ああ、それなら武器屋があっちのほうにある」


 トレハは即座に奥の通路を指さし、進んでいく。

 案内に感謝しつつも、イチトはその言葉に違和感を覚える。


「武器屋、なのか。普通は装備が支給されるものじゃないのか?」

「無駄だからな。例えばナイフ配っても、遠距離攻撃がメインの『星群』持ちだと使う機会が殆ど無いだろ?だから自分で選べってことらしい」

「それはそうだが。だからって自腹を切らせるのか」


「その分給料は高くしてあるんだってよ」

「来月からはそれでいいが、今は金が入る前だろう。後払いにできるのか?」

「いや、武器は無理だ。でも確かに変だな。武器配っておいた方が死人は少なくなるだろうに」


 トレハがそうであるように、宙域に入る人間は、一部の例外を除いて金に困っている。

 だから突然武器を自腹で買えと言われても、殆どが買うだけの余裕すら無い。

 そのことに宙域が気付かないはずがないだろう。


「……殺す為か」

「おいおい、そんなことして何の得があるんだよ」

「欲しいのは『星群』が強い奴ってことだろ。武器無しの方が、『星群』の強さがわかる」


 『星群』以外に武器のない人間を前線に投げ込んで、犯罪者と戦わせることで、効率よく隊員をふるいにかける。

 外聞は悪いが、そもそも宙域の評判は既に最底辺なので問題はないというわけだろう。


「……そうだとしたら、やべーところに来ちまった。って、それじゃあイチトも『星群』使った方がいいんじゃねえの。ほら、あのちっちゃい女の子と」

「あの女の手を借りる気はない」

「何でだ?あれだけ強いのに」

「俺は一人で親の仇を討つ為にここに来た。部外者と組んで戦って、殺し終わったあとにやっぱり不満、なんてことになっても、もう復讐相手は死んでる。だから満足するために一人で戦わなきゃならねえんだよ」


