第14話 マクシミリアン公爵家

 モニカは平民だ。公爵家の客人として、招かれるに相応しい衣装など持っていない。使用人の知人として気軽に来る方が良いということになった。


 マクシミリアン公爵と公爵夫人は、多忙だ。仕事に子育てに、目の回りそうな日々を過ごしている。一家揃って、寛いで過ごす時間があった。昼の軽食だ。二人が婚約する前からの習慣だと教えられた。仲睦まじい二人の様子を、ケヴィンは何度も目にしている。最近は、庭に敷物を敷いて、転がったり這い回ったりするユージーンも加わり、笑い声が響いている。


「ロバート様は、ローズ様に手ずから食べさせたりなどしておられましたね」

「美味しいと言ってくれて、可愛らしいので」

エリックの暴露にも、ロバートは動じない。隣に座るローズを抱き寄せ、軽く口づけ、ご満悦だ。


「御婚約前、妹だと言いながら、今と大して変わらないご様子でしたから。突如人が尋ねてきても、問題はないでしょう」

エリックの言葉の意味を理解したケヴィンは、ロバートを少々軽蔑の目でみてしまった。ロバートはふいっと目をそらし、抱き寄せたローズに頬ずりを始めた。


「ロバート」

ローズが苦笑しているが、ロバートはお構いなしだ。大きな犬が、小さな子どもにじゃれついているようにも見える。犬ではなくて狼か。実際にロバートは、狼の当主だ。


「あぁ、ところでケヴィン。あなたがリラツの貴族で、ご家族から円満とはいえ、勘当されていることは、モニカさんに伝えていますか」

「いいえ」

突然、重要な話を当たり前のように口にするのは止めて欲しい。ケヴィンは、動揺を、何とか押し隠した。どうやら、今後、ケヴィンはそういう経歴になるらしい。

 

 ライティーザ王国の貴族であれば、家の事情を調べることができる。隣国のリラツ王国の貴族の内情を、ライティーザ側から調べることは容易ではない。実際にリラツ出身であるケヴィンの経歴とも辻褄が合う。経歴を用意してくれていたなら、先に言っておいて欲しい。ケヴィンは、ローズにじゃれついているロバートを、少々恨めしく睨んでしまった。


 ケヴィンがロバートと同じような年齢だった頃、日銭暮らしで貧乏にあえいでいた。モニカの手がかりもなく、糊口を凌ぐだけの日々だった。当時は自分の不幸を呪っていた。


 対局にあるロバートを見て、嫉妬するかと思ったが、ケヴィンの中に、そんな気持ちは湧いてこなかった。


 体に刻まれた数多の傷を見たせいかも知れない。真っ白な髪が心労のせいだと聞いたからかもしれない。ジュードから聞かされた話のせいかもしれない。老成した雰囲気のせいかもしれない。背負う責任の重さのせいかもしれない。


 妻と息子を溺愛し、小さな幸せを抱きしめているロバートに、幸多かれと願うばかりだ。背負うものが大きいということは、人の恨みを買う機会も多い。マクシミリアン公爵家に剣を捧げる騎士は多いが、立場を考えると、十分な数ではない。


 厨房で働くよりも、身近で護衛をしていたほうが役に立つだろうか。だが、ロバートは宰相だ。要人と会う機会も多い。当然、リラツ王国の関係者と会うこともある。ケヴィンの顔を見て、死んだはずの第三王子ハミルトンを思い出すものもいるだろう。どうしたものか。

 

 つらつらと考えていたケヴィンは、ふと納得した。モニカがローズに会いたい理由が、なんとなくわかった。



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