第5話 復讐者の名を知る者

 男が、覚束ない足で歩いていた。

 ふらりふらりとよろめきながら、壁伝いに進んでいく。

 その男の名は、ガルマ・ネメオ。イチトとニコラと戦い、勝利を収めた宙域の最高戦力、警部の一人だ。


「くっそ……」

 だが本人はその結果に全く満足していない。

 本当ならば、圧倒するべき戦いだった。

 力を手に入れて図に乗った新人を制御できるように、恐怖を叩き込むつもりだった。


 しかし結果は辛勝。

 相手の実力を舐めてかかって、重い一撃を食らったことを考えれば、もはや敗北と言っていいぐらいだ。


「見事にやられたものだな」

 唐突に響く声に驚き、正面を見る。

 そこには、声の主が立っていた。

 その女の身長は百七十前半、紅蓮の髪は腰まで延びている。顔立ちは厳しい印象を受けるものの、非常に整っている。更に体つきも女性的で、誰もが見ほれる程に美しい。


 そして汎用の制服とは一線を画す、黒の軍服に身を包んでいた。

「驚かさないでくださいよ」

「私は普通に近づいた。貴様が気付かなかっただけだろう」

「脳を揺らされたからですかね。あと、やられちゃいません。俺の勝ちってことにしておかないと、昇進させることになるでしょう」


 ガルマは、その女に対して敬語を使う。

 つまり相手は、宙域の警部であるガルマより、更に上の立場だということだ。

 女は、それに相応しい尊大な態度で接する。


「ならば両者、いや、三者敗北というのが適切か。あの二人は言わずもがな、貴様は敵の強さを読み間違えて気絶寸前。これを勝ちと言うのは欺瞞だ」

「耳が痛いですね」

「顎も痛むだろう?よくよくその痛みを噛み締めておけ」


 そう言って皮肉り、嘲笑う。その堂々とした様子は、まるで女王のようだ。

 痛烈な皮肉はガルマに突き刺さり、分厚い胸筋すらものともせず胸の奥すら傷ませた。


「はは、勘弁してください」

「まあいい。それよりも、中々使えそうな新人だな。身体強化系は、指揮する側としても好ましい」

「はい。『双騎当千』とか言ってましたね」


「貴様の意見も聞いておこう。あの二人は、どうだ?」

「『対価』が無いのは良いですね。役に立つと思いますよ。で、その、なんというか、そろそろ休まないと『対価』が怖いので、いいですか?」

「ああ、そう言えばまだ『星群』を発動し続けてるのか。本当に融通がきかんな」

「俺に言わないでくださいよ」

「まあいい。説教は起きてからにしてやる。早く寝ろ」


 ガルマはまだ続くのか、と口をついて出そうになるのをなんとか堪え、適当に返事をして部屋に向かう。

 起きて直ぐに説教が待っていると思うと憂鬱だが、今更どうしようもない。


「そうそう、イチト、男の方ですが、ここを辞めるって言ってましたよ。欲しいなら早めに逃さない工夫をしておいた方がいいんじゃないですか。例えば、起きる前に出航するとか」

「手配しておく」


 言い終えるとガルマは、相変わらずの千鳥足で再び歩いていった。

「ようやく来たか、クロイ•イチト」

 その姿が見えなくなったところで、女は一人呟いた。

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