第8話 リハビリを兼ねた資金稼ぎ

 手を握る。開く。痛みは全くない。

「もう戻ってんのか。あれだけ派手に砕けたのに」


 イチトは元通りになった手足を眺め、呟く。

 普通の医者ならば、粉砕骨折を治すには数週間もの時間を要する。

 それをたった二日で治してしまうというのは異常だ。


 おそらく、治療向きの『星群』持ちが所属しているのだろう。

 しかし一瞬で治されてしまったせいで、イチトはどうも治ったという実感を得られずにいた。


 実際に動けば解決するが、病室にはそれに耐えうるだけのスペースはない。

 ついでに、イチトには動ける場所がどこにあるのかの検討もつかない。


「地図の一つもねえのかよ」

 呆れて呟いても状況は改善しない。ともかく病室を出て、周囲を見渡してみる。

 扉が等間隔に並んでいるが、全て見た目は同じ上に部屋の使用目的も書いていない。侵入者対策は徹底されているようだった。


 イチトは当てもなく廊下を歩く。偶に人が扉から出てきた時には、その中の様子を伺う。

 何度か繰り返す内に、イチトはやたらと人が多い部屋を見つけた。


 出入りも多く、中は相当に広いように見える。入っていく人が端末を扉に翳しているので、見よう見まねでかざすと、扉はウィンと音を立てて道を開けた。


「……ドアの開け方ぐらい教えとけよ」

 中には病室の壁より大きいディスプレイがあった。外から見えた通り、多くの人がその画面を眺めている。画面は四分割され、それぞれ奥にある透明な箱の中で行われる戦闘の映像を映している。


「いけっ!そこ攻めろ!」

「おい今のいけただろっ!」

 戦闘訓練にしては観客の熱が入りすぎている。自分が戦っている訳でもないのに、ここまで白熱するのは明らかに変だ。


 イチトが理由を考えている内に、画面左下の戦闘が終わったらしく、表示が映像から勝敗に切り替わる。

「ああー!くっそまた負けた!」

「はははは!大穴狙いばっかしてるからそうなるんだよ!」


 大穴、という言葉。

 どうやらあの男たちは試合の勝敗で賭けをしていたらしい。

 そして直後、左端の扉が開き、映像の二人が出てくる。その二人も何やら端末を触っていた。

 負けた青年は肩を落として画面のある方に向かって歩いて来た。


「お前あっさり負けすぎだろ。俺の金殆ど持っていかれちまったじゃねえか。詫びに今日の夕飯奢れよ」

「俺には賭けないほうがいいって言っただろ?それに俺、金がないから宙域来たんだよ」

「あー畜生!!」


「仮にも警察がギャンブルか」

 それが聞こえたのか、勝負に負けた青年がイチトの方を見る。あまりにも長い間見つめ続けているので、周囲の青年達もそれにつられて視線を向ける。


「あれガルマ警部に骨折られた奴じゃないか?」

「あれだけやられて二日で治るわけねえだろ。ほぼ殺人現場だったぞ」

「いや、間違いない。おーい、初日以来だな!怪我は治ったのか?」


 負けた青年はこちらに駆け寄り呼びかけて来る。

 身長は百七十台前半ほどで、目と髪は茶色。体型は人並みで、特筆するべき特徴は全くなく、強いて挙げるなら猫目だということぐらいだろうか。

 だがイチトはそんな人間と言葉を交わした覚えが、全くなかった。


「誰だお前は」

「覚えてないとは言わせないからな。連続七人組手の七人目、トレハだ。って、名前はまだ言ってなかったな。でも顔は覚えてるだろ?」

「覚えていない。怪我は治った」


 印象に残っていないのも無理はない。イチトは初日に『星群』を聞かれ、使い方がわからないと答えて侮られるのが嫌だったため、聞いてきた人間を全員投げ飛ばしていたのだ。


 たかが一回投げ、一言話しかけられただけのトレハのことなど、記憶に残る訳がない。

 それも七人連続組手となれば、イチト当人からすれば印象は更に七等分。もはや記憶の片隅にもない。


「酷くないか!?てか、あれだけ派手に折れていた割に治るの早くね?」

「恐らく治療の『星群』持ちがいる。で、ここは何の部屋だ?」

「そう言えば説明の時に居なかったな。訓練室だよ。戦闘訓練の為に開放されてる。ついでに賭けもできる。まあそっちがメインになってるやつも多いけど……」


 本当に賭けは許可されていたらしい。一応は警察の協力組織だというのに、賭場を開いていいのかと疑問に思ったが、重要なのはそこではない。


「賭け、か」

「興味あるか?でもあれだけ強いと誰も賭けて戦わないだろうし、人に賭ける専門だな」

「いや、あの女と手を繋ぐことが発動条件だ。一人じゃ使えない」

「本当か!?じゃあ俺と戦おうぜ!もちろん、金かけて!」


 話を盗み聞きしていたらしく、先程賭けに負けて喚いていた青年が会話に割り込んで来た。

 どうやら七人組手の話は知っていても、それは二人でやったものと思い込んでいるらしい。


「治ったばっかで動きたいと思っていたところだ。賭けるのは一万でいいか?」

「えっ、いや、ちょっと多くないか?そんなに自信あるのか?」

「多いか?ミニマムベットのつもりだったんだが」

「え、あ、そうだな。ミニマムミニマム。んじゃ、やろうぜ」


 勝負への合意を経て、二人は戦闘用スペースへと向かっていった。 

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