私が山に軽く拉致された話
木曜日御前
本編
皆さん、山に拉致されたことはあるだろうか?
読んでる人にももしかしたら、いるかもしれない。
少なくとも、これを書いている私はある。
この経験談を元に、皆は学んでほしい。
あれは、大学三年生の冬。
3年付き合った彼氏から相当な仕打ちをされ、恋に臆病(笑)になった私が久々に仲良くなった人だった。出会いは元バイト先の仲良くなった人の紹介、人の紹介だったら大丈夫だろうと思っていた。
しかし、やはりそんなことはない。
私の姓名判断から決まっていた地獄の恋愛運、そして、男の趣味の悪さが、ここでも私を嘲笑った。
少し前までは水戸駅にいたはずだ。楽しく、少し車で話そうかと言われて、ホイホイ乗ったのは私だ。今なら殴ってでも止めるのに。
暗い山の中。鳥の囀り、カラスの鳴き声、犬の遠吠え、そんなものは一切聞こえない。車のアイドリング音のみだ。
なぜ、そんなところにいるかって?
簡単だ、運転席にいる男に連れてこられたからに決まってるだろう。
「俺たち、付き合ってたんじゃないのぉ!!!」
プップーー!!!
クラクションの音が夜の森の中に盛大に鳴り響く。
こいつまじか。
そう思いながら、辺りを見渡す。
誰か出てきてくれ!
でも、辺りを目線だけ動かして見ても、近隣の家どころか、車のライトで照らされた眼の前にある獣道と、生い茂る木らしきものしか見えない。
叫んだ運転席の男が、叫びながらヘッドバンキングするものだから、クラクションが大きく鳴った。山の中とはいえ、多分誰かの私有地のはずだ、クラクションを鳴らすのはどうかと思った。
「そ、そうなのかな? でも、特に付き合おう的なの、なかったよね?」
その時の私は必死に被った猫を掴み握りしめるように、優しく問い掛けた。
「もう! 俺達付き合ってるっておもってたんだもんん!!!!」
だもん。
28歳の、大の大人の男が「だもん」、だぁ?
口許が引き攣った。正直、この人のルックスが良いかと聞かれると、頷くことはできない。だけれども、物腰の柔らかさが良いと思っていた。メールも若い私に合わせてるのか、かわいい絵文字をつけてくれたりしてる男。なんかそういう、柔らかいところが今までの男性と違うと思ったのだ。
ただ、その瞬間、頭の中で今の彼の言動が彼のメール文字で浮かぶ。
【もぅ! ォレたち付き合ってるって、ぉもってたんだもんん!!!! 】
私よ、なんで、こんなのと付き合おうとした。
確実に地雷だろ。おい、脳天花畑女こと私よ! これは地雷だ地雷! 何故気付けない。
それに、だ。
男女二人がドライブデートしていたら、付き合ってるということになるのか。色々考えたが、付き合おう的なのがあったら、OKしようと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて。
「いやあ! でもさ、そういうの言ってくれないとわかんないよー! デートくらい付き合ってなくてもするよ〜」
よさこいチームに所属してるせいか、ちょいちょい仲の良い男性とご飯を食べに行ったり、買い物したこともある私にとって、付き合うというものは宣言がないと正直わからないものだ。
なんなら、やることやってても付き合ってるかと言われると、過去の失敗を考えると頷くことはできない。
というか、28にもなったら、そういう微妙なのも
随分本心をオブラートに包んだ言葉を、彼に伝えたが、その返事は
プップーー!
もう一度鳴らされたクラクションのが早かった。
「いやだいやだ! 付き合ってんだもん! 〇〇ちゃんも俺のこと良いって言ってくれたじゃん!!!」
それ言った私の横っ面殴って、今すぐにでも前言撤回してぇよ、〇〇が。
頭に浮かぶFワード。私の中指も思わず血気盛んに立ち上がるところだった。しかし、今そんなことして逆上されたら、私は明日には悪くて冷たい死体、良くてボロボロの状態で下山のどちらかだ。頭は暴れる男の横でも冷静に動くもんだ。
こんな痴情の縺れのせいでニュースに名前と年齢が出されるなんて、親不孝もいいところだ。
「うーんじゃぁ、これから、付き合うってことでいいかな?」
私はニコニコと笑いながら、そう伝えると男の動きはゆっくりと止まった。
「本当に!? そしたら、もう、最初からそう言ってよ! もう!」
元気になった男は楽しそうにそういう。
ああ、付き合ってもらうよ、
私の無事な帰宅までな。
この後は、正直覚えてない。森の中に連れてこうとする男に、「虫除けスプレーないから〜! 足元ヒールだし〜!」とゴリ押しで拒否をする。
「大丈夫だって! 星綺麗に見えるんだよ!!」
「うーーん、でも、私おしゃれして、ヒールで来ちゃったしなあ」
「えーー、でもそれなら仕方ないかぁ」
私、頑張ってる。本当に頑張ってる。
この時ほど、免許取ればよかったと思ったことはない。
粘ること一時間半。車から出ないようあの手この手で躱した。時間も、私の中のあるどうしようもない感情が空気を変えた。
「私、トイレ行きたい」
そう、トイレだ。
「え?」
「イオンとかに行かない? それか、水戸駅、もう暗いしさ」
「えーー森ですればいいじゃん」
その時、私はどんな顔をしていたのか思い出せない。ただ、その男は「あ、ごめん、近くの駅まで行こうか」と、車をやっと発車させた。
そこから、その近く駅まで戻り、「遅いし帰るねー」ととっとと改札をくぐり抜け、トイレに駆け込んだ。
電車はまだ来ないが、無人駅ではないらしく、駅舎には駅員さんがいる。
男からは、【次は家に遊びにおいで】と連絡が来ている。
【そうだね、予定が合えばかなあ】
と濁しつつ、目の前にやってきた、常磐線に乗り込んだ。この時の、安心感は凄いものだ。
ああ、もう大丈夫。
しかし、まだやることはあった。
この男に別れを切り出すこと。
そして、かつてのバイト仲間にそれを根回しすること。
色々思ったが、まあそれよりも生き延びたことを喜んだ。
教訓:ドライブデートはせめて信頼ある人と。
終
私が山に軽く拉致された話 木曜日御前 @narehatedeath888
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