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電車が、運転を再開した。座席にちゃんと座り直した。2人ともぐしょ濡れだから、座席が水浸しになった。鉄道の人、ごめんなさい。
「たまやとかぎやって、知ってる?」
ヤマンバは、濡れてることなんて何にも気にせず、そう言った。何を知ってると聞かれているのか、よくわかんなかった。ちょっと戸惑っていると、解説してくれた。(親切だ)
なんでも、玉屋も鍵屋も(漢字ではこう書くらしい)、どっちも数百年ほど昔の花火職人のお店だったらしい。で、玉屋は、鍵屋の弟子にあたる。
当時の花火は、やっぱり川沿いでやっていたらしいけど、花火職人をたたえて、そのお店の名前を叫んでいたらしい。
玉屋は弟子なのに、最新技術を取り入れたから、師匠よりも人気があったらしい。だから、たまやの声が先に上がる。そして、たまやと言ったら、かぎやと続く。
「へえ」
という話を聞きながら、私は、どうしてか、彼女の横顔ばかりを見つめていた。
「ところがね」
ここから先が面白いと言わんばかりに、ヤマンバは、話を続ける。
私はじっとヤマンバの顔を見ている。
「鍵屋さんは、なんと、1659年から今まで、330年も残ってる。でも、玉屋さんの方は、鍵屋よりも人気があったのに、もうなくなってる」
「なんで?」
私が話に興味を持ったのが嬉しかったらしい。にやりとしてその理由を話す。
「実は、玉屋さんは、花火の管理ミスで、大火事を起こしちゃった。当時は火事を起こすってめちゃくちゃ大きな罪になるから、玉屋さんは、追放されて、家名断絶になった」
ふんふん。
「人気のあった玉屋は、たったの一代でなくなって、師匠筋の鍵屋は今も残ってる……」
言いながら、ニヤニヤしている。
あ、じゃあもしかして……玉屋の人気を妬んだ鍵屋の人が、実は……
「ね、ね、ね。なんか、ミステリがあるっぽくね?」
白い大きな口で、にかっと笑う。
「ぽいぽい!」
「ところが」
と一転。
「全然、そんなことないどころか、鍵屋の師匠は、ずっと玉屋のことを気に懸けてくれてたんだって。で、どっちもたたえて、今もたまやとかぎやの声だけが残ってるって」
なんだ。なんかあるんじゃないかと、期待しちゃったよ。
「何かあったと考えるうちらの方が、よっぽど心が汚れてるっぽいわ」
う。言われてみると。
しかし、見た目に反して、このヤマンバ、なんというか、博学だった。
花火の音が、電車の後方に流れていく。
夏の夜空が、色とりどりに煌めいている。そこはもう、過去だ。
2つ先の駅で降りた。うちとは反対側だから、普段あまり来ない駅。
駅舎の前に、銭湯があった。こんなところに、銭湯あったんだ。彼女は、ためらうことなく、当たり前のように私の手を引いて、銭湯に入っていく。
ちょちょ、ちょっと待って!
「銭湯行くの!?」
「たりめーっしょ」
ものすごく、馬鹿にされたような目で見られた。何このヤマンバ。
そりゃ、池に入ってぐしょぐしょの身体を、洗いたいとは思うけど、でも——
「だって、でも、行ったことないよ?」
「じゃあ、あたしと銭湯初体験だ」
彼女は止まることなく、銭湯ののれんをくぐった。
「おばちゃん! 2人ね!」
バンダイ(でいいんだよね?)に座ってる、ニコニコ気のいい感じのおばあちゃんが、お金を受け取る。お金は、2人分、彼女が出してくれた。
彼女は、慣れた調子で脱衣所に行くと、濡れたぐしょぐしょの服を、ポンポン脱いでいく。
そのスタイルを見て、驚いた。
顔が黒いのは、やっぱり塗っていただけだった。
服の下の肌は、確かに日焼けはしているが、真っ黒って事はなかった。そして、褐色の肌の手足は、肌がきめ細かく、すらりと長かった。
身体の筋肉は引き締まって、スタイルがいい。きっと、スポーツをやってる。
でも、驚いたのは、そこじゃなかった。
スポーツタイプのブラにショーツ、それが、イメージに全くない、真っ白だったということよりも、なによりも。
「ちっちゃ!」
背が低かった。いや、言うほど低いってわけじゃないけど、少なくとも、私よりも低かった。
「ジロジロ見んなよ」
厚底の靴のせいで、もっと高いように見えてたけど、なんとなく、今まで人間じゃない雰囲気だったのに、急に下界に降りてきたように感じた。ヤマンバが、人に。
「ジロジロ見んなよ!」
ちょっと気になる。
「ねえ」
「は?
「おっぱいは白いの?」
「ジロジロ見んなって!」
「ちょちょちょ、ちょっとでいいから!」
「バカか! 変態スケベ親父か!」
「ちょっと興味本位なだけじゃん!」
「いいからお前も早く脱げよ!」
浴衣、強引に脱がされた。そうだ。どうしよ、着替え。
「脱いだら置いといて」
番台(こう書くらしい)のおばちゃんが、服を渡せと言ってくる。
え。銭湯って、そういうシステムだっけ?
「お願いねー!」
ヤマンバは、そういうと、下着まで脱いですっぽんぽんになった。彼女が、私の浴衣もまとめて、おばちゃんに渡して、堂々とお風呂に入っていく。
なんとなく、後を追っていいのか悩んでいると、
「下着、早く脱ぎなさいよ」
おばちゃんから促された。ニコニコしてる。
「あんたは、ヤマンバじゃないんだね」
違います。
「あのガングロメイク、あたしたちにゃ理解できないけど、流行ってるんだろ?」
流行ってない流行ってない! あんなの流行ってたら、世の中おかしい。
「あの子が友だちを連れてきたのは初めてだから。嬉しくって」
おばちゃんがいうには、彼女は、元々は、褐色の肌がキレイな、スポーツ少女だったらしい。
ハクション! 長いこと、水に濡れたままだったから、身体が冷えてる。
早く風呂に入れと促された。
サービスしとくからと言われたタオルを受け取り、浴室に入った。
「ゆっくり浸かっておいで」
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