第4話 草原

 私は一瞬で縛り上げられ、猿轡を噛まされて、袋詰めにされたのさ。驚いたな。一瞬だった。私は叫ぶ間もなく、誰かに運ばれて、馬の上さ。暴れるなとだけ言われたな。散々走ってから、ようやく止まったときに、袋から出してもらえた。


「声は出すな」

白い鷹はそれだけ言うと、私の猿轡を外して水を飲ませてくれた。暗い中、私が乗せられていた馬の騎手が見えた。小柄な男だった。そうだ。後からわかったことだが、お前の父ヴィンセントだ。


 妻がどこか、子供達はどうしているのかと思ったが、あっという間にまた出発になった。


 馬を走らせていたときだ。誰かが何か合図をした。途端に、白い鷹が弓に矢をつがえて、振り返り、立て続けに放った。追手だ。他の者達も次々矢を放っていた。なんとか追手を振り切って、暫く走って、馬を替えた。馬商人達は、手早く馬を交換すると、あっという間に草原に消えていった。その後も、旅の最中に何度か馬を交換した。あらかじめ示し合わせていたのだと、白い鷹から後から聞いた。

 

 そうそう息子は驚いたことに、白い鷹の腹にくくり付けられていた。ここが一番安全だからと、白い鷹は言った。大人しく寝ていて良い子だと白い鷹は息子を褒めてくれたが、私はそれどころではなかった。走る馬に乗って、腹に赤子を括り付けて、追っ手に矢を放って当てるというのは簡単ではないぞ、坊主。お前も国に帰ったら練習してみると良い。本物の赤子で練習したら駄目だ。人形にしておけ。人形だ。わかったな。約束だ。まずは弓矢の練習と乗馬の練習だ。そうかそうか。今練習中か良いことだ。馬を走らせながら、矢を放ち、きちんと的に矢が当たるようになってから、人形を括り付けて同じことをやるんだ。いいな。物事には順番がある。練習にも順番はある。人形で練習するんだ。いいな。

 

 旅の話に戻ろうか。

 

 明け方になり、ようやく周囲が見えるようになった。妻も娘も無事だった。私は安堵した。同時に、父と叔父達家族を思い、私は涙した。無理やり連れてこられた私は生き延びたが、今頃皆戦っているだろうと思うと、白い鷹に庇護され生き延びたことが申し訳なくなった。

「泣くのは早い。国境は先だ」

白い鷹の声は静かだった。風の無い日、音を吸い込んでしまう凪いだ湖のようだった。


 あと驚いたことに、白い鷹は、息子の乳母も一緒に連れてきていた。

「私は戦うことはできません。いつか、夫と我が子のかたきをとっていただけると信じております」

乳母は目に涙を溜めたまま、私の息子に乳をやっていた。


 旅の最中に私はライティーザの歴史を聞いた。そうだ。お前の言う通り、幼い頃の逃避行を生き延び、王権を取り戻した五代目メイナード王の話だ。幼かったメイナード王が王権を取り戻したのだ。私に出来ないはずがない。幼い娘と息子のために、国を取り戻す。父と叔父たち家族のかたきをとる。息子のために言葉もわからないライティーザに来ると決意してくれた乳母の夫と子供のかたきをとると。私と私の家族のために戦ってくれた民のかたきを取ると、決意した。


 おや、どうした。そろそろ眠いか。そうだな、もう寝るか。何? 天幕で寝てみたい。ティタイトの天幕は初めてか。おいで。


 また明日、お前の父の話をしてやろう。ヴィンセントとは、色々な話をした。そう、メイナード王の話を教えてくれたのもヴィンセントだ。その叔父レナード王の悲しい話も聞いた。旅の途中、皆で一緒に寝たのかって? そうだな。交代で見張りを立てた。私は、またここに戻ってくると毎晩誓ったものだ。


 あ、履物は脱ぐんだ。なぜかって? 敷物の上を歩いたらわかる。そうそう、気持ち良いだろう。良い敷物は足も気持ちが良い。ちょっと待ちなさい。寝台を作ってやろう。ほら、こうしたら出来る。


 ヴィンセントにはお前はここで眠ると、使いを遣ろう。おやすみ。良い夢を。続きは明日話してやろう。約束だ。草原の男は約束を守る。安心しておやすみ。

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