第8話 そういう裁きも悪くねぇ (短編 一世一代の夢 へと続きます)


「まぁ、そりゃあ、そうだよなぁ」

ベンは頷いた。金もない、親に金で雇われた連中にちやほやされていた若い娘が、今後は罪人の娘だ。娘がいようがいまいが、町長は税金をくすねただろう。だが、娘を恨むやつもいるだろう。そんな中で、生きていくのも辛いだろう。娘もそのうちに、町の連中を恨むかもしれない。


「どうされますか」

ロバートがマチルダを見ていた。

「死んで終わらせますか。生きて償いますか」

酷なことを平気で聞くやつだ。どちらがいいか、ベンにはわからなくなった。若い娘だ。これから先も長い。苦労しながら生きて、それがいつ終わるのか、というのも、なかなか辛そうだ。


「あの、手伝っていただけると、僕は助かるのですが」

突然割り込んできたカールの声に、ベンも驚いた。


「僕は確かに、この町に来たこともあります。知り合いも居ます。今までは兄の商売の手伝いでした。単なる手伝いでした。でも、僕は、ここで本気で商売をするために来たのです。どうか、あの、手伝ってください」

カールは慌てて頭を下げた。少々不格好だが、一生懸命なことは、ベンにもわかった。


「あの、町長の税金横領は、犯罪です。吊るし首です。ですがその、ご家族、お嬢さんは、主体的には横領に関わっておられません。町の孤児院に寄付をされ、奉仕活動にも積極的で、その、情状酌量の余地もあるかと、その、命乞いをされる方もおられて、証言があり、その、ですので生きて償うのも一つの方法で」

自信がなさすぎる法律家マーティンの声は途中からどんどん小さくなり、聞こえなくなっていった。


 情けねぇ。いいことを言っているようだが、聞こえねぇから意味がねぇ。ベンが睨むと、マーティンはレオンの影に隠れた。図体のでかいレオンの影に隠れて情けねぇ。


 レオンが、苦笑した。

「マーティン、良いことを言っているのだから、人に聞こえるように言わないと、意味がないよ」

「無理です」

レオンの言葉に、マーティンが叫び、笑いが広がった。


「お前、そういうときだけ、大声出してんじゃねぇよ」

囃し立てられたマーティンが、おどおどと周囲を見渡す。


「よろしくおねがいします」

カールがまた、マチルダに頭を下げていた。


「結婚の申込みじゃあるまいし、何がよろしくだ」

「ちげえねぇ」

野次馬と一緒になってベンも思わず笑ったが、ロバートとカールは真剣なようだった。


「どうやら、カールは貴方に手伝っていただきたいようですね。彼は、法律家でマーティンといいますが、今までの貴方の施しと、これからの働きを考慮すれば、死罪でなく、生きて償う道もあるといいたいようです。どうされますか」

ロバートにベンは呆れた。


「だから、お前、本人に聞いてどうする」

ベンの言葉にも、とんでもないことを言ったロバートは動じない。

「苦労されるのはご本人ですから」

「まぁ、そりゃあそうだけどよ」

ベンは、仲間たちと顔を見合わせた。間違っていないが、ちょっと変だと思うことを互いに確かめ合う。


「私は」

「お願いです、手伝ってください」

マチルダの言葉を遮り、カールが叫んだ。


「お前なぁ、勝手なことを言うんじゃねぇよ」

ベンはカールの背を叩いた。軽く叩いたつもりだったが、カールは、前にいたロバートにぶつかりそうになった。ロバートに避けられたカールは、町長の娘の前でとまった。

「お願いします」

懇願するカールに、マチルダが戸惑っていた。


「では、町の方のご意見を聞きましょうか。吊るし首を望む方は」

ロバートの声に、皆顔を見合わせ、手を挙げる者はいなかった。

「町のために働くことを望む方は」

あちこちで手を上がった。一番最初に手を上げたカールは、両手を挙げている。


 ロバートが微笑んだ。

「では、あなたはカールの仕事を手伝ってください。お名前は、マチルダでしたね」

「はい」

名前を呼ばれたマチルダの頬が赤く染まる。


 無駄だ無駄だ。手紙の片隅の恋文の相手が、ロバートの相手だ。ちょっと会っただけのマチルダじゃぁ太刀打ちなんぞ出来ねぇ。罪作りな笑顔の男をベンは軽く睨んだが、ロバートに無視された。というより、気付いても居ないだろう。本当に残念な男だ。


「では、マチルダ、身元引受人はカールです。カール、余計な手出しは許しません。あくまでお仕事の手伝いです。マチルダ、貴女はこれからこの町が、もとのように、いえ、以前よりも商売が盛んになり、栄えるようにカールを手伝ってください。それが貴女の償いです。マーティン、必要な書類は作成してください。確認します」


 誰かが拍手を始めた。次々と拍手が広がり、広場が拍手で包まれた。

「よかったですね。あなたのこれからを祝福してくださっているようです」

ロバートの言葉に、頬を染めていたマチルダが苦笑した。


「ちげぇよ。お前の裁きだろうが」

ベンの言葉に、ロバートが首を傾げた。

「ロバート様らしいというか」

レオンの言葉に、ベンも頷いた。まぁ、賢いが、ちょっと残念なロバートらしい。勘違いさせておいたほうが、面白いだろうから、ベンはそのまま黙っていることにした。


「素晴らしいです。あの、法律は大切ですが、今回は、特例でありながら、法律の範囲内ですし、賛同してくださるかたがこんなにおられるとは、裁くというのは断罪とは違います、僕は感動しました」

マーティンが興奮気味に叫んだ。


 ロバートは苦笑しながらゆっくりと首を振った。

「これが良かったかどうかは、後にならないとわからないでしょう。良かったと思えるように、お仕事に励んでください」

「はい、ありがとうございます」

「これから宜しくおねがいします」

ロバートの言葉に、マチルダとカールが続いた。少々酷だが、ロバートの言うとおりだ。まぁ、命乞いをした連中が言うことが本当であれば、マチルダはこの町で生きてけるだろう。


「お前なぁ、結婚じゃあねぇだろう、何がよろしくだ」

野次馬が、乱暴にカールの背を叩いた。


まさか、その数年後、二人が結婚するとは、ベンは予想もしてなかった。結婚して生まれた娘の名前は、ベンの予想通り、ロバータになった。二人目も女の子でそっちは、ローズだ。まぁ、イサカの町ではよくある名前だ。


 ベンは孫のロバートの頭を撫でた。

「お前はちゃんと勉強して賢くなれよ」


 町の孤児院は、町の子供達と孤児に読み書きを教えている。貸本屋の男は、文字を教えるための本を作ると言って、あれこれ考えている。ベンは、ロバートに文字を教えてもらうまで、読み書きが一切できなかった。


 食堂でロバートは、ベンや仲間たち、遊びに来た子供達に文字を教えてやっていた。お綺麗な顔が人形めいて冷たく見えたのに、情に厚い男だった。


「ここはいい町だ」

「うん」

ベンの言葉に、孫のロバートは頷いた。

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