第2話 少年と少女

 七人目が投げ飛ばされた。

 胸倉を掴まれた青年は宙を舞い、一切の抵抗を許されずに地面に叩きつけられる。

 一対一の勝負であったとしても、相当な訓練を積まなければできない、美しい投げだ。


 しかもそれを七人同時に相手にするという状況下でとなると、難易度は数段上がる。

 しかし成し遂げた少年の表情からは達成感や喜び等の感情は一切読み取れない。寧ろ苛立っているようにすら見える。


「なあなあ、すげえ強いな!一体どんな『星群』アステリズムならこんなに強くなるんだ?」

 最後に投げられた青年は、茶髪に覆われた頭を抑えながら、少年に尋ねる。


「教える義理はない」

 少年は顔を顰めると、質問には答えることなく立ち去った。


「あれ、随分冷たいな……先に名乗るべきだったか?」

「恐らく違う。さっき私が名乗ってから聞いた時も奴は答えなかった」

 声に反応して振りむいてみると、そこには最初に投げ飛ばされた青髪の青年が、首を鳴らしていた。


「そうなのか?多人数相手に模擬戦するぐらいだから見せびらかしたいのかと思ったんだけど」

「何も知らずに参加していたのか。名前ついでに『星群』を聞いたら戦って当ててみろと言われたから私がまず挑んだ。だが一瞬で負けて何も掴めなかったから多対一でと言うわけだ」

「いやー、俺も『星群』使ってみたくてさ。で、『星群』については何かわかったのか?」


 青髪の青年はなかなか答えない。聞いた方の青年は目を輝かせながらその答えを待っている。

「さっぱりわからん」

 だが青髪の青年の答えは満足には程遠いものだった。質問した青年はあまりにも酷い返答に肩を落とした。


「七人がかりで手がかりの一つも掴めないってどうなんだよ。戦った意味ないだろ」

「一分もかからずに全員倒されてしまったのだから仕方がないだろう。それにその七人にはお前も含まれているのを忘れるな」

「俺は事情を知らずに参加してたし、わからなくても仕方ないって」

「事情も知らずに多対一の戦闘に加わるのも人としてどうなんだ」


 痛いところをつかれ、茶髪の青年は口籠る。

「まあ私が誘ったのに文句を言うのもおかしな話だ。それより、私は自分と他の隊員の『星群』をできるだけ知りたい。どうだ、一戦やってみないか?」

「お、面白そうだな。いいぜ。よろしくな」

 二人は軽く握手を交わすと、中央の開いた場所へと向かっていった。





 一方少年は、勝利を収めた舞台から遠く離れた、広間の端にある椅子に座った。先程模擬戦を行っていた場所のすぐ側にも椅子は有ったのだが、他人を避けるようにしてこの椅子までわざわざ移動したのだ。


 苦い顔をした少年は、そっと窓の外を眺める。だがそこから見えるのは、鮮やかな自然ではなく、無機質で退屈な宇宙船の停泊所だけだ。


「何だ?宇宙船に乗るのは初めてか?」

 すると突然、正面から声がした。


 人の少ない位置に敢えて座ったことが仇となり、聞こえなかったふりも出来ず、少年はゆっくりと顔を上げた。

「いえ、何度か乗ったことはあります」

視線の先には、二メートルは越えようかという大男が仁王立ちしていた。服はその場にいる他の人間と同じく、白を基調とした、ポケットの多いものだ。だが随分鍛えているようで、支給品のその服は、はちきれんばかりに筋肉で膨らんでいる。

