第3話 『双騎当千』
ガルマはにやりと笑って振り向いた。
「おい、クロイ!どうやら解決できそうだぞ。戻ってこい」
予期していた通り、事態は少年にとって最悪の方向へと進んでいく。
「え?何?何のお話?」
イチトは再び歩き出し、一瞥もせずに二人から離れて行く。
「止まれ、命令だ!」
ガルマの声が広間に響いた。
命令と言われれば逆らうわけにもいかず、少年の足が止まる。
だが振り返ることはしない。命令として言われなければ従わない、反抗の意思を滲ませる。
「情報が欲しいんだろ?ならこっちに来い」
「結構です。『星群』を使えるようにした経験もない人に聞いたところで、大した情報は得られないでしょう」
「さっきまではそうだっただろうな。だが今は違う。こいつが現れた」
「私?というか私にも状況把握させて貰えないですかね?」
どこまでも呑気な少女は人差し指をあごに当て、二人を交互に見て問いかける。
「あの男も『双騎当千』って『星群』を持ってる」
「……あ~なるほど!」
それを聞いた少女は少年に近づき、ニコニコと不気味な笑顔を浮かべて、目の前に立ち塞がった。
「やっぱり君に用があったみたいだね」
「邪魔だ」
「それは重畳。逃げるの邪魔しにきたからね。さあ、早めにこの『星群』の使い方調べちゃお」
同じ名前の、そして使い方のわからない二つの『星群』。
そこに繋がりを見出さない人間はいないだろう。
恐らく二人で何かをすることによって、この力は使うことができるのだ。
これから宙域警備隊として戦う二人には、力が必要。
だからニコラは最初の一歩として、自らの左手を差し出した。
「断る」
だがイチトは、その手を取らなかった。
「……うん?『星群』が使えないままじゃまず出世できないと思うよ。わざわざこんな殉職まみれのとこに来る理由が何にしろ、昇進したほうがハッピーじゃない?」
少女はあくまで明るく、どこかふざけたような喋り方をする。どこまでも冷たく当たる少年との温度差は大きく、会話を成立させ辛くしていた。
だというのに、少年はどこかその少女に懐かしさのようなものを感じていた。恐らく、この感情は、『星群』とやらの影響で感じているものなのだろう。
少女が懐かしい感じがすると言ったのもその証拠だ。
一度も会った覚えがない人間同士が、偶然、お互いに懐かしさを覚えるなんてことはまずありえない。
発動方法が無意識の内にわかるのも、この懐かしさと似たような感覚なのかもしれない。
この少女の手を取れば、『星群』を使うことができるという感覚は、間違いなくある。
だが、少年は『星群』の衝動に従うことを拒んだ。
「確かに昇進した方が良いだろう。だが名前も性格も目的も、何一つとして知らない、信用できない奴とは組めない。お前に背中を預けるよりは、一人で戦った方がマシだ」
「……うっへえ警戒心エグ。でも『星群』なしじゃ敵に勝てないと思うよ。そしたらやっぱり昇進は難しいんじゃない?信用できないにしても利用ぐらいしておくべきだよ」
「俺は『星群』とやらを持っただけの人間よりは強い。だから必要ない」
「私も理由があるからここにいるんだよ。そうじゃなきゃ誰も悪名高い宙域警備隊なんかに入らないって。力がほしいだけで、裏切る理由なんて何もない。お互いの利益になる間は力でもなんでもあわせようよ」
「それはお前の都合だ。俺にそのつもりはない」
「知ってるよ。でもせっかく力の使い方なんとなくわかってるのに、それを試しもしないような奴は戦場に出せないと思うよ?」
「例えそうだとしても協力はしない。それで出撃できないなら、仕方ない。どうせ情報を手に入れる為に来ただけだ、こんな所さっさと辞めてやる」
「俺の前でよくもそこまで好き放題言えるな」
空気がひりつく。低くドスの利いた声は殺意にも似た圧力を伴って広がった。
二人は同時に声のした方へと向き、ようやく宙域を悪く言っていたのが男の機嫌を損ねていた事に気がついた。
圧された少女は笑顔を引きつらせ、額から汗を流す。
「あー、ごめんなさい。馬鹿にするつもりは無かったんですけどー」
「俺にはそうは思えんな。悪名高いとか言ってただろ」
「やだなあ、空耳ですよ、多分。私そんな事言いませんって」
「反省の色無し、か。よし。俺がお前らの根性叩き直してやる。戦う準備しろ」
「いやいや、いやいやいや、嫌。結構です。力も使えない私めなどに貴方様の相手が務まるはずもございません」
少女は逃げる。どう考えたって勝ち目がないからだ。
