第3話 魁3

 翌日、私は翔を田舎の両親の元に預けてきた。両親にわけを聞かれたけど、何も言わなかった。


「ただいま」


 カレがいつも通りに帰って来た。


「おかえりなさい」


 私は包丁を後ろ手に持って言った。


「あれ? 翔はいないの?」


「うん。田舎の両親に預けてきた」


「へえ……なんでまた?」


「た……たまには魁と2人っきりになりたいなって……思って……」


「そっか。うん、実はボクも最近思ってた。うれしいよ」


 カレが笑う。カレは背広を脱ぎながら、


「本当、久しぶりだよね。翔が生まれてからずっと、デートもできなかったし」


 そしてふっと目を冷たくして、


「子供、作らなければよかった。翔はキミを独占しているし、2人で話す時間もないし……

ホント、死んでくれないかな」


 そう言った。


 やっぱり……翔を殺すつもりなんだ……させない……そんなことさせない……!!


「翔は殺させないから……絶対に!」


 私は包丁をしっかりと握って、カレを刺した。


「しおり……?」


 カレは何が起こったのかわからず、ゆっくりとした動作で、自分の胸に刺さっている包丁をみた。


「なんで……?」


 カレが私の頬にふれる。


「翔は私が守る」


「翔のために……ボクを刺したの……?」


 カレは苦痛に顔を歪めて言った。


「あの子は私の宝物なの。……さよなら」


 そう言い、私は包丁を更に深くカレに刺した。


「栞……」


 カレは私の名前を呼び倒れた。


 私は包丁をそのまま捨てて、家を出た。車に乗り、田舎の両親の元に向かった。必要な物は全て、車に積んである。


 カレを殺した……道中ハンドルを握る手が震えた。


 田舎の家に着き、両親にいままでのことを全て話した。


 カレが死んだことが新聞に載ったら、自首するつもりだということも。





 けれどそれから2週間、新聞にはカレの記事が載らなかった。 


 もしかして死んでいなかったの……でも胸にちゃんと深く刺したのに……


 私は不安な日々を過ごした。







 それから4ヶ月が経った。翔はこっちの保育園に通っている。


 新聞は欠かさず見てるけど、カレの記事は見当たらない。けど、あの家に戻って確かめる勇気は起きない。


 不安はずっとつきまとっていたけど、なんとかこっちの生活にも慣れてきた。父も母も翔もいる。


 やっとあの人から逃げられたんだ。もしあの人が生きていても、きっと私のことを諦めたんだと、そう思うようになった。









「それじゃあ、行って来るね」


 今日は同窓会。父と母に翔を頼み、行くことにした。




 深夜0時。


 遅くなっちゃったな。


 もうすぐ家というとこで、「栞」と名前を呼ばれた。


 物影から現れた人物に、ああ嘘でしょ……



 カレがにっこり笑って立っていた。


「同窓会、楽しかった?」


「どうしてそれを……」


「この4ヶ月、ずっと見てたから」


 カレが近づき、私が一歩下がる。


「ああ、そうだ。キミがあの時刺した傷、致命傷にはならなかったんだ。ボクもすぐにポケットにあったスマホで、救急車を呼んだからね。だから、こうしてまた逢えた」


 袋小路に追い詰められた私を、カレが抱きしめる。


「キミがボクを殺そうとしたこと、ボクは怒ってないよ。キミは翔のせいで少しおかしくなっていただけ」


 そして耳元で、私にある提案をする。


「本当は翔を殺ろしてしまおうと思ってたんだけど……キミにとって翔は宝物なんだよね?」


 尋ねるカレに、私は必死で頷く。


「キミがこのままボクの元に戻って来るなら、翔は殺さないでいてあげる。どうかな?」


 カレが私の瞳をのぞき込む。


 私の答えはただひとつ、もう決まっている……。


 カレのキスを受け入れ、私はカレの愛の檻に入ることを選んだ。


 翔が殺されずに済むのなら……翔、お母さんはあなたのことをずっと、愛してるからね……。



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