「俺の勘違いだったか。これからずっと宇宙で暮らすんだから慣れろよ、とか先輩風吹かせようとしたんだがな。それで、名前は」

「クロイ・イチトです」

 少年は、クロイ・イチトと名乗った。


 身長は百七十後半、正面の男ほどではないが、筋肉質な体をしている。

 そのせいか、この場にいる新入隊員が全員十五歳だと聞かされていなければ、その年を二、三間違えるほど大人びた印象を受ける。


 その名の通り髪と瞳は光を全て吸い込むかの如く黒い。また目の下の隈や切れ長の目のせいで、ただ視線を向けるだけでも人に威圧感を与える。

 普通ならば敬遠されるような要素だが、警察の協力組織として、犯罪者と戦う宙域警備隊には相応しいと言えるだろう。


「ガルマ・ネメオだ。それで、飛ぶのを見に来たわけでも無いのなら、お前は一体そこで何をしているんだ?」

イチトは思わず舌打ちをしかけたが、相手が上司だと思い出して止めた。


「疲れたから少し休憩してるだけですよ。しばらくしたら戻ります」

「さっき戦った後、息も切らしてなかった奴が疲れた、は無理があるだろ」


 ガルマは先程の戦闘も見ていた。そして当然、その結果を知っている以上、ここでイチトが幾ら言い訳を重ねても、引き下がるつもりは一切なかった。


「見ていたなら分かったでしょう。相手が弱すぎて戦っても得るものが何も無いんですよ。それなら休んでいても良いでしょう」

「『星群』を隠したいから、じゃないのか?」


「……そもそも、『星群』って何ですか」

「まあ有り体に言えば、超能力だな」

「超能力なんてオカルトを信じろと?」


 その言葉を聞いたガルマは、鼻で笑うとイチトの正面から避けた。

 すると今までその巨大な体で隠れていた、他の隊員達の戦闘が視界に入る。


 右で炎が上がったかと思えば、左で人が空を飛ぶ。氷が唐突に出現し、それが吐息で砕かれる。

 超常が平然と飛び交う、異常な現実がそこにあった。

「確かにオカルトではある。だが、現実に起こっていることを認めないのは科学的とは言い難いんじゃないか?」

「……そうですね。認めましょう。確かに奇妙な現象が起こっています。で、これは何なんですか」


「超能力、以上に解説しようがない。お前もこの部屋に通される前、何か変なことをされただろ?」

「あの葬式のような儀式ですか」

 この部屋に入る前、イチトは変わった衣装を身に纏った女に、香油か何かを塗られ、何か歌のようなものを聞かされた。

 これ以上に変なことという言葉に当てはまることはそうそう無いだろう。


「葬式、か。けっこうカンが良いな」

「……生きている相手に葬式をしているんですか」

「いや、そうじゃない。どっかの星の葬式と、あの儀式は元になったものが同じなんだ。どっかの古い宗教の儀式がどうこうってな」

「今時、宗教ですか」


 イチトはどこかピンと来ないような、そして納得したような様子で呟いた。

 宗教的な儀式だというのなら、葬式との類似性も、意味を見出せない行為の多さも頷ける。

 ただ、同時に何故宗教的な儀式を行っているのかという疑問も生じる。

 殆どの未知か既知へと変わり、もはや神を信じる者など殆どいなくなったこの世の中で、わざわざそんな無駄なことをする理由がわからない。


「ああ。神の力がどうこうってアレだ。呼び名が『星群』なのも、星群が星と星を繋ぐように、遠く離れた力の源と、人を繋げるかららしいぜ。胡散臭いだろ?」

「胡散臭いって、それを『星群』使ってる人間が言うんですか。それで、力の源、とは?」


「さあな。もしかすると、神が天上に、いや、宇宙に御座すんじゃないか。まあともかく、重要なのは原理じゃなくて結果だ」

「使えればそれでいいと」

「そういうこった。まあ、タブレットも同じだろ?原理は知らなくても、便利だから使う」


 確かにガルマの言う通り、胡散臭いという先入観を捨てれば違わない。

 ただ人間は、そう簡単に自分の持ち合わせた常識と違うものを受け入れられない。少なくともイチトはそうだった。


「そんなもの使わなくても、銃とか使えばいいんじゃないですか」

「銃の扱いに長けた人間を育成するより、儀式する方がよっぽど早いし、銃と『星群』どっちも使えた方が便利だ。それに『星群』は、取られる心配がない」

「なるほど」


