第4話 当然の帰結

 会話もそこそこに、二人は手を繋いだまま走り出す。『星群』の効果か、手を繋いでいるというのに人の二倍程の速さが出ている。

 そのまま速度全てを拳に込め、首に向けて解き放つ。ガルマは宣言通り必殺の一撃を待ち構える。


 バシイッ!

 当たった。

 だが、当たっただけだ。

 攻撃を受けても尚、ガルマは微動だにしなかった。


「痛え。だが一撃でってのは言い過ぎだったな」

 イチトは舌打ちをして素早く距離を取った。その表情には焦りが垣間見える。

 全力で殴っても、傷の一つどころか、姿勢を崩すにも至らない。

 散々鍛え、体格にも恵まれたイチトが、『星群』を使っても尚だ。


「……硬えな」

「そりゃそうでしょうよ。ヤワだったら死んでるよ。それと指示がないとどう動くのかわかんないんだけど」


 一歩遅れて飛び退いたニコラは同意するついでに不満も口にする。

 しかし悠長に話をしている暇はない。一撃を放ったことで、ガルマは動き出してしまった。

 早速隙を見せた二人に向けて力が込められた拳が放たれる。


「右っ!」

 辛うじてそれに気づいたイチトは指示を出しつつ避ける。

 ニコラは咄嗟の事で反応が遅れたが、繋いだ手を引かれ、なんとか直撃を回避した。


 しかしその拳が作り出した風圧は凄まじく、近くにあったニコラの頬に切り傷を残した。

「痛ぁ!?ちょっと!加減ってもんを知らないの!何年やってんの!」

 先程イチトの煽りを窘めたはずのその口は、咄嗟に敵を煽るように動いた。だがガルマは気にした様子もなく獲物を追い続ける。


「手加減に関しては初心者だ!おらっ!」

「左っ!」

 もう一度拳が迫る。前回よりは警戒していた事もあり、今度は風圧で頬を切られない程度には距離を保って避けた。

 振り返ると、直前に立っていた床は無残にひび割れていた。それを見たニコラは顔を青く染めた。


 三人を囲んでいたはずの観客達は、それを見て我先にと戦場から離れていく。

「やばいってイチト!死ぬ前に逃げようよ!」

「殺されやしねえよ!跳べ!」


 追い込まれているというのに相変わらず二人の意見は合わない。それでも何とか攻撃を避け続ける。

 必死に躱す。紙一重で、首の皮一枚繋がるような回避を延々と繰り返す。

 だがそれは、終わりの見えない責め苦。二人の精神と体力は、加速度的に削られていく。


「右、いや左!」

「ッ!」

 そうなれば当然、言われるままに動くだけのニコラの方が危機に晒される。柔肌に走る赤い亀裂は数を増し、痛みと緊張で益々精神が弱っていく。

 分かりやすい隙を見せられて狙わないほど、ガルマは紳士ではない。攻撃をニコラ一人に集中させ、より効率的に相手を追い詰める。


 効果は目に見えて現れ、ニコラでは躱しきれず、イチトが腕を引いて避ける事が増えていった。何度も繰り返せば、当然イチトの体力も削られていく。

「おい!しっかり避けろ!」

「それなら距離取れっての!なんで離れる事すらできないの!?」

「離れたら攻撃できねえだろうが!」

「近くてもできてないじゃんか!それなら距離とろうが同じでしょ!」


 意見も目的も違う急拵えの二人組。窮地に追い込まれれば『星群』のみで結ばれた繋がりなど直ぐに切れる。

「喋ってる場合か?」


 そこに強力な一撃が放たれる。

「左!」

 イチトの指示を無視し、ニコラは後ろに飛び退いた。

「!?」


 手を繋いでいる以上、一人が避ければもう一人は当然引っ張られる。

 イチトが引かれた先は、丁度ガルマの拳が向かう先。

 咄嗟に右手で迎え撃つが、太刀打ちできるはずもない。

 鎧袖一触。

 抵抗すら許されず吹き飛んだ。


「っ、ああああああ!」

 繋いだ腕が千切れそうになる程の速さで空を舞う。イチトの右腕は『星群』で上がった耐久も虚しく、完全に砕け散っていた。血を撒き散らす二つの人影は移動を続け、壁にぶつかってやっと動きを止めた。


