第66話 ちゅーのやり直し

 唇が重なる。

 少しかさついてて柔らかかった。

 ふるりとエフィの唇が震えたのを直に感じてしまう。


「す、まない!」


 がばりと起き上がって、そのまま袖口を私の唇に当てて擦ってきた。いやそんなフォローあっても唇痛いだけだし、謝られるのはもっと嫌だ。


「エ、フィ」

「こ、こんなはずじゃ……初めてするなら、もっと」


 顔真っ赤にして言い訳してる。

 エフィの袖口に手を添えて離れさせれば、あっさり従った。

 わんこを傍らにお座りさせて、私の言葉を待つ。エフィも犬みたいね。


「初めてじゃないよ」

「え?」


 体液交換未遂の時に私からして、そしてすぐにエフィから返してもらっている。その話をしたらエフィは思い出したのか、あっと声を上げて次にがくりと肩を落とした。


「三度目の正直でもなかったね」

「そんな……」


 そこまで絶望するものなの? 空気暗すぎだよ。


「どんなのだったらいいの?」

「え?」

「理想があるんじゃないの?」

「そ、それは勿論、その」


 もぞもぞしてはっきりしないけど、理想はきちんとあるらしい。デートの帰り際とか? 夜景を見ながらとかかな? まさか今まで付き合ってきた女性たちとしてないわけないだろうから、もっと現実的な理想かな?


「エフィ初めてでもないでしょ。今までお付き合いしてた御令じょ」

「イリニとはしてない!」


 おっふ、ムキになった。

 過去の女性とのキスでトラウマでもあるのかもしれない。これ以上はよそう。

 でもそうか。理想があったのに体液交換未遂で二回もやらかして、ラッキースケベで三度目も事故チューなんて可哀想かも。過去の女性たち同様、私との事故チューがトラウマになるのも嫌だな。


「なら、やり直しする?」

「え?」


 こくりとエフィの喉が鳴った。

 まあ焚火の前というのはそこそこ雰囲気はあるけど、服装はドレスでもないし、気の利いたセリフを言ったわけじゃないから、今ではないと思う。


「ラッキースケベの事故チュー、カウントしないでちゃんとしたのをする? って」

「……ラッキースケベ?」

「うん? さっきの事故チュー」


 ラッキースケベだと思ってなかったのかな? 事故チューなんて、ラッキースケベがない限りそう起きないでしょ。たぶん踏ん張れたはずだもの。


「淋しいか?」

「え?」

「いや、やり直しは勿論したいが、その前に淋しさを感じてる事を解消したい」


 またそうして私を気遣ってくれるの。

 そんなに甘やかされると、そんなに想われてると、端から端まで我が儘言っちゃいそうになる。

 

「……やり直しして」

「え?」

「事故チュー。エフィの考える通り、きちんとやり直しして」

「……いいのか」

「うん」


 なんでこんなこと言ってるんだろう。

 告白の返事してないのに。順番がとかエフィに言われるかなと思っていたら、エフィは何も言わなかった。


「イリニ」


 私の手の上にエフィの大きな手が重なった。思ってたよりも熱い。

 それだけで心内が跳ねて、じわりと熱が滲む。


「やっ」

「やっぱり止めるは聞かない」

「っ」


 私が言おうとしたこと先回りしてきた。

 待って今やり直すの? 理想は? 夜景とかデートとかは?


「……嫌?」


 鼻先が触れあう近さ。エフィが掠れた声できいてくる。

 聞き方が卑怯。卑怯すぎだ。


「…………嫌じゃ、ない」


 近すぎる瞳が嬉しそうに細められた。

 恥ずかしさに泣きそう。


「目、閉じて」

「うっ」


 やり直す気だ。

 逃れられない。

 てっきりシチュエーションやらなんやら細かくあるのかと思ってたのに。

 嘘つき、理想どこいったの。

 このまま本当にやり直しなの?


「いっちゃあああん!」

「!」

「ぐっ」


 反射でエフィの胸を押した。油断してたエフィは尻餅ついて瞳をパチパチして、次に遠くの王陛下を見とめて舌打ちをした。

 だから顔。舌打ちもだめでしょ。


「いっちゃあああんえっちゃあああんお待たせえええ!」

「はい! お疲れ様です!」

「ん?」


 王陛下が首を傾げて私を見る。

 思わず目を逸らした。


「んん?」


 次に陛下はエフィを見る。

 不機嫌そうにそっぽを向いたエフィを見て、傾げていた首を戻した。


「お邪魔だったげ?」

「そ、そんなことないです!」

「ふ~ん? へ~?」


 めちゃくちゃ楽しそうに笑っている。

 くそう、これはバレてるわ。


「えっちゃんたら」

「父上……分かっててやりましたね?」

「なにー? なんのことー?」


 すごく嬉しそうな両陛下。

 もしかして会話もきかれてた? もう穴に入らなきゃいけないレベル?


「んー、なんとなくいっちゃんが渋ってた理由分かった」

「え? 私?」

「いっちゃん、力制御できてないげ?」

「!」


 ラッキースケベを見破られてる。


「面白いから可」

「父上!」

「うけるじゃん、えっちゃんがおかしな事になるの」

「……まさか、陛下」


 ラッキースケベを確認したくて鎌かけたの? 私が悩む心理状況に持っていくために? パーティーと見せかけて?


「パーティーはやりたかったし」

「むしろパーティーメイン」

「あ、さいで……」

「挨拶前におかしなこと起きてたから」

「あ、あー……」


 会場にかかったラッキースケベ。あれで気づいた挙げ句、私が原因と踏んでバーベキューにかこつけて試したの? どんだけやり手なのよ、両陛下。


「ま、分かったし、パーティー続けよ?」

「まだ飲むんですか」

「次はレイブ」

「おふう……れいぶ、かあ……」


 まだ騒げと?


「うまくいけば渋谷交差点でもやろーかなって」

「それは待って」


 理想はDJポリスつきで、ハロウィン時期にやってほしいみたい。

 まずはパリピの概念を市井に浸透させてからがいいって。皆びっくりするから。


「あー、空気萎えちゃった?」

「やり直す?」

「ね」

「え? ちょ、」


 再び手にハイボールを持たされる。


「はい、かんぱーい!」

「うぇーい!」

「ふ、振り出しに戻る?」

「イリニどういうことだ?」

「再びバーベキュー、カラオケ、花火のやり直しに加えてレイブで叫び踊る感じ」


 エフィの顔が青ざめた。


「父上!」

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