第4話 テンプレと思ったけど少し違う気もする
「戻った?」
覚醒と共にすぐに日付を確認する。
やっぱり戻ってきたのは婚約破棄一日前だ。
「よし」
やることは最低二つある。
まずは王都にある侯爵邸へ向かい、ここで両親と弟を呼び出した。幸い三人は屋敷にいて手っ取り早く話ができる。こういうタイミングのよさというか運の良さが聖女よね、なんて。
「お父様、お母様、カーリー、お願いがあります」
「どうした」
「今すぐ、王都を離れて下さい」
私の言うことに驚きつつも、真剣な様子に話を聞いてくれた。明日起きる婚約破棄、それを回避しようがしまいが侯爵家に被害が及ぶ。だから王都から逃げてほしいと。
「成程。ならサンリノス島に行くか」
「そうですね、あそこは私たちで結界をしいてますから、部外者は入れませんし」
「なら僕は休暇届を出してきます」
家族は、私の二度の死に戻りも理解を示して、おかしなことをと笑わない。
聖女とまでいかなくても魔法の力は強い家系だから、予知や先見の明には長けている。
「申し訳ありません」
「貴方が謝ることではないわ、イリニ」
「そうですよ姉様、好きなようにやって下さい」
「そうだ。イリニなら大丈夫」
それに、と母が笑う。
「貴方の周りに沢山の人が見えて、とても賑やかだから成功するのだわ」
「お母様」
元々予知に長けていた母が何か見えたらしい。それならと父も大きく頷いた。
「私たちは準備出来次第、使用人を全て連れてここを立つ。早くて一時間でどうにか出来るだろう。イリニは全てに片が付いたら連絡をするように」
「はい、お父様」
これで大事な屋敷の人と家族は守れる。
「次ね」
さて次は理解を示してくれるか。
* * *
次は王城へ向かう。会いたい人物の管轄エリアへはスムーズに通ることができた。何回か通ったのもあるけど、なにより聖女という立場はこういう時便利だ。王族しか使えない場所以外、自由に行き来ができる。
「いた」
まだ年若い、とはいっても確か私と同い年。若干二十歳にして長に上り詰めた実力者で、平民にもかかわらず能力の高さから特例で貴族院に入って、成績も常に首席か次席かという人物だった。
「ネフェロマ魔法使長」
「アギオス侯爵令嬢」
急いで駆け寄ると驚いた様子でこちらを見てきた。
それもそうだろう。私は王城内で息を切らしたことなんてないし、駆け寄るなんてしたこともない。
「ネフェロマ魔法使長……折り入ってお願いが」
「自分に?」
人通りの多さを確認する。
人は数えるほどで、私が居住まいを正せば周囲は何も気にせず日常を歩む。
少しくらい走ってもおかしく見られないのは日々の品行方正の賜物ね。
「歩きながらお話しても?」
「構いません」
なんてことない風に話し始めた。
内容は、明日婚約破棄され王太子殿下に殺されるから、死ぬのを回避するために魔法で転送してほしい。これだけ。
「婚約破棄? まさか予知でも?」
「いいえ、二度経験しました。死に戻って三度目なので、さすがに回避したくて」
「は?」
「ええと最初から説明しましょうか?」
「いや、いい」
みる、と端的な言葉が返ってきた。なので、どうぞと私も返した。
じっと私を見た魔法使長はみるみる顔を歪めた。片手で顔を覆って、天井を仰ぐ。
「マジかよ……なんだそれ」
「全部見えました?」
「情報量多すぎて吐く」
「でしょうね」
私含め三人の人生、死に戻り二回の現在三度目のチャレンジを一瞬で見るなんて、目の前の稀代の魔法使いでないと無理だろう。
私は自分自身と向き合うだけだったから割と簡単だったし、目覚めてからはすっかり混じりあっている。そのおかげで私はすっきりしてるけど、彼は他人の人生を複数同時進行で見たのだろうから相当きついはずだ。
けど集中すれば他人の過去や知識といった中身を見られる人間は、おそらく世界で彼だけだろう。
「……分かった。お前の話乗るわ」
「え? いいんですか? 反逆者になりますよ?」
「じゃあなんで俺を誘ったんだよ」
「転移の魔法使えるのネフェロマ魔法使長だけじゃないですか」
「まーな」
そういうのもありだろ、と魔法使長は頭を掻く。年相応の仕草だった。
「お前といる方が楽しそうだからよしだ。それに聖女を失えば、この国がどうなるかなんて分かりきってる」
「ありがとうございます……あ、私のことはイリニでいいですよ」
「ん? じゃ、俺はアステリで。敬語もいらねえよ。同い年だろ」
「オッケー。じゃ明日よろしく」
「急に軽くなったな……」
「見えたなら分かるでしょ? 三人の人格が混じり合った感じなんで」
「ああ。まあ元々はお前自身がベースなんだろうけどよ……前みたいな悲壮感漂ういい子ちゃんよりはマシだな、うん」
「どうも」
あっさりネフェロマ魔法使長を誘うことに成功し、当日裏切りもなく私がお願いした通り転移の魔法を施してくれた。
さあテンプレな婚約破棄、断罪のイベントでもこなすとしよう。
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