「なんで言った通り動かねえんだよ!」

怒りを込めて、イチトは叫ぶ。しかし隣で倒れる少女はそんな少年の叫びに一切興味を示さない。


「うるさいなあ。私は途中から狙われてたんだよ。君とは違ってね。避けて、避けて、避けて、それでもまだ攻撃は続いて、いつまで経っても終わんなくて、嫌気が差して当たろうとしても引っ張られて。もう、一撃食らって終わりたかったんだよ」


 同じ『星群』を持とうと、他人は他人。

 指示に従っても状況が悪化するばかりならば、当然逆らうという選択肢を選ぶ。


「だったらわざと当ててやるしかないじゃん。もう疲れたんだよ。負けでいいよ、勝てなくていい。ずっと避け続けるのは嫌だ。できもしない反撃を狙い続けるのももう沢山。ここから先は君一人でやってよ。これで君のお望み通り、一対一の勝負だよ。おめでとさん」


 繋いでいた手を離して、厭味ったらしい拍手を送る。

 二人の間にあった不確かな繋がりが完全に切れ、全身に巡っていた力が霧散した。

 もはや二人は『星群』の恩恵を受けない、凡夫に成り下がった。


「ああそうかよ、最高だな。お荷物が消えた」

 それでもイチトは折れていない方の腕を使って立ち上がり、一人でガルマに向かう。

 『星群』が無くとも、戦う理由は消えていない。それだけで、立ち上がるには十分だった。


「馬鹿だね。なんでそこまでするのかわかんないよ。ちょっと昇進待つだけじゃん」

「目的の為だ。どれだけ時間が残ってるかも分からない。今すぐ昇進できるならやるしかない」

「そこまで拘る目的って何なのさ」

「教える義理は無い」


 イチトは少しずつ理性を取り戻し、なんとか冷静になって答える。だがニコラはそれでも追求を止めない。


「削った枝葉末節を教え合おうよ。私はね、借金あるんだ。そんでパパーッと返せる宙域に来た。ほら、そっちの番」

「何で今更聞く」

「好奇心。気になるじゃん、腕が砕けても戦うほどの理由」

「そんなことの為に教えるか」


「なら信用するためってのはどう。君、言ったでしょ。名前と性格と目的がわからなきゃ信用できないって。性格はもうわかっただろうし、名前と目的も言った。これで少しは信用できたんじゃない?少なくとも理由を教えてもらえるほどにはさ」

