第2話 魁2

「もう……別れて」


 私はカレの瞳を見ずに言った。


「どうしてっ? ボクのこと、嫌いになったの?」


「もう耐えられない……魁の考えについていけないの……」


「栞っ……いやだよ、別れたくないっ!」


 ぎゅっと抱きしめてくるカレ。


「やめて。はなして」


「離さない。キミを愛してる……愛してるんだ」


「いやっ」


 私はカレを突き飛ばした。


 そして台所の包丁を手に持った。


「もう出て行って! 私の前から消えてっ!」


 私がカレに包丁を向けると、カレは悲しそうに笑った。


「ボクの愛を試してるの? うん、大丈夫だよ。ボクはキミになら殺されても構わないくらい、愛してるから」


 と、両手を広げて近づいてくる。


「こ、来ないで……」


 包丁を持つ手が震える……


 カレは一歩、また一歩と近づく。


 あと少しで包丁が刺さる所で……





 カランッ。


 私は包丁を落とした。


 カレは、震える私を優しく抱きしめる。


「ねえ、栞。落ち着いて聞いて。この前ね、キミのご両親に挨拶してきたよ。キミとの結婚、承諾してもらってきた。結婚の話をしたら、キミの両親は泣いて喜んでいたよ」


「そんなっ……」


 言葉を失う私にカレは、落ち着かせるように、背中を撫でる。


「だからね、栞。結婚しよう? 式の日取りも決めてある。ああ、そうだ。招待状も出さないとね」


「待って、勝手に決めないでっ……」


 カレは大丈夫、大丈夫と言いながら、


「ボクがなかなか結婚を言い出さなかったから、不安だったんだよね。ごめんね。栞は情緒不安定だから、ボクは心配なんだ。これからは、家にずっといたらいいよ」


『ボクが一生、キミを守り続けてあげるからね』


 カレが優しく笑って、そう言った。


 そのあとも、私を置いてけぼりにしてカレは、どんどん結婚の話を決めてしまう。


 私はもうこの人から逃げられない……


 目の前が真っ暗になった。










 それからカレと結婚して6年、私は会社を辞め専業主婦をして、なるべく家にいる。

 人との諍いが起きないようにするためだ。


「ママ……」


 そう言い翔は、私に抱きついてきた。結婚して2年目で翔を授かり、いま翔はやんちゃざかりの4歳。


「どうしたの? そんなに泣いて」


「これ……」


 そう言って翔が差し出したのは、壊れたオルゴール。カレが私の誕生日にくれた物だ。


「落としちゃったの……ごめんなさい」


「いいのよ。翔はちゃんとごめんなさいが出来たんだからね。ケガしなくてよかった」


 私が翔の頭を撫でると、翔はホッとして抱きついた。






 夜、カレが帰って来てオルゴールに気づく。


「どうしたの、これ」


「あ、うん。翔が壊しちゃって……接着剤でくっつけてみたんだけど、ダメだったの。ごめんね、せっかく魁がくれた物なのに」


 私がおずおずと言うと、「そっか」カレはそう言ったきりだった。







 休みの日、カレが翔を見ていてくれるというので、私は遠いスーパーの特売品を車で買いに行った。


「ただいま」


 そう言って帰ってきたら、


「ママーっ!」


 翔が泣きながら走ってきた。


「どうしたの!?」


「パパが……」


 部屋の中を見ると、カレはにっこり笑って座っていた。しかしその手には、死んだネズミが握られている。


「ネズミ……どうしたの……」


 恐る恐る聞けばカレはこう言った。


「翔にわからせるために、ネズミを殺してみせたんだ」


「わからせるって……」


「この間、キミの大切なオルゴールを壊したから、ちゃんとわからせないとね。翔、もう2度と物を壊したりしないよね?」


「う、うんっ」


 翔は怯えながら言った。


 この人は……いつかこの子をも殺すんじゃないんだろうか……。


 私が呆然としていると、


「栞、どうしたの? そんなボーっとして。座ったら?」


 カレが手招きをする。


 翔が殺されてしまう……この人を殺さないと、翔が……っ!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る