4


 電車が、運転を再開した。座席にちゃんと座り直した。2人ともぐしょ濡れだから、座席が水浸しになった。鉄道の人、ごめんなさい。

「たまやとかぎやって、知ってる?」

 ヤマンバは、濡れてることなんて何にも気にせず、そう言った。何を知ってると聞かれているのか、よくわかんなかった。ちょっと戸惑っていると、解説してくれた。(親切だ)

 なんでも、玉屋も鍵屋も(漢字ではこう書くらしい)、どっちも数百年ほど昔の花火職人のお店だったらしい。で、玉屋は、鍵屋の弟子にあたる。

 当時の花火は、やっぱり川沿いでやっていたらしいけど、花火職人をたたえて、そのお店の名前を叫んでいたらしい。

 玉屋は弟子なのに、最新技術を取り入れたから、師匠よりも人気があったらしい。だから、たまやの声が先に上がる。そして、たまやと言ったら、かぎやと続く。

「へえ」

 という話を聞きながら、私は、どうしてか、彼女の横顔ばかりを見つめていた。

「ところがね」

 ここから先が面白いと言わんばかりに、ヤマンバは、話を続ける。

 私はじっとヤマンバの顔を見ている。

「鍵屋さんは、なんと、1659年から今まで、330年も残ってる。でも、玉屋さんの方は、鍵屋よりも人気があったのに、もうなくなってる」

「なんで?」

 私が話に興味を持ったのが嬉しかったらしい。にやりとしてその理由を話す。

「実は、玉屋さんは、花火の管理ミスで、大火事を起こしちゃった。当時は火事を起こすってめちゃくちゃ大きな罪になるから、玉屋さんは、追放されて、家名断絶になった」

 ふんふん。

「人気のあった玉屋は、たったの一代でなくなって、師匠筋の鍵屋は今も残ってる……」

 言いながら、ニヤニヤしている。

 あ、じゃあもしかして……玉屋の人気を妬んだ鍵屋の人が、実は……

「ね、ね、ね。なんか、ミステリがあるっぽくね?」

 白い大きな口で、にかっと笑う。

「ぽいぽい!」

「ところが」

 と一転。

「全然、そんなことないどころか、鍵屋の師匠は、ずっと玉屋のことを気に懸けてくれてたんだって。で、どっちもたたえて、今もたまやとかぎやの声だけが残ってるって」

 なんだ。なんかあるんじゃないかと、期待しちゃったよ。

「何かあったと考えるうちらの方が、よっぽど心が汚れてるっぽいわ」

 う。言われてみると。

 しかし、見た目に反して、このヤマンバ、なんというか、博学だった。

 花火の音が、電車の後方に流れていく。

 夏の夜空が、色とりどりに煌めいている。そこはもう、過去だ。


 2つ先の駅で降りた。うちとは反対側だから、普段あまり来ない駅。

 駅舎の前に、銭湯があった。こんなところに、銭湯あったんだ。彼女は、ためらうことなく、当たり前のように私の手を引いて、銭湯に入っていく。

 ちょちょ、ちょっと待って!

「銭湯行くの!?」

「たりめーっしょ」

 ものすごく、馬鹿にされたような目で見られた。何このヤマンバ。

 そりゃ、池に入ってぐしょぐしょの身体を、洗いたいとは思うけど、でも——

「だって、でも、行ったことないよ?」

「じゃあ、あたしと銭湯初体験だ」

 彼女は止まることなく、銭湯ののれんをくぐった。

「おばちゃん! 2人ね!」

 バンダイ(でいいんだよね?)に座ってる、ニコニコ気のいい感じのおばあちゃんが、お金を受け取る。お金は、2人分、彼女が出してくれた。

 彼女は、慣れた調子で脱衣所に行くと、濡れたぐしょぐしょの服を、ポンポン脱いでいく。

 そのスタイルを見て、驚いた。

 顔が黒いのは、やっぱり塗っていただけだった。

 服の下の肌は、確かに日焼けはしているが、真っ黒って事はなかった。そして、褐色の肌の手足は、肌がきめ細かく、すらりと長かった。

 身体の筋肉は引き締まって、スタイルがいい。きっと、スポーツをやってる。

 でも、驚いたのは、そこじゃなかった。

 スポーツタイプのブラにショーツ、それが、イメージに全くない、真っ白だったということよりも、なによりも。

「ちっちゃ!」

 背が低かった。いや、言うほど低いってわけじゃないけど、少なくとも、私よりも低かった。

「ジロジロ見んなよ」

 厚底の靴のせいで、もっと高いように見えてたけど、なんとなく、今まで人間じゃない雰囲気だったのに、急に下界に降りてきたように感じた。ヤマンバが、人に。

「ジロジロ見んなよ!」

 ちょっと気になる。

「ねえ」

「は?

「おっぱいは白いの?」

「ジロジロ見んなって!」

「ちょちょちょ、ちょっとでいいから!」

「バカか! 変態スケベ親父か!」

「ちょっと興味本位なだけじゃん!」

「いいからお前も早く脱げよ!」

 浴衣、強引に脱がされた。そうだ。どうしよ、着替え。

「脱いだら置いといて」

 番台(こう書くらしい)のおばちゃんが、服を渡せと言ってくる。

 え。銭湯って、そういうシステムだっけ?

「お願いねー!」

 ヤマンバは、そういうと、下着まで脱いですっぽんぽんになった。彼女が、私の浴衣もまとめて、おばちゃんに渡して、堂々とお風呂に入っていく。

 なんとなく、後を追っていいのか悩んでいると、

「下着、早く脱ぎなさいよ」

 おばちゃんから促された。ニコニコしてる。

「あんたは、ヤマンバじゃないんだね」

 違います。

「あのガングロメイク、あたしたちにゃ理解できないけど、流行ってるんだろ?」

 流行ってない流行ってない! あんなの流行ってたら、世の中おかしい。

「あの子が友だちを連れてきたのは初めてだから。嬉しくって」

 おばちゃんがいうには、彼女は、元々は、褐色の肌がキレイな、スポーツ少女だったらしい。

 ハクション! 長いこと、水に濡れたままだったから、身体が冷えてる。

 早く風呂に入れと促された。

 サービスしとくからと言われたタオルを受け取り、浴室に入った。

「ゆっくり浸かっておいで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る