「もう聞いても信用できるかよ」

「なら私は君の邪魔をしよう。さっさと戦いを終わらせたいから、全力で足引っ張ってやる。それが嫌なら教えてよ」


「ふざけるのも大概にしとけ」

「本気だよ。もう腕が駄目になってるんだから、ちょっと嫌がらせするだけで君は負けるよ。というかしなくても負けるでしょ。で、どうする?」


 話して戦うか、もしくは邪魔されて負けるか。

 イチトは僅かな逡巡のあと、憎しみに満ちた声で語りだす。

「木星で発生した連続殺人」

「……五年前の、めちゃくちゃ死んだやつ?」

「ああ。その時家族を殺された。犯人は捕まるどころか名前すらわからない。だから俺が見つけてこの手で殺す」


 ニコラの呼吸が一瞬止まる。口元が引きつり、わなわなと震えだす。

 そして不規則に空気が漏れ出し、ついに口は綺麗な三日月を描いた。


「あはッ、ははははははははは!」

 そして、堪えきれずに声を上げて笑いだした。


「無理だ!我慢しようかと思ったけど、こんなの笑っちゃうよ!!!今のご時世に律儀に敵討ちかよ!サムライの時代じゃないんだからさ!ははははは!」

 わざとらしいぐらいに大きな笑い声が口から溢れ出す。気が狂ったように。止まることなく笑い続ける。


「そんな事に命かけてこんなとこまで来たの!?馬鹿だなあ!殺した所で金にもなんないし、犯人と同じ犯罪者になるだけなのに!?」

「好きに言え。だが、邪魔だけはするな」

「あーっはっははは、そうだね、満足した。で、散々笑わせて貰ったお礼にさ、もう一回だけ攻撃手伝ってあげるよ。十万円でね」


 ニコラは満面の笑みを浮かべ、協力を申し出る。自分の利益を追求することは決して忘れずに。

「さっきまであれだけ嫌がってた癖にか」

「それだけ面白かったってことだよ。君が仇を討てずに絶望するのを特等席で見たくなっちゃった。だから、さ、とりあえずもう一回繋いでみようよ。本気で戦って、あの男に負けて、無力をかみしめる姿を私に見せてよ」


 ニコラは首跳ね起きの要領で立ち上がり、右手を差し出す。新しいオモチャを見つけた子供のような笑顔で。

 ガルマはそれを何も言わずに見ていた。

 弱った相手を倒すよりも強い相手を倒した方が、新人を従わせるには効果的だからだ。


 誰もがイチトに強くなることを求めている。

 ただし、負けることを前提として。

 イチトは顔をしかめながらも、左手を差し出した。


「まいどあり!」

「言っておくがお前を信用したわけじゃない。ただ、後払いなら裏切らないと思っただけだ」

「どうでもいいよ。結果は同じ。私は君の敗北をじっくり楽しめる」


 再び二人は目を閉じた。

 感じる気配に従い、お互いに手を伸ばす。最短距離で近づいた二つの手は重なり、心臓のように鼓動を始めた。


 全身の血が更に熱を帯び、その移動を加速させていく。細胞の一つ一つが活性化し、肉も、骨も、皮も、これまでとは全く違う構造へと変化させる。

 力が、満ちていく。


 そして二人は、目を見開いた。


「どうなるのかと思って見てたけどよ、さっきと同じだ。いや、腕折れてる分酷いな。いい加減反省しただろうし、降参してもいいぞ」

 ガルマの言うことは正しい。右腕が使え、大きな怪我もしていなかった時でさえ、一度しか攻撃を当てられなかった相手に勝てるはずがない。


 だが、放つ空気が少しだけ変わった。

「一撃で決めてやる」

「いいね、やって見せてよ」

 二人は手を握って走り出す。狙いを付けさせない為か、イチトの指示に従って、何度も右、左、と細かく動き、距離を詰めていく。


 だがそれが効くのは狙撃手相手の話。素手での戦いではあまり大きな効果はない。

 百戦錬磨の相手なら尚更である。ガルマは動きを見切ってそれに合わせて拳を繰り出した。


「右!」

 イチトから指示が飛ぶ。しかしガルマもそんな事は織り込み済み、指示のあった方向に軌道を変化させた。


「残念でしたーっ!」

 二人の体が左に動く。

 そう、イチトの指示と逆の方向に。

「何っ!?」

 ガルマは、この一撃で勝負を決めるつもりで力を込めていた。込めてしまった。

 指示と逆に動いたことで、力を入れた一撃は空振りになり、大きな隙を晒す。


「そうか、さっきのはっ!」

 ここでガルマも、左右に動きながら近付いた理由に気付く。

 あの移動の最中、イチトはニコラ手の甲を爪でなぞり、移動する方向と痛みを紐づけさせていたのだ。

 直前までいがみあっていたからこそ、急な協力は敵の予想を外れ、姿勢を崩すまでに至ったのだ。

 

