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「ねえ、なんで来ちゃったの? 自分も呼ばれたと思ったの?」

 もうそろそろ、最初の花火が上がろうか、という時刻だった。

 花火大会の会場は、家から3駅ほど離れたところだった。

 駅からは、花火大会のために、たくさんの行列ができていた。あっちもこっちも、楽しそう。浴衣を来てる男女。親子連れ。小学校、中学・高校生たちの、男子女子、それぞれの集団。

 みんな、夏の装いで、うちわを持ったり、持ち歩きの扇風機で風を顔に当てたり。

 黄昏時を刻々と、段々薄暗くなり、夜になる。

 夏の夜空に、これから、満開の花火が打ち上がるのだ。


 その花火大会の会場の川沿い近くに、高い木々に囲まれて、池がある、薄暗くて人気のない神社が、ひっそりとある。そこに、引っ張って行かれた。

 クラスのリーダーで、なんだったら、一番可愛いクラスメイト。ちっこくて、可愛くて、愛嬌もあって、積極的で、男子からモテモテで、何もかもが私と正反対の、彼女に。

 それが、私をいじめている、リーダー。主犯格ってヤツだった。

「浴衣なんか着ちゃって。ウキウキじゃーん」

 何でこの人は、こんなに活き活きとした顔をするんだろう。不思議だ。

 クラスのグループLINEで送られたメッセージだから、私だって呼ばれたと思うのは当たり前だと思うけど、確かに、あんまり来たかったわけではない。来たかったわけではないのに、浴衣まで着てきて、まるで、すごく楽しみにしていて、そう、ウキウキしているみたいだった。反論も成立しないくらいの状況では、何も言えない。

 というか、反論できる状態でも、反論はしない。それ以上の、報復が待っているのが分かっているから。私にできるのは、黙って、すべてを受け入れて、時間が過ぎるのを待つだけ。

 花火大会なんて、来なきゃよかった。せっかく、夏休みになって数週間。やっと、キレイな身体になったのに。

 父はもちろん論外だが、母も知らない。ウキウキ気分で着てきたと思われている、この浴衣。その下には、青アザが、たくさんあることを。全部、とはいわない。けど、9割方は、この子に付けられた、アザ。誰にも見せていないし、誰も知らなくていい。

 私だって忘れたいんだから。この夏休みの間、誰とも会わなかったおかげで、一つ一つ、消えていった、アザ。ようやくキレイになったのに。

 そんなもの、私含めて、誰も知らなくて、いい。

 なのに、それが、また増えたのが分かった。

「ねえ。何とか言いなよ」

 知ってる。

 どんなことを言っても、言葉を発したというただそれだけの理由で、私は、またより以上のアザを作る羽目になることを。余計なことは言わない。それが最善。

 本当に?

「いくら入ってんのかなあ〜?」

 散々、小突き回されてアザを増やしてくれた後で、持ち歩いていた、巾着を取られた。中身は、財布と、スマホと、リップとか。中を物色され、財布を出される。

「なんだよ、ぜんぜん入ってないじゃん!」

 こうなることは半ば予測できたことで、わざわざ、あんたに渡す為に財布にお金入れるわけないでしょ。

「ま、いいけど。調子に乗って、私たちに近づくなよ?」

 そう言って、私から奪った巾着袋を、神社を囲む木々の暗闇の中に、放り投げた。

「あっ」

 我ながら、なんて人ごとみたいな声が出たんだろう。「あっ」だって。

 ところが、そんなにのんびりとも構えられていられなかった。

 隙を見て近づいてきたその子に、浴衣の帯の間に、手を突っ込まれ、まさぐられた。

「ちょっと、やめて! やめてってば!」

「あった」

 帯から彼女が取り出したのは、5000円。母からもらったお小遣い。

 使うのはいいけど、後々自分でバイトして返さないといけない、5000円。

 もしものために、帯の間に隠しておいた、5000円。

「やーん。もうちょっと欲しいけど、今日はこれでいいいよ」

 たこ焼きとか焼きそばとかりんご飴とか綿菓子とかから揚げとか牛串焼きとかお好み焼きとか。

「もらっとくねー」

 お礼の言葉と共に、ドン、と押された。

 同じタイミングで、夜空に、大輪の花が咲いた。


 ドーーーーーーーーーーーーーーン!


「え」

 衝撃音に合わせて、私の身体は、宙に舞った。

 私はいつの間にか、神社の真ん中にある池のそばに来ていた。そこから押され、ひっくり返るように、池へ。


 ドボン!


 ガボガボガボガボ。息ができない!

 思ったよりも、池が深かった。

 得意な方ではないけど、全く泳げないわけじゃない。だけど、浴衣を着て着衣水泳は、したことはない。モガモガともがいて、でも、頭の中には、別のことが渦巻いていた。

 2年前に買ってもらった、浴衣。

 中学との時から特に発達も成長もしていない身体だけど、おかげで問題なく着ることができる、浴衣。クラスメイトと花火大会に行くと言ったら、母が、ものすごく嬉しそうに、ウキウキしながらタンスから引っ張り出し、着せてくれた浴衣。

 そんなモノいらないよ、私服でいいよ、といっても、全然言うこと聞いてくれない。

「何言ってんの。花火大会と言えば、浴衣。ちゃんと浴衣を着ていかないと後悔するよ!」

 強引に着せられた。

 後悔した。

 まさか、花火大会に行って、水浸しになるなんて、母も思いもよらないだろう。

 私だって思わなかった。なんでこんな目に遭わなきゃイケないのか、さっぱりわかんない。

 わかんないよ!

 なんで、クラス中からはぶられなきゃイケないのかも、なんでそれが私なのかも、まったくわかんない。

 あの子、なんなの。何がしたいの?

 そりゃ、あの子、結構可愛いと思うよ。なんだったら、私が男だったら、ほっとかないかもしれない。ちっこくて、可愛くて、笑顔がキュートで、私をいじめる。

 もうやだ。やだやだやだやだ。やだっ!

 そっとしといてくれればいいのに! 何でわざわざ私に関わるんだよ!

 もうやだ、もうやだ、もうやだ!

 もういっそ、このまま池の中で死んでしまったら。

 もう二度と、池から上がらなければ。何も悩まなくていい。ああ、そうだそれがいい。

 身体から力が抜ける。もう、モガモガする必要性も感じない。これで楽になる。

 そう思ってたら。


 ドボンチャン!!!(ドボンとボチャンの合成語)


 何何何何!? 私のそばに、誰かが飛び込んできた。

「ウィーッス」

 あまりに驚いたので、思わず、池の中からザブッと、顔を上げた。

 目の前に、バケモノがいた。

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