見た目も、気迫も、今手に入る全ての情報がこの男が強いということを担保している。
相手は犯罪者との戦闘を主な業務としている、死亡率が異常なまでに高い宙域警備隊の隊員。しかも『星群』について詳しくなれるほど生き延びた猛者。
『星群』すら使えない十五の少女程度では、戦いにすらならないだろう。
降参する間もなく意識、もしくは命を刈り取られてしまうのは間違いない。
「じゃあ選ばせてやろう。宙域辞めるか、戦うかだ」
「慈悲って、ないんですか?」
「あのなあ、俺は怒ってるんだぜ?戦うとなれば骨の百本や二百本折ってやろうと思うくらいにはな。慈悲なんざあるわけねえだろ」
「いやいやいや桁が二つ多い……いや、一、二本でも大惨事だけども!」
恐怖に歪んだ表情で、少女は暫くガルマを震えながら見つめた。だがガルマは頑として少女を睨み続ける。絶対に灸を据えてやるという意思が、少女の体に突き刺さる。
「……ちゃんと終わったら綺麗に直してくださいよ!あ、できるなら元よりも足長めで!」
「戦うって事でいいな。で、そこのお前はどうするんだ?」
必死の訴えを軽く流し、同じく少女の思いに耳を傾ける気すらないといった雰囲気の少年に話しかける。
「俺に拒否する理由も権利も無いでしょう。それより順番は、俺が先でいいですか。あいつ相手にして消耗する前に、警部にまでなった人の力を見たいので」
あいつ、と言って親指で少女の方を指す。だが少女は指さされるのが気に食わなかったようで、その射線上から二、三歩横にずれた。
「何言ってやがる。お前らは二人一組で俺と戦うんだ。順番も何もあるか」
少年は心底不愉快だと言わんばかりに睨みつけ、親指が少女の現在位置に向くよう修正してから少し先ほどより低い声で言った。
「こいつは邪魔になるだけです。一対一でお願いします」
「勘違いしているようだな。『星群』使って来ないと話にならんと言っているんだ。俺はこの宙域警備隊の、警部だぞ。中学出たばっかのガキなんかじゃ相手にもならねえよ。命令だ、使って戦え」
「言ったでしょう、協力するぐらいなら辞めると。命令違反だろうと、辞めるなら関係ない」
少年は周囲を見渡すと、一番近い出口に向かって歩き出した。少女は逃げ出した少年を恨みがましい目で睨む。
「理由はある。俺に勝てば警部補まで昇進させてやろう。警部補なら一人で出撃しても誰も文句はつけない」
イチトの足が止まる。
勿論、これが罠だということはわかっている。だがそれでも、もしここに来た目的を果たせるならば、罠にかかる価値はある。
「……捜査情報はどこまで見れるんですか」
「そうだな、捜査権が宙域警備隊にある事件なら全部見れるはずだ」
このタイミングでわざわざ確認する理由はただ一つ。
捜査情報こそが、クロイ・イチトが宙域に来た目的なのだ。
そしてそれを鼻先にぶら下げてやれば、罠だとわかっていても飛びつくはずだということもガルマは理解していた。
「今回だけで良いなら、組んで戦います。ですが、何故そこまでして俺に戦わせようとするんですか。貴方には一切得が無いでしょう」
「言ったろ、俺は腹が立ってるんだ。だからお前らを痛めつけて溜飲を下げさせてもらおうって算段だ」
まんまと釣れた。そんな考えを悟られぬように、ガルマはこれまで通り、怒りを込めて疑問に答える。
幸いにも今回はうまくいったようで、イチトは頷いてからニコラの方を向いた。
「と言う事だ。今回だけは協力する」
少女はため息をつき、両手を広げながら首を振る。不満が有ると誰の目にもはっきりとわかるほど大げさに。
「あのねえ、さっき私が誘ったの断っといて何言ってんの。頭下げるぐらいはするべきじゃない?それに信用できないって言ったくせに、今回は協力するんだ」
「悪かった。これでいいか?それと信用はまだしてない。お前が裏切っても殺されはしないと思っただけだ」
新人が集まるこの場所で死人を出せば、大半が命を失うということの意味を思いだし、宙域を去る。それは宙域の警部であるガルマにとって、一番避けたい事態のはずだ。
「一切心がこもってない謝罪どーもっ!あー、嫌い!まあ今から君が酷い目に合わされると思うと少しは気が晴れるかな。私も同じ目に合うっての脳から消し去れたならもっと素晴らしい」
「俺はやられるつもりはない。それより手出せ」
そう言うと少年は左手を差し出した。少女は手から顔へとゆっくり視線を動かした。半分睨みつけるような視線だったが少年は何一つ反応を示さない。しばらくして
少女はより大きくため息をついた。