 死角に回り込んだイチトは、膝を後ろから蹴飛ばして姿勢の復帰を遅らせる。

 その間ニコラは徹底的に、人体で最もダメージが通りやすい臓器、腎臓を叩き続けた。そして最後にもう一発、 二人同時に腎臓に食らわせる。

「ぐっ!」

「一撃とは、いかねえか!」


 ガルマもやられるだけではない。姿勢を立て直すのを諦めて、腕を振り回して攻撃を止めるべく動く。

 丸太のように太い腕は適当に振り回すだけでも相当な威力を発揮する。

 だが当たればの話だ。腕を振った先には仰け反った二人の姿。


 腕の太さと腕力に任せた豪快な攻撃は、何も破壊できずに空を切る。

 軌道のほんの少し下にいたせいでイチトの鼻に風圧で切れた跡ができたが、全身傷だらけならば影響はない。

「うおおおおおおおお!!!」

 二人を引き剥がす事に失敗したと気づいたガルマは、もう一度薙ぎ払おうと逆向きに腕を動かす。


 しかし、遅い。

 腕が戻ってくる前に、今度はニコラがガルマの膝の裏を全力で蹴り飛ばす。

 当然体勢は崩れ、お誂え向きにガルマの顎が丁度イチトの蹴りが届くところまで落ちる。


「やっちゃって!」

 叫び声に応じるように、降りてきた顎を目掛けて全力で足を動かす。

 『星群』で強化された力で回転し、目にも止まらぬ速さの足を顎めがけて叩き込む。


「くたばれええええええええええ!!」

 パァン、と振り抜いた。

 ガルマの脳が揺れる。意識が一瞬、吹き飛ぶ。


「が、ああああああああああああああ!」

 だが、それでもガルマは全力で腕を振り、伸び切ったイチトの足へとぶち当てた。

骨が成すすべも無く砕け散ると同時に、二人は壁に衝突するまで吹き飛んだ。

 ドゴオオオオオオオンッ!

 鼓膜が破れそうな音がし、壁の破片が飛び散った。同時に体内では数え切れないほどの骨が粉となって散る。

「うがっ!」

 衝突したニコラは、ずるりずるりと壁を滑り落ち、座り込んだ。

 イチトに至っては床に倒れ伏し、ぴくりとも動かない。

 ガルマは覚束ない足取りで二人に近づいた。その目には今までとは違う、戦闘を楽しんでいるかのような輝きが有った。


 しかし相手となっている二人の目にはそれに挑もうとする光は無い。

「あー、降参。ほら、こいつも気絶してるし。私の契約は終わったし。起き上がれもしないし」

 イチトは何も言わない。どころか身動ぎ一つしない。彼の目的達成への執念をもってしても二度目の骨折と衝突には耐えられなかったのだ。ガルマは大きく舌打ちをした。


 そして直後、大きく足を振り上げると、ニコラの両足を踏み折った。

「っ!?あっ、がっ!?」

「降参が遅えよ」


 ガルマは覚束ない足取りで、ふらりふらりと出口へと歩いて行った。

 扉が閉まり、姿が見えなくなる。

 ホールを埋め尽くしていた静寂は終わりを告げ、ざわめきがそれに取って代わった。


「すげえ、俺全然見えなかったぞ」

「警部相手にここまで持たせるってどんな強い『星群』持ってやがるんだ?」

「男の方はさっき七人同時に相手取って勝ってたぞ。しかもその時は、絶対今より遅かった」

「マジかよ。一体どうなってやがんだ。もしかして女の方も元から強いのか?」


 誰もが遠巻きに二人のうわさをする。どういう奴か、興味はある。

 しかし実力の乖離と同じだけ、人々は二人から距離をとる。


 だがニコラは全く喜ばない。

「誰か、医者、呼んで」

 痛すぎて大きな声は出せない。呼吸ですら耐え難い苦痛をもたらす。

 しかし遠巻きにされているので、今出せる声量では到底誰の耳にも届かない。


 痛みに耐え、出せるだけの声で助けを求める。しかしブツブツと呪いのように何かを呟く姿が恐れられ、ニコラの思いとは裏腹に、人はより遠くに離れていった。

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