「ああ。さて、ここまで話してやったんだ。いい加減、お前の『星群』を教えてくれてもいいんじゃないか」

 イチトの顔が歪む。

 いくら話を逸らし、誤魔化しても、ガルマは決して引かないと気付いたのだ。


「儀式をやった以上、必ず持っているはずだ。別に教えるぐらい良いだろ?それとも何か言いづらいような『星群』だったりするのか?今なら秘密にしてやるが」

 少年は視線を鋭くし、答えるつもりが無いと態度で示した。ガルマはそれが気に入らず、睨み返しながら続ける。


「いいか、俺は宙域警備隊の警部だ。つまりお前の上司に当たる」

「そうでしょうね」

「お前はもう宙域警備隊の隊員だ。上司の正当な命令に従わなければ相応の処分が下るぞ」


 少年は少し俯き、強く歯を食いしばる。奥歯の擦れる音は周囲の喧騒に掻き消された。

「イチト、命令だ。答えろ」

 全身に力が入る。

 暫く沈黙が続き、ガルマが再度回答を催促しようとしたその時、少年は絞り出す様に答えた。


「『双騎当千』。効果は、『一つになるほど強くなる』。それが俺の『星群』だと言われました」

 ガルマは怪訝な顔をした。使い辛い『星群』が来るのは想定していたが、使い方が分からない『星群』を言われるとは想像していなかったのだ。


「一つになる、か。……一つになるってのは、どういう事だ?」

「分かりません」

「何故だ。お前の力だろ」

「力なんてないからじゃないですか」

「それはない。今『星群』の名前と効果を言っただろ。失敗したら、担当がそう言うはずだ」

「だとしても、使い方をわからないのは事実です」


 イチトが『星群』を使う隊員達を見た後でも、オカルト扱いした理由もそれに関係がある。

 妙な儀式に説明もなく巻き込まれ、自分には何一つその力が目覚めた実感が無いままに超常現象を見せられた。

 それだけで信用しろというのも、無理があるだろう。


「しかし、だなあ。何かこう、ないのか。体の中に、新しい感覚とか」

「全くありません」

「そう、か。俺は手に入れて直ぐに、感覚があったんだがな……」

「ありません。それで、もう一度儀式の担当者と話をしてみたいのですが」


「あのー、お取り込み中よろしいでしょうかー?」

 突然、会話に幼い声が割り込んだ。一人は不機嫌そうに、もう一人は驚いたように、二人は同時に声が聞こえる方へと向き直る。

 そこには顔に笑顔を貼り付けたような小柄な少女が佇んでいた。


 身長は百四十程度だろうか、周囲の女性隊員と比べると二回り小さい。白髪のボブカットに真っ白な肌、そして華奢で小さな体が合わさって、色を塗っていない人形が動いているようにすら見える。例外は唯一、その血を塗ったように赤い瞳だけだった。


 体格に恵まれ、光を通さぬほど黒い髪の少年とは、何もかもが正反対だ。

 だが少年からすればその見た目がどうとか、そんなことはどうでも良かった。


「何の用だ」

「あー、用あるの君じゃない。と、思うんだけど、あれ?君前にあったっけ?なんか変な感じ。まあいいや。私が用あるのはそっちの筋肉すごい人」

 少女は少年の全身を舐めるように見回したが、興味を失ったように視線をガルマに移した。


「お、どうかしたんだ嬢ちゃん?」

「『星群』?が使えないので詳しい人に聞きに来た次第ですっ」

 少女が語ったのは奇しくも少年と同じ悩みだった。

「これで二人目か。まあいい。纏めてどうすればいいか考えてみるか」

「おねがいしまーす」


「いいえ、結構です。自力でなんとかします。経験がないなら、頼っても無駄でしょう」

 少年はガルマの善意を無碍にすると、その場から足早に去っていった。

 だがその足が素早く動くのは、苛立っていることだけが理由ではない。

 逃げているのだ。


 偶然のはずがない。

 人の少ないところに向かう人間が、何かしら目的を持っているのと同じだ。

 『星群』の使い方がわからない人間が、二人同時に現れることにも、必ず意味がある。


 だからこそ、イチトの直感はその場から逃げるよう足を動かした。

「つれねえ奴だ。で、嬢ちゃんの『星群』は何だ?」

「えーっと、確か『双騎当千』っていってた、かな?」


 少年の足がぴたりと止まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る