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くまべっち
1
その夏、私はバケモノに遭った。
バケモノの名前は、
「チョベリバ〜!」
……ヤマンバ。
バケモノ=ヤマンバは、びしょ濡れの私を強引に連れ出し、電車に乗った。
電車は、本来の速度を落として、川に架かっている橋の上で、徐行して止まった。
河原では、年に一度の花火大会をやっていた。車窓から、花火を見た。
ヤマンバと一緒に。ヤマンバは叫んだ。
「た〜まや〜!」
ヤマンバは、ものすごく不服そうにこっちを見た。睨まれてる。ああ、これで人生終わる。今すぐに襲われて、取って食われると感じた。
「『た〜まや〜!』っていったら、『か〜ぎや〜!』って、叫べやあ!」
「ぎゃああああああああああ!」
ガーガー吠えてくるヤマンバも、私と同じく、ぐしょ濡れだった。真っ白な髪、真っ黒な顔面、目の周りと唇が真っ白、これでもかってくらいに人間離れした、バケモノ=ヤマンバ。
その異形の姿が、花火と同じく、とても眩しかった。
「チョベリグ〜」
高校2年生の頃。はっきりとした始まりはわからないけど、私はいじめられていた。
中学までは、まあ何とか、地味なりに普通に生きていたつもりだったけど、まさか、高校生にもなって、いじめに遭うなんて、思ってなかった。
学校は、共学。学力レベルは普通で、特に目立ったところはない。だから、私みたいに特に何もない普通の人間には、ちょうどいい学校だと思った。
ところがぎっちょん。
女子特有の、陰湿どころか、今時、男子でもしないような、物理的な痛みを伴ったいじめと、持ち物を切り刻まれたりするいじめ、全員から無視される精神的ないじめ、金銭をカツアゲされるいじめ、などなどなどなどエトセトラ……およそいじめとして考えられ得るものは、だいたいやられた。
クラスの大半は、いじめに加担するグループと、我関せずを決め込んで、見て見ぬふりをする人たちに二分された。私以外。
要するに、私の味方はどこにもいなかったわけだ。
学校の中で孤立する分には、まあ、どうでもよかった。勉強しに行ってるわけだし、友だちが多くても、面倒くさいだけだし。ぼっち出いることが心地よい、とまではいわないけど、気が合わない人たちに合わせるのも気を遣うし、だったら、1人でいい気はしてた。
ただ、それなら、干渉はしないでもらえるととても助かる。何でわざわざ、そっちから関わってきて、いちいち文句を言われるのか分からない。
今の私なら、そう言えたかも知れない。でも、その時、その時代では、私は、友だちがいないことが苦しかったし、辛かった。毎日、惨めな思いをして、人と会わずに、人と会話せずに、学校に行って、一言も発せずに授業を聞き、1人でお弁当を食べて、1人で帰る。
ただそれだけの人生に、何の楽しみも感じられなかった。
家族に相談しようかと思ったこともある。
だけど、私と母はどうにも話が合わず、何を言っても、だいたいケンカになるのが関の山。学校では意味不明にいじめられる私でも、自分の親には反抗できるんだから、自分でも意味が分からない。とはいえ、学校から帰ると、やれ勉強しろ、やれ友だちとどこか行かないのか、彼氏の一人くらいいないのか、母さんがあんたぐらいの頃は云々かんぬん。
あーもう、うるさいうるさい!
パートに出かけるだけのくせに、なんで毎日、高い化粧品を使って美白美白としょうもないことに精を出せるのか、鏡を見ろ。もっとちゃんと。
ついでに言うと、お小遣いも、まともにもらっていない。
欲しい物があっても、自分でバイトして稼げと言われる。バイトなんて、今の生活をしてて、できるわけない。一度、近所のコンビニにバイトの面接に行ったら、即採用された。まではよかったけど、クラスのいじめっ子が、最初のお客さんだった。見つかったが最後、仲間を呼んできて、店内でやりたい放題。注意しようとすると、すぐにクレームになる。即行で店長が出てきて、いじめっ子に頭を下げ、私は注意された。
たった一日で、クビになった。
何か、私が悪いことした!? って、怒ったところで、もうどうしようもない。
高校生ができるバイトなんて、コンビニやファストフードくらいだけど、交通費だってかかるし、時間の都合もあるから、家からあまり離れたところに行くこともできない。
結果、どこに行っても、いじめっ子たちから逃れることはできないと気づけば、バイトをすることもできない。
ところが、バイトを始めた、一日で辞めたというと、母からこっぴどく叱られた。
「コンビニですら、まともに働けないの、あんたは!?」
私の言い分は、全く聞いてもらえなかった。要するに、母は、自分の娘が、全部悪いと言っているのだ。そうなんだろう。私が悪い。悪い?
母に頼ることはできない。
さりとて、父は、そもそも仕事だかなんだかわかんないけど、数週間に一回しか顔を見ない。ほとんど、テレワークだから家の中にいるはずなのに、何やってるんだろ。父親としてどうかとは思うけど、別にこっちも干渉したいわけじゃないから、どうでもいい。
夏休みは、いい。
合法的に、誰とも会わないで済む。もちろん、家にいれば母に文句言われ、父は存在がかき消えてるからどうでもいいけど、連日友だちとプールに行ったり映画に行ったりしている妹から、なんだか馬鹿にしたような目線を感じなくもないけど、あんたみたいな陽キャとこっちは違うんだ。姉妹だからって、放っといて。
夏休みの間に、やりたいと思っていたことなんて特になく、ただ舞庵に過ごせればいい。もう誰とも一生会わなくていい。そう思ってた。
あのLINEが入るまでは。
珍しく、クラスのグループLINEが入った。
みんなで花火大会に行くらしい。確かに今日は、ちょっと先にある川沿いで、花火大会の予定だった。妹は、友だちや彼氏(生意気にもいるらしい。うらやましくはない)と、一緒に行くらしい。もっと小さい頃は、家族で観に行ったような記憶もないわけじゃないけど、遥か昔過ぎて、あんまり覚えていない。
花火大会。そう行きたいわけでもなかったけど、行かなければ行かないで、何を言われるか、何をされるかわかんない。後で何が起きるかわかんないから、行くだけ行って、すぐに帰ろう。よし。
ついでに、たこ焼きとか焼きそばとかりんご飴とか綿菓子とかから揚げとか牛串焼きとかお好み焼きとかくらいは食べてもいいかな。うん。
「花火大会に行く」
母に言うと、お小遣いをくれた。5000円。太っ腹だ。
「友だちと楽しんできなさい」
珍しい。
「お金は、バイトして返せよ」
いつも通りだった。でも、5000円は大金だ。大事に使おう。
全部、間違いだった。花火大会なんて、行くべきじゃなかった。
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