「今更握手でもするつもり?私もう仲良くする気更々ないんだけど」
「俺にもない。『星群』がこれで使えると感じただけだ」
イチトは、ガルマが腕を動かすようだと例えた理由を理解する。
理屈など一切ないにも関わらず、どうすればいいのかが脳裏に浮かんでくる。
力を使いたいならば、触れあえばいいのだと。
認めたくはない。
だが、認めなければ情報は手に入らない。
「やっぱりそっちも感じてるんだ、この気持ち悪いの」
「ならさっさと手出せ」
「その前に一つだけ教えてよ」
「何だ」
「名前。一時的とはいえ協力するっていうなら自己紹介ぐらい無いの?君が言ったんでしょ、名前も知らない相手は信用できないって」
「クロイ•イチト。これでいいな」
「枝葉末節を全部削るのは効率的だけど、人間としては零点だね。私はニコラ。一時的によろしくね。一時的に」
嫌悪を隠そうともせず、これから協力する相手を侮辱する。そんな振る舞いにもイチトは一切気分を害した様子もなく、憮然とした顔のままだった。
「準備はできたか。観客も温まってきたし冷めちまう前に始めるぞ」
いつの間にかガルマは二人から遠く離れ、待ち構える。
その姿に興味を持ったのか、他の新人達は観客気分で周囲を取り囲んでいた。
「うええー晒し物じゃん」
それを聞いて、イチトはようやくガルマが無理にでも喧嘩を買わせた二つ目の目的に気がついた。観衆の前で二人に無様な負け方をさせる事で、他の隊員が上司の命令に逆らわないようにする。
つまりは示威行為だ。
使い方次第では、人など即座に殺せる力、『星群』。そんなものを好きに使わせれば、組織の存続すら危ぶまれる。
そうさせない為には、更に圧倒的な力で押さえつけるしかない。
その役割を担うのが、ほかならぬガルマ警部なのだろう。
「倒せばあっちが晒し物だ。行くぞ」
「言っとくけど私は勝てるなんて思ってないからね。むしろ被害少なめの負け方を模索中だよ」
「知ったことか。俺は勝つ」
円形に並んだ人の壁に近づくと、招き入れるかのように隙間ができる。イチトは周囲の視線など意にも介さずにその輪の中央に近づく。一方ニコラは腕をだらんと下げて、足を引きずるように進む。
だがそれが余計に好奇の視線を集めた。
「勝ったら昇進、忘れるなよ!」
注目がピークに達したところで、イチトは周囲の観客に聞こえるよう声を張り上げる。
例えこれが罠だとしても、乗り越えて勝利を得るという宣言だ。
ついでに約束を反故にすれば信頼を失うぞ、とガルマを脅し、勝った後の物言いを防ぐためでもある。
「ああ、勝ったらな!先手は譲ってやる。まずは力、見せてみろ」
その考え全てを理解し、それでも尚ガルマは昇進を約束する。
絶対に負けないという自信が、その声と張られた胸から感じ取れる。
「つまりは攻撃しなきゃ始まらないんでしょ?このまま放置が賢い判断だよ。何事も裏をかくんだよ」
「手貸せ」
イチトはニコラの意見を無視し、左手を差し出した。ニコラは手を睨みつけたものの、言っても無駄だと思ったのか右手を差し出した。
「私は戦ったことないからね。運動神経はいい方だけど、それでもアレの相手は無理。正直、君一人でやるようなもんだよ」
「最低限左腕ぐらいの働きはしろ。行くぞ」
二人は何かに導かれる様に目を閉じた。何も見えないはずなのに、相手がどこに居るかはっきりと感じ取れる。
その感覚に身を任せ、相手の手目掛けて腕を伸ばす。
瞬間、手が触れ合った。
どくん
触れた先から力が溢れ、二人の体を侵食していく。
そしてその脚を、腕を、躰を、細胞の一つに至るまでを、『星群』の負荷にも耐えられるように作り直す。
痛みはない。寧ろ高揚感が脳を埋め尽くしている。
繋がれた手が心臓のように鼓動し、全身の変化を加速させていく。
全てが変わり、代わり、替わる。
そして二人は、目を見開いた。
「うわー体軽っ!重力調整器が壊れた時みたいで、案外良いかも!」
そう言ってニコラは何度かその場で飛び跳ねて見せる。繋いだ手がほぼ垂直に張るくらいの高さまで、軽い運動でもするかのように届いた。
「おい!手の内を簡単に見せるな!」
「はいはい。もう、細かいんだから」
ガルマはその跳躍をじっと見つめ、微笑んだ。
「ほう、なかなか強そうじゃないか。俺に勝てるほどじゃないがな」
「一撃で決めてやる」
「なーんで煽るかなこんな時にっ」
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