 結局、復讐は本人が納得できるかの問題だ。そしてイチトは、恐らく一人でやらなければ納得できないと考え、一人での復讐を選んだのだ。

 だが無関係の他人が、それを理解することはない。


「そんな拘り捨てて、協力したほうが良いと思うけどな」

「お前には関係ないだろ」

「っと、部外者がゴチャゴチャ言うべきじゃなかったな、悪い。ともかく、着いたぜ」


 そう言うとトレハは、何の変哲もない部扉の前で立ち止まった。

 だが扉を開くと、そこには所狭しと武器、そしてその性能が書かれたパネルが並んでいた。


「助かった」

「おっと待った」


 トレハはイチトのまえに立ちはだかり、その足を止めさせた。

「何だ」

「イチト、お前は武器に詳しいか?」

「いや、全く。そっちは詳しいのか?」

「齧った程度だけどな。わりと好きなんだよ、兵器とか」


 齧った程度、と言うわりには、その顔は自信に満ちあふれている。

 本当は相当細かいところまで把握していて、その知識を持て余しているのだろう。


「なら丁度いい。アドバイスを頼めるか」

「あれ、手借りるの嫌なんじゃ」

「戦う時以外ならどうでもいい。それに、『星群』無い分、武器ぐらい強いのが欲しいんだよ。それで、頼めるか」


「ふふっ、聞くまでも無いだろ?」

 イタズラが成功した子供のような笑顔で、トレハは武器屋に入った。

「後悔したってもう遅い。俺は話始めると止まらないぜ」

「できれば、使える情報を多めに喋ってほしい。とりあえず、ありがとよ」

「……まあ、努力はするよ」


 改めて、武器屋と呼ばれた部屋の中を見渡す。

 棚は隙間なくみっちりと配置され、多種多様な武器が溢れんばかりに詰め込まれている。

 設計した人間は普通に床を作るのすらスペースの無駄と考えたようで、ガラス張りの床の下には、どんな激戦地よりも多くの地雷が転がっていた。


「で、どういうふうに戦いたい?」

「いくつか格闘技をやってるから、近接。ただ、遠距離を補える何かは欲しい」

 ふむ、とトレハは考え込む。そして周囲の武器を見渡すと、ナイフが大量に置かれた棚に手を掛けた。


「ならやっぱナイフだろうな。長物より体術の邪魔になりにくくて、ある程度殺傷力がある。この中だと……これだな」

 そう言って棚から三つナイフを取り出すと、近くの机に置いた。


「選んだ理由は?」

「人を殺せる大きさで、かつ動きを妨げないよう片刃で大きすぎない。形はオーソドックスなのが良いかなと」

「妥当だな。それで、この三つの違いは?」


「右は安い。真ん中は防刃繊維も切れる。左は有名な製品で防刃繊維切れるし切れ味は最高だが予算がほぼ消える」

「防刃繊維なんて普段お目にかかる機会は無さそうだが、必要なのか」


 トレハは待っていたと言わんばかりに自分の着るジャケットの裾を引き、そして右のナイフを押し付けた。

 だがナイフはその服を突き通せず、ギチギチと音を立てるだけだった。


「見るどころか、着てるってわけか」

「そういうことだ。対策しても損は無いと思うぜ」

 そう言うと、トレハは左のナイフを取り、今度は端の方に少し触れる程度にジャケットに押し付けた。

 すると、先程のナイフではどれだけ力を加えても切れなかったジャケットに、一瞬で切れ目が入る。


「これはナイフの先に触媒が埋め込まれていてな、それに力が加わって摩擦熱を持つことで繊維の化学結合を切断して」

 我慢できなくなったのか、トレハが自慢げに語る間に、イチトは残る中央のナイフを取り上げて握り締めた。


 握った感じは、長さ、重さ、共に問題はない。

 振り上げ、振り下ろし、突く。その度に心地よい、空を切る音がする。

 黒がベースで、目立ちづらいのもいい。


「これにしよう」

「あれ、もう決めたのか。高いのも握らなくていいのか」

「ナイフだけならそれも選択肢に入るが、他も買おうと思うとな」

「ああ、そう言ってたな。それじゃ探すか」


「このナイフが八万だろ。残りの三万で適当な遠距離戦闘ができそうなの、ないか」

「全部使ったら賭けできなくなるぞ。三万なら、スリングショットか、安物の銃、それか手榴弾だな」

 トレハは口に出しながら、淀みなく机に商品を並べていく。

 武器を眺めるために何度も来たせいで、大体の場所を覚えているのだ。


「どうせ同じ手は使えないから、賭けはもういい。その中なら手榴弾だな」

「その心は」

「なるべくナイフを持ったまま使いたいから、片手で使えるもの。それで銃よりは手榴弾の方が、狙いが雑で良いし技術がいらない」


「なるほどな。手榴弾は、うーん……」

「何か問題があるのか」

「需要がないからマトモな製品があるとは考えにくい。んで、火薬使うから、粗悪品は命にかかわる」


 銃は普通の警察でも使われるなど需要がある。

 だが手榴弾に関しては、一切使われていない。

 主に人の住む地域で活動し、市民の安全の確保を目的とする警察は、被害を広げるだけの爆発物など、使う機会はほとんどないのだ。


「国境や軍隊があった時代ならいざ知らず、今は誰も使わないか」

「ああ。結構見た目は好きなんだけどな。っと、話が逸れた。どうする、安い銃でも見繕うか?」


「……いや、手榴弾でいい」

「何でまた」

「怪しいは怪しいんだが、ここに売ってる物は本来なら一回目の任務を生き延びた隊員用だ。使える部下を死なせない為にも、最低限の性能はあるだろ」


 常に人不足の宙域が、任務を生き延びられるほど優秀な人材を、むざむざ死なせるはずもない。そのあたりのチェックは厳しくされているはずだ。

 それによく見ると、底の部分に宙域のマークが入っている。需要のない手榴弾なんかの委託製造している会社があると考えるより、宙域製、つまり『星群』絡みと考える方が自然だ。つまり、威力だけなら間違いなく高い。


「なるほど、一理ある。でも、一応注意しとけよ。」

「わかってる。アドバイスありがとよ」


 結局イチトは残る金を全て手榴弾に費やした。

 会計を終え、残金が千円切ったイチトは、訓練場に向かい廊下を足早に歩く。

 暫く歩いたところで、イチトは後ろを振り返った。


「もう選び終わったのに、何でついて来るんだ?」

「暇だから、面白い奴でも見てようかと思ってな。良いだろ?」

「止める理由はないな。ああ、どうせなら模擬戦でもするか。ナイフの使い心地を試したい」

「切る気か!?俺を!?」


 殺害予告ともとれる発言に、トレハは悲鳴をあげると、腹を抑えて後退る。

「言い方が悪かったな。鞘は付ける。組手みたいなもんだ」

「ああ、何だ……って、七対一でも負けたのにそっちが武器持ってるって、やるわけないだろ」


 初日にあっさり投げ飛ばされたことは、相当なトラウマを植え付けたらしい。

 まだ投げられてから日が浅いのもあって、イチトと戦うこと自体に忌避感があるようだ。


「そうか。良い練習になると思ったんだが」

「俺じゃ相手にならねえよ。『星群』も、触れてる水をちょっと動かせるぐらいで実戦レベルじゃない」

「は?相手の顔覆って溺死させるとか、いろいろ使いようあるだろ?」

「触れてる水って言ったろ。手で覆われたら分断されて、ただの水になる。で、この方向は確か訓練室だよな」


 相手がタネに気付く前に失血死させればいいだろ、と思ったが、そもそもトレハには傷をつける為の刃物を買う金すらないことに気付いて口を閉じた。ガラス片などを使えば同じことをできるかもしれないが、難易度は数段上。素人のトレハには不可能だろう。


「ああ。お前が戦わなくても他に誰かいるだろ」

「いや、どうだかな……」

 トレハの言葉にひっかかりつつも、イチトはタブレット端末を翳し、訓練室の扉を開いた。

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